二十三話
淡く輝く青い蝋燭が並ぶ、暗闇の図書館。
巨大な扉の前で行われた激闘も次第に収まりつつあった。
逃げ回っていたウィータは息も絶え絶え、痺れる手から杖が落ちない様にしっかり握る。
彼の前には淡い紫色の髪をした少女が、捕食者の様に真っ赤な瞳で睨み、冷徹にウィータを見つめていた。
彼女は嘆き様にため息を零す。
「はぁ、ウィータ様……貴方は見かけ以上に愚かな人間だったのですね。わたくしは期待していました。あの猫ちゃんの飼い主だとすればきっと聡明な方なのだと、猫にあんな風に探してもらえるなんて、それ程素晴らしい人間に違いないと思っていました」
巨大な紫色の雷によって作られた右腕を広げる。
「ウィオレさん、貴方のお眼鏡に敵わなくて残念だ」
イタズラな笑みを浮かべてウィータは呟く。
本当は話す事すら大変な程、疲労感があった。
雷に痺れた腕の感覚を確かめながら彼は杖を構え直す。
一瞬の間もなくウィオレが紫の腕を振り上げて近づいて来た。
ウィータは上手く懐に潜り込むと杖を彼女の喉元に近づける。
刃物を突き付けられた様に魔術師にとって杖の先端は凶器の様な物だ。
ウィオレは素早く交わして、ウィータを引き裂こうとする。
ウィータは姿勢を低く通り抜けて紫の雷を交わす。その刹那、二人は目が合う。
彼は再び杖の先端をウィオレに突き付けていた。
「どう言うつもりですか? わたくしを煽っているつもりなのなら後悔しますよ」
顔をこわばらせて、彼女は地面を引っ掻く。
「……」
「慈悲など侮辱です。寸止めで自らの勝利を訴えかけるなど意味がありません。撃つなら撃ってください」
バチバチと紫色の雷が音を響かせる。
ウィータが何度も粘り強く。けれど、手を出してこない事にウィオレは腹を立てていた。
「大体なぜ、貴方がその様な事を行うのですか?」
ウィータの行動に疑問を持ったウィオレはしばらく考え込む。
ふと、一つの可能性に彼女は気づいてしまう。
「もしかして、ウィータ様、魔力が無いのですか?」
「!」
彼女の問いかけにウィータは顔を思わず強張らせる。
途端にしくじったと顔を覆ってしまった。
動揺のあまり表情に出てしまったのだ。
ウィータの様子を見ていたウィオレは思わず、頬を緩ませる。
「あぁ、そうだったのですね。ごめんなさい、わたくし、てっきり嫌がらせをなさっていたのではと勘違いしておりました」
安心し切った様に頭を下げた。
彼女は紫の獣様な爪を構えて話す。
「茶番は終わりにしましょう。お互い長い間、時間を浪費してしまっています」
ここで終わらせる気だ。
ウィータは走り出す。
「逃げても無駄ですよ!」
彼女の呼びかけにウィータはピタリと足を止める。彼の様子にウィオレは満足げに凍りついた表情を緩ませた。
「ふふ、初めからその様に言う事を聞いてくだされば良かったのですが……実に残念です。もう、契約上我々の邪魔をした貴方を見逃せません。ウィータ様契約違反デス」
白い息を吐き出しながらウィオレは姿勢を低くする。
彼女の武器である攻撃魔法の雷の爪と合間って獰猛な猛獣の様だ。
狙った獲物は逃さない。
ウィータは杖を握りしめて、チャンスを待つ。
自身に出来る唯一の打開策。
必要なのはタイミングだ。
今すぐに飛び出そうとするウィオレ。
彼女はふと、ある事を思い出す。
友人に話しかける時と同じ、何気なく彼に話しかけた。
「ウィータ様、あの猫のお名前をお伺いしてもいいでしょうか?」
彼女の問いかけにウィータは一瞬、動揺する。
突然、何を聞き出すのか分からなかった。だが、彼は淡々と答える。
「キャシー、あの子の名前はキャシーだ」
「あぁ……キャシー、素敵なお名前でございます。ウィータ様、貴方を殺した後、あの子はわたくしが責任を持って面倒を見させて頂きます」
ウィオレの冷ややかな瞳に僅かな優しさが滲む。
ウィータは思わず、息を呑んだ。
彼は微笑んでしまう。
敵同士として戦っているが、キャシーの事まで気にかけてくれるウィオレが嬉しかった。
彼は目線を外しながら答える。
「あぁ、嬉しいけど、その必要はない。僕はここで死なないから」
面と向かって言うのは本当に心苦しかった。
「そう……契約、不成立ですか……」
決別してしまったお互いの答えに、ウィオレは本当に残念がる。しかし、彼女はすぐに自らの役割を全うする為、顔を上げた。
「では、ウィザーロードの移行に同意しなかったウィータ様、契約違反デス!」
言い終わる前に紫の閃光が図書館を照らす。
一瞬でウィオレの鋭い爪がウィータに近づいて来た。
