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七話

 売店から離れ、広場に来たキャシーたちは、大きな噴水の縁に腰を下ろす。

 噴水の水は遠に枯れて、乾いた受け皿だけが残されている。


「あんな事にいちいち、構う必要はない」


 キッパリと言い切る彼は新聞を広げて、中身を読み始めた。

 キャシーも彼の頭の上から覗かせてもらう。

 見出しにはこう書かれていた。


『霧の国ブリッジランド王国 最強の魔術師ハーヴィ・ウルクスピレウス・ダマンフレール、死亡』


 デカデカと書かれた死に小さな文字が続く。


『グレートアウル魔法学校創設者にして、魔法協会統括だったハーヴィ・ウルクスピレウス・ダマンフレールは今朝、寝室にて亡くなっているのを雇われのメイドに発見される。元々、病に侵されていた彼だったが、遂に二世紀にもわたる生涯に幕を下ろす』


 新聞の執筆者が筆を走らせているのが分かる。

 ぼんやりと眺めていたキャシーは亡くなった人の二つ名に感心してしまう。


(アニメとかで二つ名は色々聞いたことあるけど、最強なんて随分大きく出たものにゃ)


 色や道具など、その人を象徴する二つ名だが、この人のはそんな概念すら逸脱した様に見える。

 『最強』単純な二文字だがこれ以上ない表現とも取れてしまう。


 我ながら呑気な考えを抱いていたキャシー。


 彼女の足元ではウィータが動揺していた。


「これはすごい事になるぞ! 最強の魔術師が死んだ今、魔法協会、それどころか国全体が大きく動く」


 早口になる彼はクイッとメガネを押し上げて続きに目を向ける。次の瞬間、声を張り上げて立ち上がった。


「なんだって! 女王様は彼の死は重大な喪失と捉え、次の満月の夜、新たな最強の魔術師を決める魔法試験をオータル闘技場で行う⁉︎ 一大ニュースじゃないか!」


 突然、跳ね上がった彼にキャシーは落っこちてしまう。

 うまい具合に着地した。

 こんなにも興奮を隠せない彼を見たのは初めてである。


「なぁ、キャシー。魔術師や魔法使いは確かな地位を持っているのは知っているだろ。その中でも名付き、二つ名を持つ者たちはさらに別格なんだ。多くの人々に浸透して実力を認められた存在なんだよ」


 胸を高鳴らせた彼は興奮を抱えながらキャシーの方を振り向く。

 その瞳にはギラリと輝く光があった。

 彼の様に、彼以上にこの話を喜ぶ者たちが噴水の周りにもいた。


「ふふふ、遂にわたくしの時代が来たのね」


 黒い三角帽子の魔女が高笑いを浮かべて道を歩いていく。


「おや、あそこに身の程も弁えない愚女がいますね。あんなバカなどいい見せしめです。そう、私の栄光のね」


 などと口髭をいじる白いスーツに身を包む男。

 さらにはやれ、誰がなるか、誰に着くか。

 耳をすませば、欲望の声ばかり、聞こえてくる。


「もし、この大会で優勝した人は例え名無しの見習いだったとしても最強の魔術師の名を持つ事になる。そした、一夜にしてこの王国に名を轟かせる事になるんだ!」


 夢物語の様な可能性にウィータは心を躍らせる。

 ウィータだけは、他と違う気がした。

 キャシーには彼だけは今、自らの欲望ではなく、この瞬間を楽しんでいる様に見えたのだ。

 キャシーには考えがよぎった。


(ウィータ……もしかしたら、そこであなたの師匠が見つかるかもしれにゃいにゃ)


 魔術を学ぶ彼にはこの先、どうしても、導く存在が必要になる。


(沢山の魔法使いが集まるにゃら、きっと、いい師匠に出会えるにゃ)


 キャシーも期待を抱き始めていた。しかし、彼女たちの思いを吹き飛ばす様に冷たい言葉が飛んでくる。


「どいつもこいつも呑気なもんだな。今更、チャンスが来たって騒いだところで、実力が伴ってなきゃ意味ねぇだろ」


 バッサリと理想を抱く者たちを切り捨てる様な言葉は、ウィータと同じ年頃の少年から出てきた。

 ツーブロックの金髪に、少し毛を遊ばしている。

 黒いズボンと黒緑のシャツを着ていた。

 少年はクスリと不敵な笑みを浮かべて、ウィータに話しかけてくる。


「お前も試験に出るつもりか? 辞めとけ、魔法使いや魔術師は目的のためなら手段を選ばない奴らばっかだ。子供だからって情け容赦しねえよ」


 挑発とも取れる話にウィータはメガネをクイっと上げて見ていた。


「忠告ありがとう。だけど、気にしないでくれ。僕は自分の実力を十分、把握しているつもりだ」


 ウィータは一切動じず答える。


(さすが、ウィータにゃ。あんな、挑発なんて意味にゃいね)


