二十五話
マックスの攻撃を交わしたウィータは素早く身を隠した。
彼は見つからない様に回り込み、シルフィードの背後を取る。
もう一人の方は流石に回り込めないと応援席で見ていたキャシーも感じてしまう。
(と言うよりあっちの方が回り込みやすそうにゃ)
申し訳なさを感じつつ彼女は見ていた。
「いいぞ、ガキ! ガキなんてやっちまいな!」
キャラメルポップコーンをガリガリと食べながらエクスルは叫ぶ。
危ない組織に絡まれたメープルは傷心しきって応援がままならず見守るだけだった。
(静かにゃのはいい事にゃ)
最初よりゆっくり見られるキャシーは気が楽になる。
スクリーンで各参加者をそれぞれ映し出しているが、円形闘技場の中央に集まりつつある魔法使い達は豆粒ほど小さいが全体の動きをとらえて見ることが出来た。
キャシーはウィータの勇姿を追い続ける。
彼が飛ばした杖をシルフィードやマックスが拾おうとした。しかし、寸前の所で奪われてしまう。
「悪いな、二人に暴れられたら困るのはオレたちや」
ペーパーナイフから伸びた糸を引っ掛けて、杖を釣り上げたのはガリウスである。
彼は盗んだ杖を遠くに投げてしまう。だが杖を失ってもシルフィードは魔法を使う事が出来た。
彼はくるりと指を回して自身の杖を取り戻す。素早く風を巻き起こしガレウスとウィータに襲いかかる。
手に汗握る戦いは巨大な魔法と魔術を繰り広げながら続いていった。
次第に朝日が昇る様にゆっくりと円形の闘技場は輝き始める。
輝く水が流れ込んでいく。
オーロラが現れた様に光の壁があちこちに広がっていた。
「にゃー?(あれはにゃに?)」
キャシーは鳴いて周囲に呼びかれる。しかし、誰一人答えてくれるものはいなかった。
(もしかして、気づいてにゃい)
驚く人が一人はいると思ったが、誰もが参加者の闘いぶりに白熱して気付かない。
光の壁は流れる様に回り道をして、広がっていく。
円形闘技場の中央に集まっていた。
気づけば、巨大な魔法陣が描かれていたのだ。
完成した魔法陣にメープルや他の観客たちも気付き始めた。
「なに、あの魔法陣は?」
ざわめく中でエクスカは立ち上がる。
他のウィザーロードの集団と共に中央の縁まで歩み寄り低く響く様な声で詠唱を唱え始めていく。
「我らは契約に従い 盃を満たした
長き旅を歩んだ その体を その魂よ
啜りたまえ 飲み干したまえ 永遠の眠りから目覚めたまえ」
煌々と輝くオーロラの壁はオータル闘技場の中央へ集まっていく。
雫がこぼれ落ちる様に空へ放り出される。
一雫の液体は静かに煌めく。
まるで夕暮れにたった一つ姿を見せた星の様に輝いていた。
続く様に地面に埋もれていた聖杯が浮き上がる。
聖杯は乾ききった内を満たす為に星を飲み込む。
ぽちょんと静かに響いた。
何が始まるのか、それとも終わりに向かうのか、先の読めない光景にキャシーは静かに見つめる。
星が継がれた聖杯はほのかに甘い香りを漂わせた。
実況席で呆然と見つめていたジョビー・キャロル。
「一体、何が始まると言うんだ?」
彼も置いて行かれている一人である。
パキ、カリカリ、割れる音がうっすらと響く。
小枝が踏まれた音にジョビー・キャロルは辺りを見渡した。しかし、音が聞こえたのはこの辺りでないとすぐに気づく。
彼は慌てて上を見上げる。
「まさか、あり得ない! この上には誰もいないはず……そんな馬鹿なことが起こるはずがない」
ゾッとする様な予感に彼は首を振った。
淀みきった空気の中、丁寧に運ばれて来た豪勢なベッドで、永遠の眠りに着いていたのは老人。
年月と共におり重なった皺に、絹の様に白く伸びた髭が覆っている。
深淵の様に深い眼が、開くはずのない瞼をこじ開けてしまう。
布が擦れる音が静かに聞こえ、夜の空気が漂い始めた。
「はぁ……」
真っ白な息が冷たい体から溢れ出る。
キャシーが実況席のある方を見た時、その老人は縁沿いに軽く乗り上げていた。
キャシーは一瞬、巨大なフクロウを想起する。
夜空の様に暗く青みがかったローブに、肩まで隠すほど大きな三角帽子、長く伸び続けた真っ白な髭。
彼の存在で一斉に空気が重くなる。
何も知らないキャシーですら、何者なのか——どんな存在かすぐに気づくことが出来た。
彼の復活に多くの人々が目を疑う。
ハーヴィ・ウルクスピレウス・ダマンフレール
現れた大魔術師に人々はこう言った。
「最強の魔術師」
魔法界で最も強い魔術師の名前だ。
(あの人が最強の魔術師)
