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二十一話

 残す封印は後一つとなった巨大な扉。


 扉に張り付く円盤に魔法を一定量当てなければならない。

 魔力の少ないウィータにはどうにも出来ない封印だった。


 何か、他に手立てがないか、急がなければ時間がない。そう考えあぐねていると背後から他の参加者が追いつく。


「これはこれは、随分先を越されていた様ですね」


 声のする方に振り返ると白いスーツを着た男が息を切らしながらも優雅な風貌を見せようと立っていた。


「随分と苦戦してらっしゃる。どれどれ、私にも解けるでしょうか……おや、おやおや、こーれーは、こんな簡単な封印、今までの物に比べれば脆弱なセキリティでしょ。もしかして、デザートを堪能しようとしていた所をお邪魔してしまいましたか?」


 嘲る様に話す男にウィータは静かに睨む。


「それは実に申し訳ない事をした」


 男は勝ち誇った表情で細長いステッキを持ち直す。

 権力を象徴する象が彫られたステッキは、ウィータを狙っていた。

 黙っていたウィータは両手をあげて、戦わない意思を見せる。


「待ってください」


「貴方は交渉の席にすら座っていません。んーこれだからガキは」


 男は眉間に指を置く。


「ここで貴方を見逃した所で脅威にしかなりません。互いに組むとして、未熟な! 貴方と、誰が! 組むと言うのですか?」


「……」


 話しすら聞いてもらえない事にウィータは呆れてしまう。

 彼は仕方ないとため息を溢し、杖を抜いた。同時に身を屈める。

 頭の上を金貨が音を鳴らして飛び散った。


「さっさとリタイアすれば良いものを」


 白いスーツの男は呆れてしまう。

 ウィータはイタズラな笑みを浮かべて言った。


「あいにく、そんなつもりは毛頭ないんです」


 魔術師との戦い。


 ウィータは鞄に腕を突っ込み使える物を探す。出し惜しみしていられない。

 各なる上は魔法も使わなければならなかった。


 ウィータが魔術を行使しようとした。その時、一瞬で空気が凍りつく。


 唸る様な低い音が響き渡る。だが、男の声ではなかった。どちらかと言うと女の子の歌声だ。

 コツコツとゆっくり聞こえて来る足音。


 二人は近づく音に警戒して杖を構える。


 青い炎が揺らぐ。近づいて来た少女の姿を映し出す。

 薄紫色の長い髪に片目を隠し、もう片方の赤い瞳は満月の様に見開きウィータ達を捉える。


「ウィオレ……?」


 先程出会った少女にウィータは目を丸くしてしまう。

 彼女の手には長い髪が握られて、だらりと死にかけた魔女が静かに泣き喚いている。


「貴方は……あぁ、ウィータ様でしたか、再開できて嬉しいです」


 無表情に何事もなかったかの様に話す少女の頬には真っ赤な血がついていた。


「ウィオレ、怪我をしましたか?」


 顔見知りに杖を下ろしたウィータは尋ねてしまう。

 自分が現実逃避をしているのだと、すぐに気づく。


 彼の問いかけに男は思わず振り返る。

 その目には、バカな事を聞くな、と言いたげに怒りと焦りが滲み出ていた。


 ウィオレは自身の頬を拭いて確かめる。


「まぁ、これは失礼いたしました。わたくしとした事が……ご安心をこれはわたくしの血ではありせん」


 ウィオレはゆっくりと近づきながら話す。


 彼女に引きずられている魔女は痛々しく泣く。


「ひ、ひいい……」


 荒い息づかいが耳に響き続ける。

 声にならない掠れた声で命乞いをする。


 青い蝋燭に照らされて、連れてこられた魔女の痛々しさが鮮明になってしまう。

 ウィオレに鷲掴みされた魔女は使い古された雑巾の様にボロボロで手足が引きちぎられていた。


 血はドクドクと垂れて止まる事を知らない。


 絵の具の様に垂れてウィオレが歩いて来た道を赤く染めていた。


「——!」


 男は口元を抑え吐き気を我慢する。


「ウィータ様、せっかく会えたのですが、申し訳ありません。わたくし先を急いでいますので」


 左手にぶら下げた魔女など気に求めず、ウィオレは平然とした様子で話す。


「続けてお願いなのですが、お二方、この試験を辞退していただけませんか? 無益な争いはなるべく避ける様にと言われていまして……」


 微笑みを作る彼女の表情は凍りつき、ウィータと男の背筋すら凍らせる。


 彼女の異常性に本能が叫ぶ。


 全身から冷や汗が止まらなかった。


 人をそこまでして痛ぶるなんて、ウィータには受け入れられない。


「ウィオレ、一つ聞きたい」


 ウィータの問いかけに彼女は不服そうな顔をする。しかし、しばらくして、静かに頷いた。


「……いいでしょう。一つだけ、質問を許可します」


「なぜ、その魔女を痛ぶるんだ? 殺すなら、もっと容易く殺せただろう。それに戒めなら生かすべきだ。君のやっている事は合理的に欠けている」


「あぁ……」


 彼の言葉に思い出したと言いたげに手にしていた死体を見る。

 ウィオレは粗雑に魔女だった死体を手放した。


「ウィータ様は聡明な方だと思っていたのですが……随分、間抜けな質問をなさるのですね」


 死体を見下しながら呟く。


「貴重な質問をこの様な無意味な事に使うなんて……」


 呆れてため息をこぼす。

 間抜けな問いかけでもウィオレはぽつりぽつりと答えてくれた。


「この方は契約を破りました。契約は絶対です。破れば死が待っています。それもただの死ではありませ

ん。犯した過ちを後悔し、自らを呪いたくなる様な絶望と苦痛を与えて、償ってもらうのです」


 顔を上げてクスッとウィオレはニヒルな表情を浮かべる。彼女の顔は凍りついており、一切の揺らぎがない赤い瞳はガラス玉の様だ。


「ウィータ様、貴方の様な方はきっと、安全なご自宅があったのでしょう。そして、ご自宅から出る必要なんてない程のご身分だとお見受けします。なので、一ついい事をお教えましょう」