 噴水の縁に腰掛けるキャシーは誇らしくてごろごろと喉を鳴らしてしまう。

 愛しの彼は止まらず、言い返した。


「君こそ、実力は足りているのかい?」


 思わぬ返答だったのかもしれない。

 吹っかけて来た少年は言葉が詰まり、ぐっと顔を歪める。


「あははは、シルフィードったら、喧嘩吹っかけてまんまと返されてる」


 遠くで見ていたのか、少年の仲間らしき少女が近づく。

 茶髪を後ろで一纏めした彼女はくすくすと笑い自己紹介を始める。


「私、ミラって言うの、よろしくね。いきなりごめんなさい、シルフィードは魔法……試験? に胸が昂っているの」


 シルフィードと呼ばれた少年は顔を真っ赤にさせて否定した。


「んなわけねーだろ! ただ、親切に忠告してやってるだけだ」


「えぇ、そっちの方があり得ない」


 ミラと言う少女は軽くシルフィードをあしらい、話を続ける。


「私たちはこの近くの学び舎、バードスクールの生徒なんだ」


 ケロッと笑う彼女はウィータの後ろにいる猫を覗き込む。


「あなたの猫? とっても可愛らしいね」


 真っ直ぐ言われると妙にこそがゆい言葉だ。

 キャシーは自分の頭を撫でながらクスクスと笑ってしまう。


(そんなに言われても、にゃにも出にゃいよ)


 ウィータも誇らしげに微笑む。

 チラリとキャシーを見下ろしながら答えた。


「ありがとう。僕はウィータ。そして、この子はキャシーって言うんだ」


「キャシー、素敵な名前ね」


 しゃがみ込みながらミラは呟く。

 ニンマリと微笑む彼女はキャシーを優しく撫でる。


 平和な話の広がりにキャシーは安心を覚えた。

 話が通じない様な冷たい世界に思えた外も案外、会話ができるのだ。


(ウィータにあの女以外の友達ができる)


 キャシーはウィータの幼馴染であるメープルを心底嫌っていた。その為、彼女以外の友人ができる事に期待を寄せている。


 彼女の期待など予想外の形で裏切られた。


 猫の話で盛り上がる彼らだったが、蚊帳の外にされかけていたシルフィードが口を挟む。


「なら、試してやろうか?」


 ギロリと睨む瞳はウィータを取られる。


「ちょっと、何言って……」


 側にいたミラは驚き、バカな真似をやめさせようとした。しかし、ウィータが彼女を止める。

 無表情の彼は落ち着いており、冷静に振る舞う。


「構わない。実践経験を積みたかった所だ」


 ウィータの頭の中には防御魔法に何を選ぶべきか考えていたのが、キャシーには浮かぶ。

 もしかすると、シルフィードの挑戦的な眼差しにウィータのは、ノリノリだったのかもしれない。

 彼は何もない場所から杖を取り出す。


「場所はここでいいかな? すまないがちょうどいい場所を知らないんだ」


「構いやしねぇ、廃れた噴水だ。どうせ直す人なんていやしねぇよ」


 ニヤリとほくそ笑むシルフィード。

 彼の周りに旋風が吹き上げる。

 新聞が転がり、離れていく。


(魔力の流れが素早いな)


 ウィータはシルフィードの動きをじっと見つめる。


(属性は風、何か動かす訳ではない様だ。ならば、風を飛ばして攻撃に転換するに違いない)


 淡々と分析するウィータをキャシーは不安げに見つめる。


「はーい、キャシーちゃん、危ないから離れて様ね〜」


 いつの間にかウィータの後ろに回り込んでいたミラが、キャシーを抱きかかえて言う。

 彼女は呆れた顔でスタスタと彼らから離れていく。


「男子ってすぐ熱くなっちゃうんだよね。ごめんね。うちのバカが」


 ミラの独り言にキャシーも同感である。

 いきなり、喧嘩をふっかけられるなんて、物騒な世界だ。


(にゃったく、本当よ)