彼の死によって多くの魔法使い、魔術師が今、名乗りを上げた魔術試験が始まっている。しかし、その男は生きていた。
キャシーは頭が真っ白になる。
(待つにゃ。あのお爺さんがいなくなったから試験が行われる事になったんにゃ)
なのに生きているという事はどう言う事なのか、キャシーを抱えていたメープルも同じ様に思い、立ち上がってしまう。
円形闘技場の縁に立つエクスカに問いただす。
「どう言う事ですか!」
エクスカは杖で髪をかきながら振り返る。
「どうも、こうも、知らねーよ」
彼女の態度にキャシーは唖然としてしまう。だって、魔法を唱えたのは彼女たちウィザー・ロードなのだ。
知らないはずかない。
エクスカはニタニタと笑いながら、観客席の間を踏み越えて、メープルの方へ歩み寄る。
「ごめんなさいね。わたくし、言われた通りやっただけなんです〜だ~か~ら~他の事なんてな〜にも知らないの」
責任の一切も感じられない態度にメープルはカッと睨み返す。
癇に障ったのかエクスカも睨み返した。
「あぁ、なんだその目は? 殺すか」
細い杖がメープルに向けられた。その時、時が止まる様な一声が響き渡る。
「辞めろ!」
エクスカはピタリと動きを止めた。
彼女は振り返り、ダマンフレールの方を睨む。
「なんだその目は? ドブネズミの分際で私を見上げるな」
手を伸ばした。その時、エクスカは倒れるよりも早く地面に頭を擦り付ける。
「誤解でございます〜最強の魔術師様〜わたくし、この子とは友人……最高の姉妹同然の中でございまして」
頭を下げたと思えば起き上がり、メープルに抱き寄って見せた。
あざとい仲良しアピールにキャシーは呆れてしまう。
(そんなんで、通用するのかにゃ?)
先程、最強の魔術師が手を伸ばした時、何かしようとしていた。
なんだったか考える事すら恐ろしい。
エクスカも勘付き、媚をへつらいの笑みを浮かべていた。
彼女の額には汗が滲んでいる。
無理やり、メープルを笑わせているのは、キャシー的にはちょっとばかし面白いと思ってしまった。
最強の魔術師も彼女に構う時間はないと目を逸らす。
「まぁよい、これよりこの縁より外側での生殺を禁ずる。これは貴様らドブネズミの母体とした契約に従っての指示だ。いいな?」
大きな氷の塊が頭に叩きつけられた様な衝撃を感じてしまう。
エクスカは苦笑いを引き攣らせて愛想良く答える。
ダマンフレールは彼女の返事に満足すると会場の全体を見渡して話し出した。
「お集まりの方々、そして、私の後を注ぐ事を望んだ勇敢なる魔術師、魔法使いの諸君。ここに来てくれた事を感謝する」
気づけば、異変に気づいた参加者たちは戦いを止めて、ダマンフレールのいる灰色の空を眺めていた。
「この様に蘇った事に驚いている事だろう。だが、何も不思議な事でもない。魔法界には世界を超越する為の魔法などいくらでもある」
ダマンフレールはそう言いながら自らの手を見つめる。
細く、皮が骨に染み付いた手。
彼は寂しそうに握って開いてを繰り返す。
「だが、悲しい事だ。私は未だ完全に克服する事が出来ずにいる。死も、富も、そして、時間も……」
ダマンフレールは両手を広げ、話を戻した。
「私が蘇ったのは他でもない。この王国の最強の魔術師、それに相応しい者を作る為に現れたのだ!」
大魔術師は振り返り、宙に浮いた聖杯を手に取る。
自身を見上げるウィータ達、参加者を見下ろした。
「ウィザーロードとの契約により、諸君らの魔力を頂いた。私はこれで前世紀の魔力を取り戻す事になる」
そう言うとダマンフレールは一気に聖杯の澱んだ魔力を飲み干す。
空となった聖杯は力を失い、地面へと落ちていく。
「シャットアウトベール」
聖杯の響く音と共にダマンフレールは前触れもなしに術を発動した。
巨大な闇が渦を撒き、ドーム状に広がっていく。
瞬く間に円形闘技場の中央を埋め尽くしてしまった。
スクリーンの投影魔法は砕かれ、観客席のざわめきだけが聞こえる。
とてつもない不安がキャシーの小さな胸に刺さてしまう。
「みゃー(ウィータ……)」
彼が無事である事を切に願うのだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
エクスカの情けない土下座、そこには誰も追いつけない様な心理戦がありました。
一瞬でも遅れていれば彼女はミンチになっていたかもしれません。
その判断と挽回までのスピードはすごい。
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