十七話
蝋燭が灯る廊下は淡い光に包まれて、多くの人々が集まっている為、蒸し風呂の様に暑くなっていた。
オータル闘技場の地下まで降りて来たキャシーはウィータを探している。
キャシーは森の様に続く足の隙間を潜り抜けながら先へ進んでいた。しかし、進めど、進めど、人々の足元から抜け出す事ができずにいる。
「にゃー(ウィータ、どこにゃ)」
鳴きながら先へ進んでいく。
キャシーは次第に蒸し暑く感じてくる。
「にゃ……にゃー(あぁ、これはダメだ)」
気分が悪くなって来た彼女は慌てて人混みから抜け出そうと脇道へと逸れる。
幸い、すぐに抜けられてキャシーはオアシスにたどり着いた様に喜んだ。
「みゃー(助かった!)」
少し冷たい空気が美味しく感じてしまう。
白猫のキャシーはウィータを探す為に彼の幼馴染の腕から抜け出して来た。しかし、これからどうやって彼を探すか、彼女は考えていない。
キャシーは毛繕いをしながら考え込む。
(さて、ウィータをこれからどうやって探したものかにゃ)
高い所に登れたら良かったが、ちょうどいいくぼみや装飾は見当たらなかった。
(ぐぬぬ、建物の中だからにゃにもない。ウィータ、どこにいるにゃ)
キャシーは途方に暮れて、鳴き出してしまう。
「みゃーみゃー」
「おや、こんな所に猫が迷い込むなんて」
ガヤガヤと賑わう地下通路の中でもはっきりと聞こえる足音。
コツコツと鳴り響く音にキャシーは顔を上げる。
淡い紫色の髪の隙間から覗く赤い瞳が一つ。
凍りついた無表情を浮かべて近づいて来る。
ネズミのボタンを手首に巻いた少女がキャシーの目の前に現れた。
キャシーは素早く逃げるか、ほんの少し躊躇う。しかし、少女から敵意など感じられずジッと様子を伺う事にした。
少女は逃げ出さないキャシーの前まで行くとしゃがみ込んむ。
不思議そうに首を傾げながら、手を前に差し出して来た。
「おかしいですね? こんな所に猫が迷い込むなんて」
小さく話す少女の手を嗅ぐ。
鼻を刺す様な匂いも、甘い香りもしない。
ただ少し落ち着く匂いがした。
静かに少女を見つめていると彼女はキャシーの頭を優しく撫で始める。
「首輪を着けているのを見るに、誰かの飼い猫なのでしょうか……」
首を傾げながら、撫でる手は顎下に潜り込む。
気づけば、少女は両手を使ってキャシーの事を撫でてくれていた。
まるで、美容室の最後にしてくれるマッサージの様で気持ちが良い。
(にゃ〜極楽〜)
「残念です。あなたが誰かと契約をしていなければ、面倒を見てあげられたのに……」
ジッと見つめる少女は無表情のまま、寂しそうに呟く。
キャシーは気持ち良さに感服し、腹を見せて寝転がってしまっていた。
ふと、流れ続ける人混みの中、見慣れた少年を見つける。
黒茶色の髪に丸いメガネをかけた少年。
鞄を斜めにかけて、キリッと歩む彼は人混みを遡っていた。
キャシーは目を輝かせて体を起こす。
「みゃー(ウィータ!)」
彼女がひと鳴きするとウィータはぴたりと止まり、こちらを向く。
その目は丸くなり、とても驚いていた。
「キャシー⁉︎」
彼は遡ろうとする足の向きを変えて、脇へと出てくる。
ウィータは、キャシーと側にいる少女を交互に見て状況を掴もうとした。
「おや、貴方がこの子のご主人様でしたか……」
キャシーのお腹に触れていた手を止めて、少女は立ち上がりペコリとお辞儀をする。
「初めまして、わたくしはウィオレンティアと申します。お気軽にウィオレとお呼び下さい。貴方も試験を受けに来た方なのですか?」