 プンスカ、プンスカ、起こるキャシーだが、意外とそうでもなかった。


(でも、ウィータが楽しそうにゃ。それならオッケーにゃ)


 子供の喧嘩なら大したことはない。

 水色の眼差しはメガネの少年に向けられる。


 彼は静かに立っていた。


「どうした、ビビってんのか? 俺はまだ何もしてないぜ」


「あぁ、だが、用意はすでに終わっているだろ。いつでも構わない」


 素早く答えるウィータにシルフィードは苦笑いを浮かべる。


「ふっ、見せてやるよ」


 余裕を見せるウィータに、眉間を寄せてシルフィードは言う。

 彼は素早く杖を前に突き出した。


 瞬間、暴風が吹き荒れて、見えない斬撃がウィータに迫りくる。

 大きな音と共に土煙が上がってしまう。


「にゃー!」


 何が起きたのか、キャシーには分からなかった。

 急いで近づこうとするキャシーをミラは必死に抑える。


「待って、まだ、危険かもしれない」


「にゃーにゃー(ウィータ! まだ、負けてないよね?)」


 不安になるキャシーは必死に呼ぶ。


 子供の決闘なら炎や水など飛ばしてもそんな大きくないとたかを括っていた。だが、実際はもっと恐ろしい。


 地面を簡単に切り裂く風を一瞬で飛ばす魔法をシルフィードは躊躇なく打ち出したのだ。

 手加減の知らない戦い程、危険な物はない。


「案の定、口先だけの奴だったな……」


 ヘラヘラ笑うシルフィードにキャシーは牙を剥き出しにする。

 勝利を確信したシルフィードだが、彼の想定はすぐに裏切られてしまう。


「勝負を決めるには早すぎるんじゃないか?」


 土煙が晴れていく中、ウィータは服の埃を払いながら姿を見せた。

 何食わぬ顔で姿を見せるウィータにシルフィードは目を丸くする。


「おいおい、どうやって防いだんだよ」


 シルフィードの攻撃は確かに当たったはず。

 岩すら簡単に切ることの出来る一撃だった。

 柔な防御魔法や岩壁程度では止められない。


(どうやって防いだ?)


 シルフィードが探る眼差しを向けているとウィータは淡々と今あった事を話していく。


「君の攻撃は鋭利な刃物だ。それに勢いもある。防御魔法で受け止めたとしても押し切られる可能性があった。構築魔術による宝石形成や壁を出したとして、簡単に切られてしまうだろう」


 ウィータは少し置いてから、杖をシルフィードに向けて語った。


「だから、僕はこれを使う事にしたんだ」


 ピュンと風を切る音がなる。

 シルフィードの方に何かが飛んでいた。


 杖が彼の腕から弾き出される。


 さらに続けて一発、二発……四発と体に撃ち込まれる。


 あっという間にシルフィードの膝を地面につかせることができた。


「相殺したってことか……?」


 眉間に皺を寄せて見上げながらシルフィードは呟く。


「そうだ。君の攻撃を撃ち抜かせてもらった。それが最も効率的に戦えるからね」


 ウィータは飛んでくる斬撃を目で捉えていた。

 防御魔法を展開して受け止めるか、宝石魔法などの構築術式により受け止める何かを作るべきか、迷ってしまう。しかし、どちらも現実的ではないと分かっていた。


 作るには時間もかかる。


 ウィータには魔力が殆どない。


 防御も構築も魔力を多く消耗してしまう。

 ならば、攻撃魔法で受け止めるのが最も合理的である。


 相殺するにあたり何を出すか、すぐに浮かんだのは初歩的な魔法だ。

 魔力を集めて飛ばす、これだけの事をした。


 呼吸が乱れて、跪くシルフィードはゆっくりと立ち上がる。

 こすれた後があっても、さほどダメージはなさそうだ。


 シルフィードはウィータの攻撃を分析する。


「ただ、撃ったわけじゃねえな。タイミング合わせたな」


「鋭いね」


 シルフィードの考察にウィータはくすりと微笑む。


「君の言う通りタイミングだ。飛ばした風の斬撃で最も分厚い所を撃ち抜いたのさ」


 彼の話にシルフィードは思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「マジかよ……分厚い所ってつまり、魔法を形成する核を撃ち抜いたって事だろ? そんな事されちまったら、俺の攻撃はただの突風になっちまうわけだ」


