二話
子猫が意識を取り戻したのは、体がポカポカとして、心地よくなって来た時だった。
うっすらと目を開けると暖かな光が照らす一室にいることに気づく。
空腹と寒さで凍え死にそうだった彼女は、真っ白なタオルに巻かれていた。
(あれ……? わたし、助かった……の?)
子猫は不思議そうに辺りを見渡す。
古いホテルの一室な部屋に本棚とベッド、宝箱が置かれていた。
本棚には大きな本ばかり、置かれている。
あの中には一体何が書かれているのか、子猫には想像もつかない。
ぼんやりと辺りを見ていた彼女は、ようやく、自分の身の回りを見渡すことになる。
白いタオルに巻かれた彼女は小さなバスケットの中に寝かされていた。
ふかふかで雲の上みたいだ。
ここは机の上で、すぐ近くに淡い光を放つランプの木が置かれている。
後ろには窓があり、暗闇に霧がかかっていた。
非常に寒いに違いない。
バスケットの周りには、模様が描かれた紙が海の様に広がっている。
星の形や何かの数式が書き留められていた。
(魔法陣、だよね?)
ぼんやりと描かれている物が何か想像してしまう。
アニメか、本に書かれる魔法陣によく似ているのだ。
辺りを見ていた彼女はタオルに視線が移る。
真っ白なタオルはふわふわと柔らかく、肌触りが最高だ。ずっと触れていた。しかし、子猫がフニッと踏みつけた所には真っ黒な足跡が付いている。
「にゃっ!」
汚してしまった、彼女は慌てて拭き取ろうとした。しかし、汚れは擦れ、さらに酷いことになってしまう。
(こっちも! そっちも? あぁ、ダメ! あっちが)
とうとう、タオルはあちこち汚れ真っ白な魅力は消え失せてしまう。
(どうしよう……物凄く汚しちゃった)
助けてくれた人の物を汚してしまった。
なぜ、人の者を汚してしまうのか、申し訳なさと情けなさで胸がいっぱいになる。
子猫は寂しそうに鳴いてしまった。
「にゃー」
彼女の声に気づいたのか、目の前の扉がゆっくりと開く。
子猫は咄嗟にバスケットに顔を埋めた。
一人の少年が不安げな表情を浮かべ、顔を覗かせる。
黒茶色の髪に丸いメガネをかけた少年は、ゆっくりと中に入って来た。
「目を覚ましたんだね。良かった」
汚れたタオルに潜り込む子猫を見て、安堵の表情を浮かべる。
子猫はタオルの事を咄嗟に謝った。
「にゃーにゃー(ごめんなさい、綺麗なタオルを汚しちゃった)」
「大丈夫、そのタオルは君のために用意したんだ」
彼女の声が届いたのか、少年は優しく諭す。
彼は手にしていた籠を置いて、毛布に包んだまま、子猫をゆっくりと抱えあげる。
「にゃ! にゃーにゃ(わぁ! 落ちる。怖い)」
怯える彼女は必死に少年の腕にしがみつく。
彼も落とさない様に手早く子猫を抱き寄せ、椅子に腰を下ろす。
何が始まるのか、子猫は少年の方を見上げる。すると、彼は籠から一本の白い瓶を取り出した。
口の方にはプツッと膨らんだゴムがついている。
少年はゆっくりと近づけて来た。
(来ないで!)
危険な物だと思った子猫は必死ににゃーっと悲鳴を上げる。
口を開けたせいでそのまま咥えさせられた。
グリャッとした食感の後、口の中にほんのりと甘い味が広がって行く。
これが何なのか気づいた子猫は、チューチューと中の液体を吸い始めていた。
白くてまろやかな味が口いっぱいに広がっていく。
これはミルクだ。
ぐびぐびと勢いよく飲み込む。
「驚いた! こんなに吸い付くなんて」
唖然とする少年はからになった瓶を掲げていた。
「にゃー(ごちそうさま)」
目を細めて子猫は満足げに感謝を伝える。
「大分、落ち着いたみたいだ」
少年は嬉しそうに猫を撫でて自らの名前を語った。
「初めまして、僕の名前はウィータ……何でもない子供さ」
寂しげに語る彼は子猫を見下ろして、自信に満ちて、少しだけ悪い笑顔を見せる。
「でも、いつか、誰にも負けない魔術師になる男だ」
ウィータと名乗った少年はすぐ側の引き出しから短い杖を取り出す。
「外は危険でいっぱいだ。僕が守ってやる」
杖を握りしめた彼は真っ直ぐな瞳で子猫を見つめる。
子猫は外の世界に視線を向けた。
真っ白な霧に暗闇が混ざり合う灰色の世界。
寒くて殺伐とした外は、残酷なほど冷たさに満ちていた。
猫の返事など人間の彼にはきっと届かない。
それでも子猫は自分の気持ちを精一杯、命の恩人に伝える事にした。
「にゃ〜」
彼の懐に擦り寄る。
この世界に来て、いくつもの危険が子猫に降り注がれた。
それでも、最後にはこんな幸運に巡り会えた事に彼女は感謝している。
「そうだ」
ウィータは思い出したかの様に机に散らばる紙を探り始めた。
「まだ、お前を洗うのは危険だけど、家を汚さない為に、その汚れを落とそう。あった、あった」
彼はそう言いながら一枚の紙を引き寄せる。
子猫には何が描かれているのかさっぱりだ。
「魔法は見た事があるかい?」
イタズラっぽい笑みを浮かべて彼は尋ねる。
次の瞬間、弾むように杖を振るって、言葉を紡ぐ。
同時に淡い光が杖の先から浮かび上がり、雪の様に子猫に優しく降りかかる。だけど、冷たくなかった。
代わりに汚れたタオルは白く元通りになって、太陽の香りが優しく広がっていく。
子猫の体についた汚れも落ちていった。
(汚れが消えた!)
水色の目を大きく見開いた子猫の体は、雪の様に真っ白な毛並みの姿を見せる。
汚れを落としたウィータもこれには目を丸くしてしまう。
「驚いた。真っ白な白猫だなんて……」
彼は嬉しそうに口を緩ませた。
子猫を抱え上げて呟く。
真っ直ぐな瞳の奥には、ほんの僅かな輝きが見えた気がする。
「そうだ!」
ウィータは叫ぶ。
「名前を付けてやる。そうだな……」
わくわくと声を弾ませて、彼は考え込む。
子猫でしかない彼女はこれからウィータと共に暮らす。
名前がなければ確かに不便だ。
(私、そう言えば名前なかった)
少年は唸りながら素敵な名前を絞り出す。ようやく、思いついた彼は満面の笑みを浮かべて子猫に告げた。
「キャシー! 今日から君の名前はキャシー。よろしく、キャシー!」
キャシーと呼ばれた子猫は妙にくすぐったい気持ちになる。
隠していた物を見つけてもらった様な嬉しさがあった。
これがわたしの名前。
ここがわたしの居場所。
キャシーは目を細めてしまう。
「にゃー」
彼女はゴロゴロと喉を鳴らして、精一杯の泣き声で返事をした。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
キャシー、おや、どこかで聞いたことがある名前ですね。
一文字違いです。変換で毎回間違えそうで冷や冷やしました。
アワアワしてるのが愛くるしく思います。
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