八話
薄暗い細道を抜けて、小さな石橋の前まで出てくる。
老婆は杖をつきながら、石橋のすぐ近くにある建物へと入って行った。
「ほら、しっかり運びな」
振り返って呼びかけると孫のシルフィードが苛立ちながら返事をする。
「わーってるよ。ババア!」
なんと、酷い事だ。
名付けの祖母に対し、この様な態度を取るなんて愚かな孫を持つと心が痛む。
老婆はチラリと彼の横に着く少女に目を向ける。
明るくて活発な性格の彼女は周囲に輪を作る力を持っていた。
暖かな笑顔と元気な性格がとっても微笑ましい。彼女の顔の下には強かさがしっかりと養われている。
「あぁ、ミラ、あなたが孫なら私はもっと幸せ者だったろうね。ウチのバカな孫の友達でいてくれてありがとう」
「あはは、どういたしまして?」
ポニーテールをいじりながらミラはアニカム。
「にゃー」
仲良く団欒とした会話が広がる前に低く唸る様な鳴き声が足元から響き渡る。
(ちょっと、ウィータを早く寝かしてくれにゃい? 彼凄く疲れているの)
睨みを効かせながら、老婆を見上げる真っ白な猫がいた。
水色の瞳には敵意の様な鋭い視線が浮かんでいる。
老婆は気にせず、孫のシルフィードを呼んだ。
「シルフィード、その子を早く寝かしてやんな。猫が苛立っているよ」
ソファーに寝かせていたシルフィードが振り返り叫ぶ。
「今やってんだろ! 見えてねぇのか?」
「見えているよ。急かしているんだよ」
「タチが悪い!」
丁寧にやっていたのが馬鹿らしいと思ったシルフィードは、抱えていた頭を手放す。
ドンッとソファーから聞こえるはずのない音が部屋に響く。
(あぁ、ちょっと、ウチのウィータににゃにしやがる!)
大切な主人を雑に扱われて、キャシーは我慢できなくなる。
シャーっと姿勢を低くして、シルフィードを威嚇した。
「うっ……」
喧嘩で気を失っていたウィータは、体に伝わってきた衝撃に驚き、目を覚ます。
「……こ、ここは?」
「俺のウチだ」
ウィータを真上から覗き込むシルフィードは言った。
「俺を打ち負かした後、魔力欠乏症になってぶっ倒れたんだ。俺のクソババアが近くにいて助かったな」
親指で老婆の方を指差す。
ウィータが釣られてこちらの方に目を向けた。
毛網の羽織を被り、細い手で杖をついた老婆は口の悪い孫に目を回す。
「あぁ、全く。なんて孫だい? お前さんはウチの馬鹿なシルフィードみたいになって、親御さんを困らせるちゃダメだよ」
優しく微笑みながら老婆は近づく。
「起きれそうかい? あぁ、無理に起きなくていい。そのままでも、見てやったのに」
慌てて起き上がったウィータを責めずに傷がないか覗き込む。
続いて、老婆は彼の胸に手を当てて魔力の源を覗き込んだ。
「うん、大分、落ち着いた様だね」
「すみません、見てもらって……」
申し訳なさそうに眉を下げるウィータ。
老婆は首を振って背後に回ったシルフィードを親指でさす。
「仕方ないさ。元はと言えばウチのバカな孫が仕掛けたのだからね」
腕を組んで立っていたシルフィードは余計な一言にうんざりしていた。
彼はうるせぇと言ってウィータに話しかけてくる。
「お前、相当強かったな。誰に教わった?」
何気なく尋ねた言葉はウィータを困らせてしまう。
彼は目を背けてしまい、何も言えずにいた。
ウィータには魔法を教えてくれた師匠などいない。
全て独学で身につけたのだ。
「いない……誰からも教わっていない」
正直に答えるしかなかった。
場は静まり返り、ウィータにもどかしさを与える。
この国で魔法を使う者が師匠もいないなどおかしな話だ。
