第12話 生と死の境界
経過日数:14日目 約20,000人
容赦なく一分に一人のペースで吐き出され続ける現代女子たち。
桜豪千蓮の魔力と、熊谷カンナたち技術・インフラ局の不眠不休の働きにより、ただの長屋だった居住区は劇的に拡張された。今や土の防壁に囲まれた円形都市は、巨大な野球場が三個分すっぽりと収まるほどの途方もない広さを誇っている。
だが、人口増加に伴い、街の胃袋を満たすという最大の課題が限界を迎えつつあった。立花凛が率いる防衛・狩猟局が毎日恐竜を狩ってきても、二万人分の肉には到底追いつかない。
そんな折、ハーベストゲートから落下してきた一人の主婦が握りしめていたスーパーのレジ袋から、奇跡の品が転がり出た。
「これ……小松菜と、大根と、他にもある! 野菜のタネじゃない。あと、ジャガイモもあるわ」
「マジ!?それ超貴重じゃん!」
蓮の隣で声を上げたのは、農業・食糧生産主任に任命された佐藤小春だった。元農家の嫁であり、金髪を派手なバレッタで留めた少しぽっちゃりとした彼女は、タネを見るなり目の色を変えた。
「蓮くん、これいきなり全部食べちゃダメだよ!まずはタネを蒔いて、育てて、さらにタネを収穫して増やすの!それからじゃないと二万人分なんて絶対無理っしょ!」
「なるほど。まずは増殖が先ってことっすね」
「そう!でも、このシダ植物ばっかりのやせた土地じゃ育たないから、強い肥料が必要なんだけど……」
「肥料なら、心当たりがあるっす」
数時間後、蓮は防壁の外に広がる巨大な針葉樹の森に立っていた。
「師匠!前方三百メートルに、巨大なアルゼンチノサウルスの群れの通り道を発見しました!極上のウンコが大量にあります!」
ポニーテールを揺らしながら、手製の槍を片手に真顔で敬礼するのは、防衛局長の立花凛である。彼女に率いられた武闘派の女性たちが、周囲の肉食恐竜を警戒しながら円陣を組んでいる。
「凛さん、報告助かるっす。でも、極上のウンコって響きはちょっとアレっすね……」
蓮は苦笑しながら指先を弾いた。
「空間牽引っす」
見えない巨大な手が森の奥から軽自動車ほどもある巨大な草食恐竜の糞をごっそりと鷲掴みにし、大きな台車に乗せて街の農作予定地へと運んでいく。命懸けのウンコ拾いというシュールな光景だが、二万人の命を繋ぐための立派な防衛任務である。
街に戻った蓮は、タネに向けて魔法をかけた。
「極限突破っす!」
小春がそのタネを土に混ぜ込んだ糞肥料の中に埋めた。
その瞬間、土の中から凄まじい勢いで双葉が顔を出し、みるみるうちに茎が伸び、花が咲き、新たなタネを結んだ。小春はそのタネを素早く回収し、さらに広げた畑へと蒔いていく。
「やっば!蓮くんの魔法、マジでチートじゃん!」
小春は興奮のあまり、豊かな胸を揺らして蓮の腕に抱きついた。
「この調子なら、数日で巨大農園が完成するよ!蓮くんには私が一番美味しい野菜、食べさせてあげるからね!」
泥だらけになりながらも満面の笑みを浮かべる小春。彼女の家庭的な温かさに、蓮も「楽しみにしてるっす」と目を細めた。
+++
しかし、活気づく街の裏側で、残酷な現実は確実に牙を剥いていた。
街の端に急造された診療所。そこから、重苦しい空気をまとったエマ・ウィリアムズが蓮の元へ歩み寄ってきた。彼女の金髪は疲労で乱れ、白衣には血と泥が滲んでいる。
「蓮……ごめんなさい。今朝、三人亡くなったわ」
「……そうっすか」
蓮は静かに目を伏せた。
恐竜に襲われたわけではない。持病の薬が切れてしまった者や、召喚された時点ですでに老衰が始まっていた高齢の女性たちだった。蓮の「生命の活性」は、傷口を塞ぐなどの物理的な治癒には絶大な効果を発揮するが、失われた寿命や、複雑な内科的疾患を魔法で合成・治療することはできない。
「もっと、現代の医療設備がそろっていれば……!」
悔しげに唇を噛むエマの肩を、蓮は優しく叩いた。
「エマさんのせいじゃないっす。限られた知識だけで、みんなを助けようとしてくれてるの、俺が一番よく分かってるっすから」
死者の弔いは、誰もがやりたがらない精神的にも過酷な作業だ。だが、蓮は一切の躊躇なく「俺がやるっす」と遺体を抱き上げた。
防壁から少し離れた静かな森の外れ。蓮は土木魔法で深い穴を掘り、丁寧に遺体を埋葬して、綺麗な石を削り出して三つの墓碑を立てた。
「俺は、忘れないっす」
たった一人で墓前に手を合わせる蓮。どんな理不尽な状況でも相手の生存と安心を最優先にしてきた彼にとって、救えなかった命の重さは計り知れない。
「南無阿弥陀仏……」
不意に、背後から静かな読経の声が響いた。
振り返ると、そこには袈裟の代わりに質素な布を纏った年配の女性、渡部愛莉が立っていた。元尼僧であり、葬儀ディレクターでもあった彼女は、深く頭を下げて蓮の隣に並んだ。
「蓮さん。あなたがすべての命を背負う必要はありません」
愛莉の穏やかな声が、森の静寂に溶け込んでいく。
「死は避けられない理です。恐竜の餌食になるのではなく、安らかな眠りを与えてくださった。あなたは間違いなく、この絶望の時代における現世の仏です。どうか、ご自身の心まで削りきってしまわぬよう」
愛莉の読経を聞きながら、蓮は小さく息を吐き出した。彼女の存在は、街の狂信的な暴走を抑えるだけでなく、蓮自身の張り詰めた精神を少しだけ軽くしてくれる、静かなストッパーでもあった。