この速さには彼も驚く。
今までのが全力ではなかったのか。
全身から鳥肌が立つ。
ゾッとする彼だったが、一瞬のチャンスを掴みに行く。
「ここだ!」
ウィータの杖が眩く輝き出す。
同時にウィオレの爪先が杖に繋がった。
お互いがぶつかり図書館が大きく揺れる。
「何を!」
驚くウィオレを置いて、彼は体を捻る。
ウィオレの腕はまるで掴まれた様にウィータの杖に導かれてあらぬ方向へ流されてしまう。
「まさか!」
目を丸くする彼女の視線の先には巨大な扉が待ち構えていた。
ウィオレが最後の攻撃を仕掛けようとする時、彼が走り出したのは、決して逃げるためではなかった。
「まさか、この為に、わたくしを誘ったのですか! こんな、こんな、幼稚な仕掛けを解く為に!」
声を荒げるウィオレをよそにウィータは叫ぶ。
先を行く為に、試練を乗り越える為に、彼はなんだって利用するつもりだ。
環境も、魔道具も、魔法も、そして、相手の攻撃だって。
ウィオレの紫の爪はウィータの杖に導かれて巨大な扉の最後の封印である円盤にぶつかる。
紫野雷は飲み込まれる様に消えた。
一瞬の静寂の後、図書館は大きな地震に包まれる。
円盤は巻き付いた鎖を引き戻し、扉の奥にハマっていく。さらに幾つもの仕掛けが連鎖する様に動き、重く閉ざしていた扉を開いた。
眩い光を放つ扉の奥に澱んだ空気が吸い込まれていく。
長くは続かないと二人は瞬時に悟る。
より早く動いたのはウィータだった。
彼はウィオレの腕を掴むと大きく捻る。
「ごめん!」
謝りながらウィータは彼女を地面に叩きつけた。
「がは!」
ウィオレが顔を上げた時、ウィータは扉を潜り抜けようとしていた。
「逃すか!」
彼女は急いで雷の爪を伸ばし、追いかけようとする。しかし、間に合わなかった。
ウィータは二回目の攻撃を扉へ放つ。
鋭い針の様に飛んだ攻撃は扉の押さえを揺らす。
高く積み上げた積み木が少しの地震で崩れる様に、繊細な時計が一度の落下で壊れる様に扉は勢いよく落ちてしまう。
ウィオレの爪がウィータに触れようとした。その時、扉は完全に閉まってしまった。
彼女の攻撃は虚しい音を響かせて図書館に広がる。
扉は素早く元の封印が施されてった。
何層物の魔術、呪術、魔法陣が作られて、崩され、隠れていく。
最後には取り残されたウィオレだけが巨大な扉の前にいた。
「クソったれ!」
一本、出し抜かれた事にウィオレは叫び出す。しかし、ウィータへの怒りなど、すぐに消えてしまった。
恐ろしい不安が彼女の心を一瞬で支配する。
ウィオレは頭を抱え込みへたり込んでしまう。
「どうしましょう、どうしましょう、契約が、契約が……」
ウィザーロードの契約は絶対であり、果たせなければ、恐ろしい事が常に待ち受けている。
それは取り立てる立場のウィオレも例外ではない。
「わたくしは最強の魔術師にならなくちゃ、契約が果たせない……」
ウィオレの顔は青ざめて、真冬の外に放り出された時の様に震え始めていく。
「あぁ、ウィータ様、お願いです。ウィータ様、わたくしをどうか、どうか置いていかないで、ごめんなさい、嫌だ嫌だ! 痛いのは嫌だ!」
最強の魔術師になる為に送られたウィオレには跡がなかった。
しくじった彼女はすがる様にウィータの名前を叫び続ける。
決して届くことはないと言うのに。
彼女は失敗への恐怖にいつもの冷淡な思考回路が凍ってしまっている。
一から封印を解き直すことも、扉を力づくでこじ開ける考えも浮かばない。
ウィオレは何度も扉を引っ掻き、開けてもらおうと懇願した。しかし、どれだけ引っ掻いたとしてももう開くことは無かった。
例え、彼女の爪が剥がれ、赤く落書きしでかしても、咎める者どころか止める者すらないないのだ。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
ウィオレが気に入っているのは普段、無感情で冷徹なのに特定の時だけ感情豊かになるんです。
そんなのあやかしの好物じゃないですか~
あと、雷の鉤爪が武器マニアからして評価高いんです
興味を持った方、面白いと思って頂けたらば、ぜひ、ブックマーク高評価よろしくお願いします。
他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。
よろしければ、X(Twitter)のフォローもお願いします。
https://x.com/28ghost_ran?s=11&t=0zYVJ9IP2x3p0qzo4fVtcQ




