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三話

 ウィータと共に暮らし始めた。随分、落ち着いて来た頃。

 キャシーは色んなことを考える事が、できる様になってきた。


(私はここじゃない世界で生きていたみたいにゃ……)


 彼女は考える時ですら、すっかり猫訛りになってしまっていた。

 ガラス張りのビルが並ぶ街に、ごった返す人混み。


 常に何かの広告が響く交差点が名所になっていた。

 キャシーは別にそこで育った訳じゃない。ただ、流行の集まる街だったのをよく覚えている。


(向こうではこう言う事を転生って言って流行っていたっけ?)


 ぼんやりと思いながら窓の外を眺めていた。

 相変わらず、暗闇に白い霧が被り何も見えない。時々、嵐の様に窓が揺れるぐらいだ。


(この国は本当に橋の上にあるのかにゃ?)


 にわかには信じ難いが、キャシーを迎え入れてくれたウィータの話ではそうらしい。

 お城に向かう巨大な橋の上に長年かけて街ができていった。


(まるで、ミステリーの世界に来たみたいだにゃ)


 有名な名探偵の物語を思い出してしまった。

 呑気な事を考えているとあくびが出てしまう。

 キャシーは首を振って頭の整理を続ける。


(違う違う、今は自分の事を考えないとにゃ。て言っても、猫になったぐらいで)


 窓越しに真っ白な白猫が水色の宝石の様な瞳で見つめ返していた。


(にゃんと言う事でしょ。わたしはご主人に愛される、愛らしい猫ちゃんになっちゃいましたにや〜)


 尻尾をくねらせながら、目を細めてしまう。


 ウィータはキャシーの事を沢山、可愛がってくれた。

 初めてここに来た時から美味しいミルクもくれるし、側で一緒に寝かしてくれる。


 子猫のキャリーの口元がさらに緩んでしまう。

 嬉しすぎて、喉をゴロゴロと鳴らしていた。


 今の幸せを半時間程堪能した後、キャシーは窓ガラスにそっと前足を出す。しかし、不思議な事にキャシーの前足は窓ガラスに触れなかった。


 彼女の前足は窓ガラスを潜り抜けてしまう。

 水面に足を浸す様にキャシーは窓を眺めていた。


「んん……」


 息詰まったうめき声が部屋に響く。

 振り向くと黒茶色の髪に丸いメガネをかけたウィータが難しい顔を浮かべていた。

 彼は分厚い本を脇に何冊も重ねて、紙に構図を書き留めている。


「これで行けるはず……いや、仮説としては通っているんだけど……」


 思い悩む彼にキャシーは首を傾げてしまう。

 一体何に悩んでいるのか、分からなかった。


「にゃあ?」


 彼女の一声に皺を寄せていたウィータは顔を上げる。


「あぁ、キャシー。心配かけたね」


 彼は愛想よく笑ってくれた。

 キャシーは彼の懐に回り込みながら、図形だらけの紙を覗き込む。


「気になるのか?」


 興味津々に見つめる子猫にウィータは目を輝かせる。

 キャシーは短く答えた。


「にゃ(わかんない!)」


 彼女の返事にウィータは頬を緩めながら、キャシーを抱きかかえる。

 彼は紙を指差しながら一つひとつ丁寧に説明をしてくれた。


「これはね、魔法って言うんだ。厳密には魔術……料理で言うところのレシピのある料理ってとこかな。と言っても、お前に料理なんて分かんないか」


 彼はあはは、と何ともいねない顔で笑いながらキャシーを見下ろす。


(失礼にゃ! わたしだって、その……カップ麺ぐらいにゃら作ってるにゃ)


 心の中で言い返すキャシーだが、彼の話なら最後まで聞きたいと静かに視線を紙に戻した。


「魔法は体の魔力を元にイメージを形にしてくれるんだ。今は小さな竜巻を作ろうとしてるとこさ」


 部屋の中で火や水を使ったら親に怒られちゃうからね、とキャシーを見下ろしながら彼を言う。


(魔法か〜ロマンの塊にゃ、わたしも使えるかにゃ?)


 キャシーはウィータの話に耳を傾けながら目を輝かせる。

 小さい頃はお姫様を助ける魔女を夢見るぐらいには憧れていた。


 炎や雷など派手な魔法もあるけれど、キャシー的にはサラサラと星屑の様に輝く魔法も好きである。

 そう、初めて出会った時に見せてくれたウィータの魔法の様に。


 やり方次第ではそう言ったものも出来るのかなと想像を包ませるキャシーにウィータは一人語る。


「昔、父さんが書いた脚本の舞台を見にいった時に、初めて魔法を見たんだ。冒険譚でたくさんの魔法が出てくる。中には危険な魔法や目を見開く様なすごい物だって」


 彼は胸を膨らませて、窓の外にあの頃の光景を思い浮かべて言う。


「そのどれもが美しく、見惚れてしまう程だったんだ」


 懐かしむ、その瞳はおっとりとしており、今でも色褪せない。

 思いを馳せていたウィータはキャシーを抱えたまま、今行っている魔術に着いて思考を巡らせていた。


 ボソボソとつぶやきが漏れてしまっている。


 物思いに耽っている彼を邪魔したくないとキャシーは静かに見守っていた。しかし、彼女の思いなど知らずに、壊してしまう者が現れる。


 突然、扉が強く開かれて、耳を塞ぎたくなってしまう様な悲鳴に似た怒鳴り声が響き渡る。


「コラ! ウィータ、また魔術の実験をしてたわね!」


 落ち着いているウィータが珍しく肩を震わせた。

 キャシーに至っては、驚いてしまい机の下に潜り込んでしまう。


(にゃににゃに? にゃに事!)