 周囲の空気は重く、ピリピリとし始める。


「この世には合理性だけでは語りきれない事で満ちているのです。例えば、マザーとの契約を破ればどうなるのか? その様な事を知らない者もいます。そんなゴミクズな愚か者方には骨の髄まで体験させなければなりません。そして、そのおかしな話を聞いて、また、愚かなゴミクズが増えない様に見せしめにするのです。そう、この生ゴミの様に」


 ウィオレはそう呟きながら、死体を踏み潰して乗り越えて来た。

 泥沼の様に沈み、出て来たウィオレの靴は赤く血に染まっている。

 コツコツと歩く度に彼女の背後には道が出来ていた。


 血で出来た真っ赤な道だ。


 ウィオレが道を歩く姿に白いスーツの男は何かに引っ掛かる。しばらく、考えた末に恐ろしい事に気づいてしまった。


「まさか! お前……ロードか」


 指をさして男は震える声で叫ぶ。


「ロード?」


 ウィータは男の言葉に目を見開く。


 霧の国ブリッジランドの子供たちなら誰でも耳にした事がある。


 突き詰めた果てに国を蝕む存在となった災厄の組織、ロードと呼ばれる集団は決して関わってはいけない存在だ。


 男に当てられたのが嬉しかったのか、ウィオレはニヒルな笑みを更に横に伸ばす。


 彼女はスカートの端を摘み、足をクロスさせる。

 軽快な音が響きながら、軽く頭を下げて会釈した。


「はい、おっしゃる通りわたくしはロード。ウィザーロードのウィオレンティアと申します。僭越ながら最強の魔術師の名をかけて魔術試験に参加させていただきました。それではお二方、そろそろ……」


 ウィオレが話している最中に白いスーツの男が幻覚に脅される様に叫び出す。


「うわああ来るな! 穢らわしい。頼む俺はまだ死にたくない。死にたくないんだ!」


 腰を抜かし喘ぎながら逃げ惑う。

 彼は汗だくで青ざめた顔になっていた。


「穢らわしい?」


 ウィオレはゆっくりと首を傾げる。

 静かな怒りを感じさせた。


「それは……」


 何かを尋ねようとする。しかし、男に聞く余裕なんてない。


「来るな! 頼む。俺は絶対に穢れた契約なんぞ!」


 男が杖を構え、なんらかの魔法を放とうとした。その時、上半身が飛び散る。

 残った内臓は垂れて、血は周囲に孤を描く。

 焦げた匂いが漂いながらウィータは頬についた返り血を指につけて見た。


「……」


「ウィザーロードへの侮辱は契約違反デス。侮辱を口にした者を目撃した際、直ちに顔もわからぬ様に潰す」


 はぁ、と白い息をこぼしながらウィオレは嘆く。


「わたくしへの侮辱でしたら、いくらでも見逃せたのですが……なぜ、こうも自らの首を絞める事をするのでしょうか?」


 ウィオレの右腕は紫色の雷を纏い、獣の様な鋭い爪を伸ばしていた。


 ウィオレは指先を擦り合わせ、火花を散らす。


 静かにウィータへ話しかける。


「ウィータ様もそう、思いませんか? 最後まで聞けば、しっかり読めば良いものを人は読まない、聞かないのでしょうか?」


 彼女の同情と言える問いかけにウィータは答えない。

 答えたとして、その後の自分の為になる気がしなかった。


「時間も惜しいのでそろそろ、辞退して下さると嬉しいのですが……」


 バチバチと紫の雷が鳴りながら、ウィオレは最後の忠告を口にする。

 先程の攻撃が同じ様に飛んでくる予感がした。もし、一歩間違えれば命はない。

 鉛の様な唾を飲み込み、ウィータはゆっくりと口を開く。


 彼自身はすでに答えが決まっていた。


「すまない、君の一方的要求は飲めない」


 ウィータはキッパリと断る。次の瞬間、猛スピードで近づく巨大な手が見えた。

 間一髪の所、身を交わす。しかし、思う様に避けきれない。

 首を傾げ避けた際、鞄の肩掛けの部分がヤスリの様に削られてしまう。


 ウィータは鞄を地面に落とされてしまった。


「しまった!」


 動揺する彼だが、こうなっては仕方ない。

 出し惜しみもしていられない。


 ウィータは杖を握りしめて戦う事を決めた。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

ウィザーロードと関わると話が嚙み合わない事があり、知らないうちにタブーに触れて殺されるなんて、良くあるみたいです。おっかねえ……

コツコツと靴を鳴らして姿を見せる所とか正直、可愛いと感じますね。持ってきたものが虫よりもえぐいなんて、恐ろしや。

興味を持った方、面白いと思って頂けたらば、ぜひ、ブックマーク高評価よろしくお願いします。

他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。


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