ウィータは我慢ならず、ソファーから立ち上がる。
「ご迷惑をお掛けしました……僕はもう大丈夫です。ありがとうございました」
キッパリと言い切るとキャシーにも気づかず、外へ出て行こうとした。
「待て!」
逃げようとするウィータを止めたのは、シルフィードだ。
ソファーの前で立ち尽くしていた彼は、頭をくしゃくしゃにかき乱しながら、気持ちを整える。
ぶっきらぼうに彼はウィータに話しかける。
「魔法試験で、待ってるからな……」
シルフィードは振り返り睨みを利かせて、逃げようとするウィータに言う。
「テメェもコテンパンに倒さなきゃ、最強なんてなれないからな!」
ウィータとの喧嘩でやられた彼は相当、プライドを傷つけられたのだ。
シルフィードは再戦を望む。
彼の言葉にウィータは呆然と立ち尽くしてしまう。やがて、言葉の意図を汲み取った彼は強気な笑みを浮かべて答える。
「構わない。僕も負ける気なんてない!」
ウィータは素早く外に出て行くと霧の中へ消えて行ってしまった。
「あん野郎……ぜってぇ、勝った気してねぇよな」
眉間に皺を寄せる少年はくるりと向きを変えて部屋の奥へと歩いて行く。
「シルフィード、どこに行くの?」
ミラの問いかけに彼は素早く答えた。
「修行だよ、修行!」
二人もあっという間にいなくなる。
部屋には一匹の白猫と老婆だけが取り残されていた。
(えぇっと……)
キャシーはくるりと向きを変えて、ゆっくりと立ち去ろうとする。しかし、コツンッと目の前に柱が降りてきて、行き先を潰されてしまう。
「どこへ行く気だい?」
柱だと思ったのは老婆の杖だった。
ニンマリと怪しい笑みを浮かべて、キャシーを見下ろしている。
「寂しいじゃないか、子供達が友情を育んでいると言うのに保護者が無関心なんて」
「にゃ? にゃにゃにゃ(ほ、保護者? ですって! そそそんなわけにゃいわよ)」
慌てるキャシーに老婆は淡々と話す。
「おや、違うのかい? お前さん、見かけは生後数ヶ月だがね。魂はこれは以前のかね〜二十……」
「にゃー!(それ以上は言わにゃいで!)」
キャシーは慌てて、バツ印を両手で作る。
明確にされたら恥ずかしい気がしたのだ。
慌てるような年頃でもないだろうけど。
ふと、キャシーはこの会話に違和感を覚える。
「にゃにゃにゃ?(お婆さん、なんで私と話せるの?)」
キャシーの問いかけに老婆は当然の様に答えた。
「なに、一流の魔法使いは動物と話せるものさ。立ち話もなんだ。座って話さないかい?」
老婆はそう言いながらソファーに座り込む。
キャシーも同じ様にソファーに飛び乗った。
ふかふかと沈むがウィータのベッドよりも埃っぽく感じる。
丁寧に掃除がされていないのだ。
部屋の中で老婆は衝撃的な問いかけをする。
「お前さん、元は別の世界から来たのだろ」
彼女の言葉にキャシーは全身がゾッとしてしまう。もしかすると、驚きの方が大きかったのかもしれない。
大きく水色の瞳を見開くキャシーに老婆は訳を話す。
「私には人の時間が見えているのさ。あぁ、先に言っておくけど寿命とかじゃない。どれだけ生きたかが見えるのさ」
老婆はその人が産まれてから何年生きたのかを見る魔法を持っている。
別段役に立つ事は少ないが、色々と見破る時には役に立つと言う。
「命のない奴らや変装した奴らを見つけるのには役に立つんだがね。全く、先代はなんで作ったのか?」
肩をすくめてから、老婆は話を本題に戻す。
「まぁ、そう言う物が見えるんだが、普通、一人一つの時間さ。でも、お前さんの場合、二つ見える。一つはまだ始まったばかりの時間。もう一つは随分、進んでいた様なのだが止まってしまっているね」
