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第11話 文明の灯り

 残された蓮は、気まずそうに頭を掻いた。

「いや、カンナさんが気を利かせてマッサージしてくれただけで……」

「言い訳は不要です。私は、最高重要資源であるあなたの体力と魔力を、特定の個人が無駄に消費することを禁じたはずですが?」


 如月きさらぎ冴子さえこは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせながら、蓮の隣に歩み寄る。しかし、周囲に他の女性の気配がないことを確認すると、彼女の纏っていた氷のような空気がふっと緩んだ。


「……まあ、今日の過酷な労働量は当局でも把握しています。これをご覧なさい」


 冴子は背中に隠し持っていた包みを取り出し、蓮の膝の上に置いた。中に入っていたのは、香草で丁寧に臭みを消し、柔らかく焼き上げられた恐竜の最上級の肉と、澄んだ湧き水だった。


「私が厳選して確保しておきました。他の者に横取りされる前に、早く食べきってしまいなさい」

「おおっ、美味そう! 冴子さん、わざわざ俺のために?」

「勘違いしないでください。資源のメンテナンスは内政局の重要な業務ですから」


 そっぽを向く冴子だが、その耳の先は微かに赤い。彼女は蓮の行動を厳しく制限する一方で、彼の寝床には特別に見張りを配置し、一番良い食事を裏で手配するなど、彼を徹底的に「資源」として守るツンデレな態度を見せていた。


「冴子さんって、ほんと真面目で優しいっすね。……そうだ」


 蓮は肉を頬張りながら、ふと思いついたように冴子を見上げた。


「俺って『最高重要資源』なんすよね? だったら、俺の権限でポイントをあげることもできるんじゃないっすか?」

「え……? そ、それは法的にグレーゾーンというか、システム上想定外ですが……」

「誰よりも街のために働いて、俺の面倒まで見てくれてる冴子さんに、俺から特別に百ポイントあげるっす」


 蓮がニカッと笑ってそう告げた瞬間、冴子の鉄の仮面が完全に崩れ落ちた。


「ひゃくっ……!?」


 彼女の頬がカッと朱に染まり、冷静な官僚の顔が、欲しかったプレゼントをもらった少女のような歓喜に彩られる。


「そ、そんな恣意的しいてきなポイントの付与は……! でも、資源システムの中枢であるあなた自身からの直接評価であれば、特例として受理しないわけにはいきません……っ」


 冴子は早口で自分を納得させると、ハッとして周囲を激しく見回した。夕闇が迫る広場の隅、誰も自分たちを見ていない。完全に死角だ。

 冴子はゴクリと唾を飲み込むと、蓮の真正面に立ち、震える声で囁いた。


「……ならば、たった今付与されたポイントを、早速使わせてもらいます」

「へ? 何に使うんすか?」

「……抱きしめなさい」

「え?」

「誰にも見られていない今のうちに……私を、強く抱きしめなさい。これも、重要資源の……有意義な活用法です」


 顔を真っ赤にして俯きながら、しかし一歩も引かずに要求してくる冴子。その不器用で愛らしい姿に、蓮は思わず吹き出しそうになるのを堪えた。


「了解っす。いつもお疲れ様、冴子さん」


 蓮は両手を広げ、隙のないスーツ姿の冴子を、その細い腰ごとすっぽりと腕の中に包み込んだ。


「あっ……」


 蓮の広く温かい胸に顔を埋めた瞬間、冴子の体からふっと力が抜け、彼女は安心しきったように蓮のジャージをきつく握りしめた。鉄の女が、ただの一人の女性として安らぎを得た、誰にも秘密の数分間だった。


 +++


 完全に日が落ち、白亜紀の空に満天の星が輝き始めた頃。

 普段であれば、暗闇と恐竜の咆哮に怯え、息を潜めるようにして夜をやり過ごす時間だ。しかし今夜の街は、全く異なる空気に包まれていた。


「いくっすよ。劫火の種火(プロメテウス)


 蓮が広場の中央で魔力を解放した。

 カンナ率いる技術・インフラ局が、街の主要な通りや居住区の要所に設置した無数の土の灯籠。その一つ一つに、蓮の放った魔法の火種が一斉に灯っていく。

 ぼうっ、と温かく力強いオレンジ色の光が、巨大な円形都市の隅々までを照らし出した。

 燃料を必要とせず、夜通し燃え続ける安全な魔法の灯りである。


「うわぁ……」

「明るい……。夜なのに、こんなに明るいわ……っ」


 土の長屋からおずおずと顔を出した女性たちは、街を照らすその光景を見て、次々と歓声を上げた。中には、現代日本の街灯を思い出し、安堵の涙を流してその場にへたり込む者もいた。

 暗闇という根源的な恐怖から解放された安心感。それは、ただ生き延びるだけの避難所が、確固たる『文明の灯り』を持つ一つの国家へと進化した瞬間だった。


「……本当に、規格外の男ね」


 少し離れた高台から、歓喜に沸く街の光景を見下ろしながら、冴子がぽつりと呟いた。

 彼女の視線の先には、魔力を使い果たしてフラフラになりながらも、「明るくなってよかったっすね」と女性たちに笑いかける蓮の姿があった。

 冴子は眼鏡のブリッジを押し上げ、誰にも見せないような、柔らかく慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「私も頑張らなくっちゃいけないわね。もう一度あの、ぬくもりを得るために」


 圧倒的な絶望の時代に、一万四千人の女性たちを守るための鉄の掟と、温かな光。

 人類最後の巨大な女系国家は、こうして確かな産声を上げたのだった。

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