無表情のまま挨拶をするウィオレ。
彼女の表情にウィータは一瞬、躊躇ったがすぐに頷く。
「えぇ、そうです」
短く答えた彼は手を伸ばして言う。
「初めまして、僕はウィータ……過酷な試験になると思いますがお互い頑張りましょう」
ウィータは真っ直ぐな眼差しで握手を求めた。
ウィオレはマジマジと彼の手を見つめた後、ほんの少しニヒルな微笑みを浮かべて彼の手を取る。
「はい、頑張りましょう。ところで……」
ウィオレはちらりとキャシーを見つめて言う。
「この子がウィータ様を探していたみたいです。もしかして、使い魔でしたか?」
彼女の問いかけにウィータは申し訳ないとメガネを直しながら話す。
「いえ、ただの飼い猫です。付き添いの人たちに預けていたのですが……」
ウィータはチラリとキャシーを見る。
「にゃー」
満面の笑みで鳴いた。そんな、能天気の姿にウィータは思わずため息をこぼす。
「抜け出して来てしまったみたいです……」
ウィオレはコクコクと首を縦に動かして頷く。
「そうでしたか。もう時期、ここは試験が始まります。もし、よろしければ……」
「お! いたいた!」
ウィオレが何か口を開きかけた。その時、人混みの中から一人の少年が腕を大きく振って登場する。
金髪に黒緑のベストを羽織った少年にウィータは思わず目を輝かせた。
同時に口元が引き上がって笑う。
「シルフィード……」
越えるべき相手にウィータは心躍らせる。
「ちゃんと来てくれて嬉しいぜ。次こそ、叩きのめしてやるよ貧乏魔術師」
「ふっ、面白い事を言う。次も僕が勝つ、チンピラ魔法使い」
バチバチと火花を散らす二人。
「わたくしはおじゃまの様ですね。お暇させてもらいます」
ウィオレは一言呟いて、早々に去っていった。
キャシーはまた、彼女に再開できたらいいと思ってしまう。
(あんにゃに優しくにゃでてくれたのは初めてにゃ)
ウィータにひっつくあの女とは違う。
キャシーはメープルを比較に考えていた。
「まぁ、知った顔がいて嬉しいぜ」
火花を散らしていたシルフィードは、先程と大きく変わり馴々しくウィータの肩に腕を回す。
「ライバルだとしても、共に挑戦する友達だからな。生きていたら仲良くしようぜ」
ウィータの胸にドンドンと強めに拳を当てる。
シルフィードのスキンシップにウィータはなんとも言えない表情を浮かべてしまう。
危険な魔術試験だ。
シルフィードの言う通り、試験が終わる頃にお互い生きているか分からない。
生死が関わる事を意識すると途端に表情が固くなってしまう。
「くだらん……」
ウィータとシルフィードの背後から低い声が聞こえる。
覗き込むとだらりと垂れた髪が顔を覆う少年が立っていた。
長い杖を突きながら、憂鬱なため息を吐く。
シルフィードはケロッと笑いながら話す。
「そう言うなって、マックス。俺とお前以外にも同世代で出来る奴はいるって言ったろ? さっきの女だって実力は確かだ。今のうちに繋がり持っといても損はないぜ」
ウィータの肩から腕をどかして、背後の少年の方を向く。
マックスと呼ばれた少年は髪に隠れた眉を顰めて話す。
「どうかな。お前の観察眼など信用できない。何せ、そこの魔力弱者なんかを俺と同じように見ているのだからな」
ギロリと鋭い視線をウィータに向ける。
ウィータも負けずに睨み返す。
「……」
変えることのできない事実に何も言えない。
足元ではキャシーがウィータを侮辱する二人を威嚇していた。
(ウィータに謝れ、クソガキ!)