おそらく、止まってしまった時間はかつての自分なのだと、キャシーは察する。
「こう言う場合、別の世界から招かれた者たちが多い。だから、そう思ったのさ」
老婆は両目を閉じて、魔法を操っていた。
ポットとコップを奥の部屋から登場させる。
水を流し込み、太陽のスポットライトを当てて、ポットを踊らせた。
茶葉の紙吹雪がポットに注がれ、蒸らされていく。
ティーカップは素早くポットの前に立つと熱々の紅茶を中に注ぎ込まれる。
あっという間にお茶の用意をした老婆は優雅に啜った。
こほんと、咳払いをしてキャシーを見下ろす。
「それでだ、子猫ちゃん……」
呼ばれたキャシーは思わず姿勢を正してしまう。
この人からは不思議な感じがする。
キャシーの思い込みかも知れないがすごい人だと思った。
「子供のやる事だ。好きにさせれば良い。だが、ちゃんと面倒は見るんだよ」
老婆の言葉にキャシーは耳が痛くなる。
「あの子は人より魔力が少ないのに無茶な真似をしたんだ。危うく命を落とす所だったのさ」
彼女の言う通り、ウィータは魔力欠乏症で命の危険になってしまった。
ウィータの魔力は他と比べても本当に少ないらしい。
一度使っただけで倒れてしまった。
知らなかったなんて言い訳は老婆の前では通用しない。もちろん、キャシーもするつもりはなかった。
ウィータから危険な事は聞いていたのだから。それでも、彼の好きにさせてやりたいと思っていた。
ウィータが自分らしく夢中になれる魔法を続けていて欲しかったのだ。
俯くキャシーに老婆はそっと頭を撫でて話す。
「お前さんの気持ちも十分、分かる。でも、危険に飛び込もうとしているのを見守るのなら、助けられる様に用意はしておきなさい」
キャシーの顔をそっと持ち上げて、顔を覗き込む。
慈しむ様な眼差しにキャシーは思わず息を呑んでしまう。
優しく微笑む老婆は淡々と話を続けて行く。
「シルフィードはお前さんの子供を偉く買っているんだ。初めてあったていうのにね」
彼女は紅茶を啜りながら言う。
「あいつは口の方は悪いけど、魔法の腕はピカイチなのさ。そんな、あいつが認めているんだ。お前さんの子供も相当、センスがあるに違いない」
ソファーに深くもたれかかり、ニヤリとほくそ笑む。
新たな獲物を見つけた狩人の風格が漂っていた。
呆然と立ち尽くしていたキャシーだが、ある事を思いつく。
彼女は老婆に言った。
「みゃ、にゃー(お願いします。ウィータの師匠になっていください)」
「やだ」
あっさりと断られてしまう。
「私にはもう優秀な弟子がいるのさ、そのかわり……」
老婆は不意に腰を上げて隣の部屋まで歩いて行く。
キャシーも後に続くと大きな釜を発見する。
魔導書やフラスコの中に漂うピンクの煙。
何やら怪しい実験が行われていた。
老婆は散らかった棚の中からキラリと輝く宝石を手に取る。
澄み渡った水が永遠とそこにあるみたいだ。
キャシーの肉球よりも大きな宝石に老婆は銀の装飾を施す。
「お近づきの印に、受け取りな」
そう言いながら老婆は宝石を放り投げる。
キャシーは慌てて前足で取ろうとした。しかし、うまく掴みきれず滑り落ちそうになる。
「にゃっにゃにゃにゃ! にゃ!」
なんとか、お腹に抱え込んだキャシー。
落としたら勿体無いと思った彼女は、ゼェハァっと息が荒くなる。
キラリと輝いていた宝石は南国の海の様に青く、薄暗い部屋の中でも水面が揺らいでいる様だ。
キャシーはこの宝石について心当たりがあった。
(アクアマリン? 本物!)
