四話
お菓子を食べ終えて、メープルが家に帰ったのは夕方だった。
ウィータたちが部屋に戻れたのは、寝床に着く頃だ。
部屋は暗く、机のランプだけが輝いている。
外は相変わらずの暗闇だった。
(あの女、ようやく帰った……ずっと、お菓子とか、ミルクとか、おもちゃで構ってきて疲れたにゃ)
キャシーはメープルの事が嫌いだったが、羽のおもちゃが頭から離れずにいる。
ムキになっていたのも疲れた理由の一つだ。
彼女はウィータが作ってくってくれたバスケットの寝床に潜り込む。
ウィータもドサッと椅子に腰を下ろす。
明かりをつけず、彼は暗闇の中、静かにしていた。
「キャシー……止めてくれてありがとう」
名前を呼ばれてキャシーは顔を上げる。
うっすらとランプに照らされる彼の顔が見えた。だが、メガネがランプに照らされて、その瞳は見えない。
「メープルは悪い奴じゃないだ。俺の事を心配してくれている」
幼馴染を庇う様に呟く。
彼の言葉にキャシーは疑問を抱く。
ウィータが好きな事を無理だと諦めさせる様な奴が“いい奴なのか”キャシーにはどうしても思えなかった。しかも、彼女にとってどうでもいいことの様だった。
話し終えた後、すぐに別の話題にすり替えたのだ。
彼の気持ちにも気づかずに。
(あぁ……思い出しただけでも嫌気がさす)
ウィータは何も見えない窓の方を見ながら語る。
「彼女の言う通り……僕には魔法を扱う事ができないんだ……魔法を扱う為の魔力がほとんどない」
魔法を扱うには魔力を認識しなくてはならない。だが、その後にもっと根幹に迫る様な問題があった。
「ほんの少し魔法を操る事は出来る。でも、それはとっても危険な事なんだ」
彼はもどかしく、一息置いてから続ける。
「魔力を極端に使ったり、ない状態で魔法を使うと体内の魔力保持器官がおかしくなってしまうんだ。高熱にうなされる様に倒れて、最悪死んでしまう。だから、メープルは僕を止めるんだ」
自分の手のひらを見ながら彼は考え込んでしまう。
きっと、どうしたらいいのか、悩んでいるのだ。
キャシーは静かにウィータを見守る。
ウィータはカラッとした笑みを浮かべた。
「まいったな……辞めた所で何をして生きればいいんだろ?」
彼の目が一瞬、揺らぐのが見えた。
「魔法は哲学の様で、数学にも近い。絵であり、言葉でもある。世の中、そんなあらゆる物を備えた物なんて、そうあるもんじゃないよ」
魔法について語る彼は苦笑いをしてしまう。だが、心底楽しんでもいた。
「人は没頭しなくても生きていけるさ。僕だってある程度は生きていけるさ……でも、僕にはできないよ……自分のやりたい事から目を逸らしているなんて……何のために生きてるのか、分からなくなる」
ぽつり、ぽつり、彼の足元に雨が降る。
外は霧が立ち込めているが雨なんて降っていない。
雨漏りなんてこの家は一度もなかった。
それでもこの部屋に雨が降る。
ウィータの心の中に雨雲が浮かんでいた。
彼は外に漏れない様、必死に息を殺して嗚咽を吐き出す。
「くっそ、くそくそ! なんで、なんで僕には魔力がないんだろう? 家系のせい? いいや、そんなの
関係ない……ただの体質なんだ」
項垂れて魔力のない訳を問う。しかし、答えなんて神様すらきっと答えてくれない。
彼は行き場のない苦痛をただ静かに感じるしかできなかった。
(ウィータ……)
苦しんでいるウィータを見上げながら、キャシーは彼の為に何かできないか考え込む。
暗闇の上ではぼんやりとランプの明かりが広がっていた。
(魔法続けたいんだよね?)