 ビクビクと小さくなりながら、開かれた扉の方を見る。

 紅葉した葉の様に明るい髪を後ろの高い位置で結び、堂々と仁王立ちする少女がたっていた。


 ピンク色のドレスに、細かなレースが縫い合わされている。

 ウィータは訪れた少女が誰か分かっているらしい。


 顔を顰めて振り返る。


「メープル……」


 短いため息の後、彼は言った。


「悪いがノックぐらいしてくれないか? 心臓がいくらあっても持たない」


「そんな柔な男じゃ、この霧の国で生きてけないわよ」


 ふっと鼻を鳴らして、彼女はウィータに近づく。

 キャシーはウィータの後ろにある机の下から、その様子を眺めていた。


(ウィータに手を出したから引っ掻く……ウィータに手を出したら引っ掻く……)


 穏やかな時間をぶち壊した女にキャシーはこの世界に生まれて初めての殺意を抱く。

 子猫の殺意に微塵も気づいていないメープルと呼ばれた少女は机に広がる魔導書や魔法陣に目を向ける。


 彼女は大きな声でため息をこぼす。


「はぁ……呆れた。まだ、諦めてないわけ? ウィータ、魔法は選ばれた人間にしか扱えないんだよ」


(突然出てきて、にゃに言ってんの!)


 キャシーは傲慢な態度にイラッとする。

 メープルの言葉にウィータは目を背けた。


「そんな事、分かっている。魔法は魔力を認知しなければ話にならない。殆どの人は認識することすらできない事も知っている」


 メガネを上げながら言い返す。


「さらに言えば、認識した上で操る事ができなければ魔法は使えない。その為、この国では魔法使いや魔術師が重宝されているのも知っている。この重要性は以前、新聞に掲載された論文を読んだ」


「へーそうなんだ。でも、ウィータ」


 メープルはハキハキと夢見る少年に現実を突きつける。


「あなたは魔法を使う以前の問題なの! 命の危険があるのよ。確かに魔法使いになれば、一生生活には困らないって言われているけど、それはそれで大変なの」


 彼女は一息置いて、ウィータを諭す。


「魔法が使えないんだから、没頭しても意味ないでしょ?」


 最後の言葉に何かが割れる音が響いた。

 とても小さく、人には聞こえない。

 もしかしたら、猫にだって聞こえない心の音。


 キャシーはこれがウィータの心の音だと、すぐに気づく。

 彼の手は震え、丸いメガネの奥は、怒っている様にも、泣いている様にも見える。


 黙り込むウィータにメープルは気づいていない。


「それよりお茶にしよ。パパが美味しいお菓子くれたの、ウィータも気にいるはずだよ」


 無邪気に笑う顔は先程、自分がした事すら気づいていない。


「……」


 黙り込むウィータは今にでも弾けそうだ。


(苦しそう……ウィータ……)


 彼の気持ちが伝わってくる様でキャシーの胸をざわつかせる。


「にゃー」


 ふと、部屋の中に小さな鳴き声が響く。

 ウィータは思わず振り返った。


 メープルも釣られて顔を覗かせる。

 視線の先には机の下で小さく彼らを見上げる子猫が何度も鳴いていた。


「にゃーにゃー(ご主人無理しないで)にゃーにゃー(そんにゃの関係にゃい。無視すれいばいいにゃ)」


 真っ白な毛並みの子猫は水色の瞳でウィータを見上げながら必死に訴える。


「猫ちゃんだ〜」


 唖然として見下ろすウィータの代わりにメープルがキャシーに近づく。

 キャシーの訴えなど伝わっていない。


「な〜に、ウィータ猫飼い始めたの?」


 机の下に潜り込んでいる子猫を見ながらメープルは顔を緩ませる。

 可愛い生き物に目がないのだ。

 彼女は甘く煮詰めた様な声色でキャシーに話しかけてきた。


「こっちにおいで、怖くないよ〜向こうでミルクを一緒に飲もうね」


 そっと手が伸びてくる。

 悪気などないのだ。


 キャシーにはそれでも、ご主人に対して行った事が許せなかった。

 近づく手に渾身の猫パンチを打ち込む。


(触んにゃ、ブス!)


 シャーっと威嚇しながらキャシーは近づく手を殴りつける。


「うわ! なんで、この子そんなに不機嫌なの?」


 驚くメープルにウィータは言う。


「親しみやすいのが君の長所だが、同時にパーソナルスペースまで入ってきてしまう短所もある。この子はデリケートな方だから、ゆっくり接してあげてくれ」


 メガネを上げながらウィータはしゃがみ込む。


「キャシー、こっちにおいで、一緒にお菓子を食べに行こう」


 両手を広げて呼ぶ彼にキャシーはすかさず飛び込んだ。

 ドクドクと心臓が激しくなっている。

 それでも平然を装うとウィータは淡々と話す。


「メープル、お菓子ありがとう。一緒に行こ……」


 メープルは彼の揺らぐ心に全く気づいていない。


 二人と一匹の子猫はそのままお菓子を食べにリビングへ向かう。なお、キャシーは一向にメープルに懐く事はなかった。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

すっかり猫訛りが付いてしまったキャシー、穏やかな生活にのびのびしてますね。

メープルは悪い子ではないんですけど……んん、ちょっと、といったラインの子なんです。

興味を持った方、面白いと思って頂けたらば、ぜひ、ブックマーク高評価よろしくお願いします。

他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

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