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五話

 豪勢な廊下はどこまでも続いている。

 カラカラと食事を乗せたワゴンを押す一人のメイドが遠くから歩いてきた。

 彼女は大きな扉の前に着くと一呼吸置いて、扉を叩く。


「旦那様、食事のお時間です」


 言い終わると彼女は細心の注意を払い、扉を開けた。

 以前働いていたメイドが扉を開けた際、風を起こし為、首吊りの刑処されたのだ。


 同じ目に遭いたくないと慎重に扉を開く。


 淀みきった空気が悪臭を生む。

 メイドは思わず鼻を覆った。


「ッ……旦那様、お食事をお持ちしました」


 彼女が呼びかけるがシンッとした暗闇から返事は返ってこない。

 恐る恐る扉を開いた彼女は、再び恐る恐る中へと入っていく。


 以前、勤めていた執事が中に入った際、誤って資料を踏んでしまった。

 彼はすぐさま、串刺し形に処されてしまったのだ。


 全身から冷や汗がただれる。


 慎重にゆっくりとワゴンを運んでいたメイドは、ついに恐るべきご主人の元に辿り着く。

 大きなベッドカーテンに包まれたベッドの前に立つ。


 彼女は震える声で呼びかけた。


「旦那、様……?」


 恐ろしいほど、静寂が広がっていく。

 あまりにも静か過ぎる事に違和感を覚える。

 

 メイドは意を決して、カーテンを捲り、ご主人の顔を覗き込む。

 次の瞬間、寝室からメイドの悲鳴が響き渡る。


 

 

 魔法を止めなかったウィータはあれからずっと魔術を学び実演を繰り返していた。

 魔力量の少ない彼は毎回、ギリギリの調整と長い時間をかけて魔法を発動する。


 何冊もの本が机を占領して、キャシーの居場所がなかった。

 ウィータは本を読み比べては、特徴を書き留めている。


 今は宝石魔術と結界術の違いを調べていた。

 実際、違う魔術ではあるのだが、類似点が多い。

 宝石魔術は魔力を使って宝石を形成する魔法で、高度な術式により美しい宝石を作り出す。


(そう、わたしの瞳の様にね)


 水色の瞳に自信を持っているキャシーは鼻を鳴らした。

 結界術も高度な術式により魔力を硬い壁の様にする魔法だ。


(でも、わたしには通用しにゃいにゃ)


 どちらも魔力を固め、使用する魔法で類似点が多くなるとウィータは仮説して調べていたのだ。

 結果としては、違う所だらけで、類似点を探す方が苦労する。

 作業に没頭するウィータの机にはすでに空っぽのカップが茶渋を残して放置されていた。


(…………)


 今日は朝からこの調子である。

 献身的に応援したいキャシーでも、さすがにあくびを堪える事はできなかった。


「にゃー」


「んー一通り知る事ができたが……どちらが僕の防御魔法に相応しいのだろうか?」


 ふと、ウィータは首を傾げながら口を開く。

 彼の声を実に今朝ぶりに聞いたキャシーはスッと歩み寄って来た。


 ウィータが口を開くのは行き詰まった時か、キリがいい時なのだ。

 彼の頭の中は無限大の思考の世界が広がっている。


 すでに答えや問題が高速で解かれているのだ。


(もし、二つ以外で呟いていたとしたら、それは……詠唱に匹敵する様な不気味にゃ、独り言ににゃってるにゃ)


 ああなれば、彼は食事すら忘れる程に熱中してしまう。でも、そんなウィータを見られるのはキャシーにとって嫌な事ではなかった。


 彼が熱中し始めると頬を緩ませて、まっすぐな眼差しを浮かべる。


 彼のそんな顔を見ていると不思議と胸がいっぱいになるのだ。しかし、今の彼は真逆な様子である。

 低迷した思考は眉間に皺を寄せて、ぐるぐると同じ問が巡って来てしまう。


 キャシーにはその原因がなんとなく分かっていた。


(ウィータには、師匠ポジションの人が必要にゃ)


 主人公が成長する為には、人生の師となる存在が物語にはどうしても必要になる。

 彼の様に選択に困った時、導いてくれる人が必要だ。

 導けなくても何かきっかけを作らなければならない。


「ダメだ……この考えじゃ、一生答えにならない」


 椅子を引きずり、立ち上がったウィータはキャシーの方を見る。


「ごめんね。少し外に出て行くよ。お菓子買って来てあげるからいい子に待っていてくれ」


 キャシーの頭を軽く撫でながら、ウィータは外に出て行ってしまう。

 子供部屋に一人取り残されたキャシーは霧が立ち込める窓の外を眺めた。


(こんな霧の中、ウィータを一人にしていいのかなにゃ?)


 キャシーは初めてこの世界に来て以来、外の世界に出た事はない。

 彼女にとって、ここは唯一の楽園だった。


 愛しのウィータがいて、暖かな寝床と食事が取れる。

 これ以上ない幸せだった。だからこそ、ウィータが部屋から出て行くたびに胸騒ぎが起きる。


 楽園が崩れるような恐怖をどこかで感じていた。


 無事に戻って来てくれるのか、危険な目に遭わないでほしいと、願ってしまう。

 彼女には祈る事しか出来なかった。


 言葉も通じない。


 前足を貸す事もできない。

 キャシーにはそれがもどかしかった。


(私ににゃにができるかにゃ?)


 動かずにいたキャシーの心がもがき始める。

 この部屋が途端に窮屈に感じ始めて来た。


 キャシーは扉の方を見る。


 ウィータはまだ帰ってこない。


 不安や恐怖があったが、それ以上に掻き立てる何かがあった。

 彼女は机の上に飛び乗るとスッと凍える寒さが広がる外の世界に飛び出す。


「にゃ!(やっぱ無理!)」


 急に出るのは難しかった。


(でも……がんばらなくちゃにゃ。ウィータの師匠を見つけて頑張ってほしいにゃ!)


 震えながらゆっくりと窓を潜り抜けてキャシーは、ご主人の相応しい師匠を探しに霧が立ち込める街へ飛び出して行く。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

どうにもこの国は血生臭い気がしますね。

それでもメイドさんが働いているのはすごいですよ。

まあ、あの部屋はとても穏やかなので、いいでしょう。

僕は魔法は専門外で詳しい事は分かりません。でも、ウィータもまだ、何が違くて、何が同じなのか、探し続けている最中です。暖かく見守っていてください。

興味を持った方、面白いと思って頂けたらば、ぜひ、ブックマーク高評価よろしくお願いします。

他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

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