キャシーは彼が何で悩んでいるのか、思い返す。
魔法を扱うには様々な条件が必要だが、何より大事なのが魔力である。
魔力がなければ魔法は使えない。
彼はその事を理解している。だが、好きな事を辞めたくないと手放せずにいた。
少ない魔力で魔法を無理に扱うと命の危険が伴ってしまう。だから、メープルは辞めさせようとしたのだ。
キャシーも今なら彼女の考えが分かってしまう。
自分もウィータにいなくなって欲しくないのだ。
彼が苦しむ所なんて見たくない。
「僕は魔法をやらない方がいいのかな?」
ボソリと呟く言葉にキャシーは背筋が凍りそうになる。
キャシーはベッドを挟んで、机の上に乗り込んだ。
「にゃー(起きて)」
呼びかけると項垂れていたウィータはすぐに顔を上げる。
彼の顔はくしゃくしゃに歪み、涙と鼻水でびしょびしょになっていた。
顔を歪めた彼を見るのは心が痛む。
ウィータは苦しいとか、痛いとか、言わない人だから、余計に嫌だった。
キャシーはぺろっと彼の頬を流れる涙を舐める。
切ないぐらいしょっぱかった。
(な、泣かないでにゃ、ご主人が辛いとわたしも辛いにゃ)
うるっとした水色の瞳で彼女は訴えかける。
きっと彼には伝わっていない。
分かっていても、心配せずにはいられなかった。
「心配……してくれるのか?」
メガネを掛け直しながらウィータは尋ねる。
彼女の思いが伝わったのかもしれない。
キャシーは嬉しくて、うんと頷いた。
まだ、窮屈な顔をする彼だったが、少しだけ優しく笑顔を見せる。
彼の心を晴らしたい。
そう思ったキャシーは咄嗟に動き出す。
机には昼間の書き掛けの魔法陣が置かれている。
真っ白な前足で彼の前に突き出した。
「にゃ!」
さらに重たい書物をひっくり返し、ページを巡る。
「にゃぁ!」
最後にインクを散らしながらペンを彼の前まで持っていく。
「みゃ!」
カランと口から落ちたペンはウィータのちょうど目の前まで転がっていく。
「キャシー……」
目を見開く彼は、鼻を啜って言う。
「インク塗れじゃないか……」
苦笑いを浮かべてしまう。
キャシーは机の上にインクの滴を撒き散らした上に、自身の真っ白い毛並みに黒いマダラ模様をつけてしまった。
可愛らしい白黒の猫にウィータはクスクスと笑い出してしまう。やがて、堪えきれずに彼は大笑いした。
「ははは、キャシー、せっかくの綺麗な毛並みが汚れちゃったじゃないか。ページにもインクが散っているし、これじゃあ、何が書いてあったか読めないよ。ははは、でも……でも、本当に……」
息を飲み込んで、彼はニンマリと微笑む。
その顔にはうっすらと涙がにじんでいた。
「元気付けてくれたのかな? ありがとう」
彼はそう言いながらキャシーに魔法をかける。
白く元の毛並みに洗い流してくれる魔法だ。
キャシーは再び、真っ白な白猫に戻る。
「魔法を続けていいんだよね? 続けていいんだよね?」
不安げに尋ねる彼にキャシーは短く鳴く。
「ありがとう。うん、絶対に諦めない。絶対に諦めないよ」
彼はそう呟きながらペンを取る。
書き掛けの魔法陣を完成させる為に机に筆を走らせた。
「絶対、絶対に諦めないよ。否定されても、誰にも見向きされなくても続けるよ」
自分に言い聞かせる様に呟く。
夜が更に深まるまで彼は書き続けた。
紙に魔術式を書き殴っていたウィータは不意にペンを置く。
「キャシー、君の名前の由来なんだけど……」
静かに座り込んでいたキャシーの方を見て話す。
「歩道で行き倒れていた君を見つけた時、助けたいって思ったんだ。ただ、その理由をなんて言えばいいのか分からなかった……でも、君を綺麗にした時に気づいたんだ」
ウィータはそっとキャシーを抱き上げて言う。
「尊い存在だった。守りたいって」
濁りない真っ白な毛並みに、水色の瞳をした子猫を抱きかかえていた彼は目を煌めかせる。
息を呑んで彼は微笑んだ。
「純粋……僕にとって君は純粋な存在だと思ったんだ。それが名前の由来さ」
彼はそう言いながら頭をそっと近づける。
ウィータの言葉にキャシーは頭の中で繰り返す。
(純粋……)
静かに話を聞いていたキャシーも頭を擦り合わせる。
彼が言ってくれた言葉を何度も頭の中で繰り返す。
この言葉が小さな胸を膨らませてくれた。
(わたし、決めた。どんな事が起きても、ウィータを支える。助けるにゃ!)
キャシーはそう誓うのだった。
例え、どんな運命に苛まれても、彼女はこの決意を揺るがす事はないのだろう。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
キャシーの名前を決める時、好きなゲームの名前を調べるタイミングがありまして、
その時にキャサリン(純粋)と言うのを見つけました。
キャシーはその愛称で呼ばれていたみたいです。にしても、インクをばら撒いて説得するなんて不思議な物ですね。
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他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。
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