 苦々しい顔を浮かべながらもシルフィードは楽しげに笑う。

 茶色い瞳は眩い輝きを浮かべ、好敵手との出会いに胸を躍らせる。


「面白い……久しぶりに全力で相手してやるよ」


 シルフィードはボソボソと呪文の詠唱を始めていく。だが、彼が呪文を唱え切るよりも先にウィータに異変が起きる。


「!」


 ドサッと地面に倒れたウィータは胸を抑え、息苦しそうに顔を歪ませる。

 冷や汗をかき、唇が青くなっていく。

 苦しむウィータにキャシーは素早く近づく。


「にゃー! にゃー!(ウィータ、しっかりして、ウィータ!)」


 高熱を出した様な症状にシルフィードはすぐに気づく。


「お前、まさか魔力切れか? このバカ! 命までかける奴がどこにいる」


 シルフィードは急いで駆け寄り、ウィータの胸に手を添える。

 ふんわりと淡い光が浮かび上がっていく。


「にゃー! にゃー!(ねぇ、大丈夫なの? 答えなさいよ)」


 シルフィードにキャシーは焦って鳴き叫ぶ。しかし、シルフィードには彼女の言葉は通じていない。

 彼は苛立ちながら独り言を呟いていた。


「クッソ、魔力切れになる奴なんて、そうそういねぇから治し方知らねんだよ」


 彼はミラの方を向いて叫んだ。


「ミラ、ババアを呼んできてくれ!」


「もう、いるよ。大馬鹿者」


 シルフィードの背後から突然、声が聞こえる。

 いつの間に居たのか、キャシーもシルフィードも気付けずに居た。


 ゆっくりと振り返るとそこには腰の曲がった老婆が杖を突いて立っている。


 茶色いマントを羽織っていた。

 老婆は静かにシルフィードを見下ろす。


 惨めな物を見下ろす様に鋭い視線を細める。

 彼女は重々しいため息をこぼす。


「仕方ないね。退きな」


 冷たく言い放った彼女は、シルフィードの返事も聞かずに放り投げてしまう。

 シルフィードは水の張られていない噴水へ、見事に放り込まれてしまった。


「にゃー、にゃー!(やめて! こにゃいで! ウィータをいじめるにゃ)」


 必死に叫ぶ彼女に老婆は深いため息をこぼして答えた。


「いじめるわけ無いだろ。ほら、お前さんも少し落ち着いておくれ」


 優しくキャシーを撫でる。

 老婆はウィータに手を伸ばし、歌う様に言葉を紡いだ。


「乱れた海よ静まりたまえ、荒れ狂う空よ静まりたまえ、溢れた盃はまた満たせば良い」


 眩い光がウィータの胸の内で輝く。


「サースド・フィル・ソング」


 淡い光は煙の様に消え、高熱にうなされていたウィータは静かに眠りについていた。


(ウィータ、大丈夫かにゃ?)


 彼の顔を覗くとぐったりと疲れが見える。でも、安らかに眠れていた。


「にゃー(あー良かった)」


 キャシーはまだ、ドキドキする心臓を抑えながらため息を吐く。

 彼が急に苦しみ出したので、パニックになっていたキャシーは老婆の方を見上げる。

 彼女は深々と頭を下げてお礼の意思表示を見せた。


「にゃー(ありがとうございますにゃ)」


「やれやれ、子供と言うのは喧嘩の程度も知らず、無茶な真似をする。まあ、そんなものだね」


 老婆はキャシーには目もくれず、噴水の中で立ち尽くしていたシルフィードの方に目をやる。


「色々と話を聞きたい所だが、シルフィード、この小僧をウチまで運びな」


「え! なんで俺が?」


「お前以外にこんな面倒事を誰が招いたって言うんだい?」


 グウの音も出ない言葉にシルフィードは嫌々顔を顰めて、ウィータを抱え上げに来る。


「それと……」


 老婆はチラリとキャシーの方を見下ろした。


「お前さんにも話があるよ」


 静かに見つめるその瞳は、全てを見透かしている様に見えた。

 キャシーはごくりと唾を飲み込み、老婆の後をついて行くことにする。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

戦闘好きすぎて長く書きすぎてしまいました。すいません……

シルフィードにミラ、ランサン郵便協会バシレイア支部の若かりしお二人の登場です。

シルフィードはこの頃はブイブイ言わせていました。おばあ様とはまぁ、ご覧の通りになります。

興味を持った方、面白いと思って頂けたらば、ぜひ、ブックマーク高評価よろしくお願いします。

他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。


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https://x.com/28ghost_ran?s=11&t=0zYVJ9IP2x3p0qzo4fVtcQ

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