産まれてからプラスチックの宝石にしか触ってこなかったキャシーは目を丸くする。
(どどどどうしよう? これ、本物の宝石にゃ。落とさない様に……あぁ、毛で滑り落ちちゃうぅぅ)
ゆっくりと傷つけない様に宝石を床に置く様頑張った。
一連の様子を見ていた老婆は高笑いを上げて言う。
「ははは、器用に足を使ったね。普通の猫じゃそうは出来ないよ」
老婆は何かを探しながら、キャシーに渡したアクアマリンの宝石について話す。
「それは魔法石って言って、膨大な魔力が蓄えられている。私ら魔法使いは杖を使うけど……あれ、おっかしいね? ここら辺に……お前さんに杖を渡すのは難しいだろ?」
「にゃ?(私、魔法にゃんて……)」
キャシーはウィータの魔法を見ていただけで、自分で使ったことはない。
そもそも、使えるかすら怪しい。だが、彼女の些細な心配など老婆にはどうでも良かった。
「あぁ、お前さんならすぐに使えるさ」
「にゃー?(なんで分かるの?)」
キャシーの問いかけに老婆は探し物の手を止める。
天を仰いで考え込んだ。やがて、くるりと振り返りしわしわの笑みを浮かべる。
深い森の中、お姫様にリンゴを渡す物語の魔女の様な怪しい顔だ。
「勘だね」
老婆はキッパリと言い切った。
もっと何かあると思ったキャシーの期待など気にも止めない。
キャシーの反応も見ずに老婆は探し物を再開する。ようやく、探していた物を見つけ出す。
老婆は埋もれた道具の中からスッと青いリボンを抜き出した。
「あった、あった、これだよ」
「にゃー?(それのリボンがどうしたの?)」
青い絵の具をそのまま伸ばした様なリボン。
これから何か、面白いものが見られる。
そんな期待がキャシーの中に現れた。
「にゃーにゃにゃ(もしかして、すごい魔法を見せてくれるのかにゃ?)」
彼女の問いかけに老婆は首を傾げる。
「何言っているんだい? ただのリボンだよ」
老婆はキャシーの前に置かれた宝石を拾い上げる。
アクアマリンを裏返し装飾の穴にリボンを通す。
あっという間に宝石をあしらった首輪を作ってしまった。
キャシーはぼんやりと煌めく宝石に見惚れてしまう。
老婆はリボンを巻きつけたアクアマリンを持ちながら、しゃがみ込む。
「ほら、お前さんの杖の代わりだよ。魔法石から魔法が使える様になっている。あと、飼い猫が首輪もなしに出歩いていちゃ、ノラと間違われてしまうよ」
そう言いながら青い首輪をキャシーに取り付けようとした。しかし、キャシーは慌てて拒む。
体が反射的に動いてしまったのだ。
「おや、いらないのかい?」
老婆の問いかけにキャシーは首を横に振る。
「にゃーお(ごめんなさい)」
キャシーは静かに鳴く。
「にゃあ、にゃー(これはあなたからは受け取りたくないの。大事な証な気がするから……)」
ジッと自身と同じ色の宝石を見つめるキャシーの瞳には、何かを強く願う物があった。
老婆にはそれが何か、すぐに気がつく。
静かに笑いながらキャシーの頭を撫でて言う。
「あぁ、そうだね。私がやってはいけなかったね」
彼女はゆっくりとキャシーの前にアクアマリンと繋がった青いリボンを置いた。
「さぁ、愛する人につけて貰いなさい」
老婆の言葉にキャシーは元気よく鳴いて答えた。
「みゃー(ありがとうございます)」
キャシーは宝石の首輪を加えると素早く立ち去って行く。
通り道など気にせず、真っ直ぐと壁を潜り抜けて、あの人の元へと一目散に向かっていった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
シルフィードはお祖母ちゃんと仲が悪いです。
理由は色々ありますが、少なくとも普段の接し方なんだと思います……
どちらが先にとかは分かりませんが普段からピリピリしてますね。
お婆さんの魔女らしい散らかった部屋で置いてある道具とかロマンありますよね。
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