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第10話 最高重要資源

 経過日数:10日目 約14,300人


 一分に一人の正確なペースで続く強制召喚。

 巨大な城壁の内側は、日に日に混沌の度合いを深めていた。食料配分の不満、居住スペースの奪い合い、そして何より、たった一人の男である桜豪千さくらごうちれんの「隣」を巡る女性たちの水面下の争いが、街の空気を限界まで張り詰めさせていた。


「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。このままでは、私たちは恐竜に食われる前に、内輪揉めと資源の枯渇で自滅します」


 広場の中央に組まれた簡素な壇上。そこに立ち、冷徹な声で一万四千人の群衆を見下ろしているのは、元財務省官僚の如月きさらぎ冴子さえこだった。

 隙のないタイトな服装に、知的な眼鏡。「鉄の女」と呼ばれるにふさわしい凄みが、騒々しかった広場を水を打ったように静まり返らせていた。


「本日をもって、街の法律とすべての物資を管理する『内政・資源管理局』を発足させます。食料も、居住区も、そして――」


 冴子は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、群衆の最前列で首を傾げている蓮をビシッと指差した。


桜豪千さくらごうち蓮。彼という存在そのものを、全女性の生存に不可欠な『最高重要資源』として当局の管理下に置きます」

「……へ? 俺、資源っすか?」


 蓮が間の抜けた声を上げるが、冴子は意に介さない。彼女は数日前の夜、蓮が複数の女性に無秩序に魔力と体力を消費させられている現場を覗き見て、このままでは彼が過労で潰れるか、彼を巡る血みどろの暴動が起きると確信していたのだ。徹底して彼を守るための、彼女なりの論理的なクーデターだった。


「彼に個人的に接触し、魔力や体力を無駄に消費させる行為を禁じます。今後は、労働や街への貢献度に応じた『ポイント制』を導入します。高いポイントを得た者から順に、良質な食事や、居住スペース、さらには蓮からの施しなどの特別な恩恵を受けられるものとします」


 その宣言に、群衆が大きくどよめいた。

 しかし、誰も反論できなかった。一万四千人という巨大なコミュニティを維持するためには、明確なルールと対価が必要なのは火を見るより明らかだったからだ。


「……まあ、ルールがあった方が俺も動きやすいっすからね。とりあえずでやってみましょっか」


 蓮が頭を掻きながらあっさりと承諾したことで、この日、街に初めて組織が組まれたのだった。


 +++


「よーし! 法律ができたなら、あとはガンガン家を建てるだけだね! 行くよ、重機くん!」

「重機くんって……俺、一応大魔法使いなんすけど」


 内政局のルールの下、街の本格的な拡張工事が始まった。現場で陣頭指揮を執っているのは、元ゼネコン現場監督の熊谷くまがいカンナだ。ショートカットの髪を揺らし、作業着を腰で結んだ健康的なスタイルの彼女は、この絶望的な状況を「魔法で家が建つなんて最高!」と一番楽しんでいる節があった。


「ほら、重機くん! あそこに作った粘土の枠組み、一気に大きくしちゃって!」

「はいはい。万物拡充マグナ・スケールっす」


 蓮が指先を弾くと、カンナたち技術・インフラ局がこねて作った小さな土の模型が、ズズズッという地鳴りとともに巨大化し、頑丈な長屋の連なりへと一瞬で変化した。さらに空間牽引アトラクティブ・フォースで地面を掘り起こし、水路を整えていく。


「くぅ〜っ! クレーンもショベルカーもいらないなんて、君本当に最高の重機だよ! 次はあっちの資材を運んで!」


 カンナは蓮を神聖視する他の女性たちとは違い、底抜けに明るい相棒として彼を容赦なく使い倒した。その気安い関係性が、蓮にとっても心地よかった。


 夕暮れ時。一日中魔力を酷使し、一気に数千人分の居住区と簡易的な水車を完成させた蓮は、切り株の上に座り込んでぐったりと肩で息をしていた。


「ふう……さすがに、魔力がすっからかんっす……」

「お疲れ、重機くん! 今日も最高の働きだったよ!」


 ドンッ!という勢いとともに、泥だらけの作業着姿のカンナが蓮の背後から勢いよく飛び乗ってきた。そのまま蓮の腰に馬乗りになると、彼女は逞しくも柔らかい太ももで蓮の脇腹を挟み込み、力強い手で彼の肩をゴリゴリと揉み始めた。


「ちょっ、カンナさん!? 近いし、当たってるっす!」

「あはは、何照れてんのさ! 重機のメンテナンスも現場監督の立派な仕事だからね! ほら、もっと力抜いて!」


 明るく豪快なカンナの過剰なボディタッチに、蓮はタジタジになりながらも、その温かな体温とマッサージの心地よさに抗えずにいた。

 しかし、その和やかな(そして少し色っぽい)光景を、冷ややかな目で見つめている人物がいた。

 視察に訪れた内政局長、如月冴子である。


「……何をしているんですか、あなたたちは」


 地を這うような冴子の冷たい声に、蓮の背筋がピクッと凍りついた。


 カンナは「おっと、おっかない局長様のお出ましだ。じゃあね、重機くん!」と悪びれもせず笑い、足早に現場へと戻っていった。

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