ピリつく空気の中、気の抜けた声が三人と一匹を包み込む。
「なんや、歳が近い者同士張り合っていんな。やっぱり、意識してしまうんか?」
「確かにな。他にも参加者は多いのに、同い年ぐらいの奴って目に付きやすいんだよ」
シルフィードもうんうんと頷く。
誰に頷いているのか、頷いた本人も分からず、声のする方に振り返る。
「誰?」
そこにはくねりとねじれた髪に日焼けしてパンの様に焼けた肌を持つ少年が立っていた。
彼はケロッと笑いながらウィータたちに挨拶をする。
「初めまして、オレ、ガレウス。休日の魔法使いって言うんよ」
「いや、マジで誰だよ」
シルフィードは声を荒げてしまう。
会話にしれっと入って来たガレウスを三人はマジマジと見つめてしまう。
言葉に詰まるシルフィードを横にウィータが首を傾げる。
「休日の魔法使い?」
ガレウスは頷く。
「せやで、勝手に名乗っているだけやけど、どや、インパクトあるやろ?」
「確かに記憶には残るが……」
良いのか悪いのか、反応に困ってしまう。
ウィータが珍しく魔導書以外で難しい顔を浮かべた。
ガレウスはその反応すら楽しむ様にして、話し出す。
「まぁ、何はともあれ。仲良くしようや。例え、敵同士になるとしても、話が通じる奴の方がマシやろ」
「奇遇だな。俺も同じこと思っていたんだよ」
「せやろ、実はさっきまでの話、聞いとったんや。そんでな、君の言う事にはホンッマに共感したんよ。あんな、オレの周り、みーんな爺さん婆さんで、すごく窮屈やねん。近い歳どころなんか、兄弟ぐらいだし、上はオトンやオカンぐらいや」
シルフィードもお婆さんの事を思い出し、大きく頷いてしまう。
同世代で話が盛り上がるのは、どこの世界も共通なのかもしれない。
(わたしも仕事を始めた頃は同期とよくつるんでいたにゃ)
愚痴をいっぱい溢していたのは、悪くない思い出だった。
キャシーは首をかきながら思い出す。
ふと、ウィータの顔を覗く。
キャシーは途端に申し訳ない気持ちになってしまった。
ウィータは寂しそうにただ、静かに黙り込む。
居心地の悪そうにするのを見てキャシーは鳴いてしまう。
「にゃー(ウィータ)」
彼女の呼び掛けに彼は下を覗く。
盛り上がるシルフィードとガレウスの二人を脇にウィータはキャシーを優しく撫でてくれた。
そっと触れる感触、心地よいリズムで撫でる手にキャシーは目を細めてしまう。
ゴロゴロと自然に喉がなる。
(ウィオレは猫の扱いが美味かったにゃ。おかげですごく気持ちよかったにゃ……でも、やっぱり、わたしはウィータに撫でてもらうのが一番にゃ)
キャシーはさらに撫でてもらいたいとウィータに擦り寄った。
彼はそっとキャシーを抱え上げる。
ゆっくりと騒がしくする同世代の友人を後にした。
その様子をマックスは黙って見送る。
「キャシーは甘えん坊だな」
呆れる様に笑う彼はキャシーを顔の側まで近づけて擦り寄る。
「でも、ありがとう。君が来てくれて本当に嬉しかった」
「にゃ?」
ウィータはニンマリと微笑みながら言う。
「実はすごく、寂しかったんだ……一人で……でも、そんな風に思ってもいられなかった。だって、これから魔術試験を受けるんだから、弱気ではいられないよ」
ウィータは人混みの中を遡って歩く。やがて、足を止めてキャシーの水色の瞳を覗き込む。
「キャシーのおかげで頑張れるよ」
誇らしげに言う彼にキャシーはうっとりと心を奪われてしまう。
(ウィータにそこまで言われるなんて嬉しいにゃ)
腕の中で抱かれるの彼女はそっと彼の顔に前足を伸ばす。
ふにふにと届く顔はいつものウィータの顔だ。
不思議とキャシーの心も満ちていく様だった。
本当は自分の方が不安だったのだ。
ウィータが側にいないのが怖かった。
遠くに行ってしまうのが嫌だったのだ。
(にゃ〜このままずっとあなたの腕に包まれていたいにゃ……)
安堵するキャシー。しかし、優しい温もりもすぐに冷めてしまう。
「観客席からも見守っていてくれ」
ウィータの言葉を最後にキャシーはメープル元へ預けられてしまう。
「にゃ?」
彼の腕から離れた彼女は呆然として、固まっていた。
「キャシー、勝手にどこかに言っちゃダメでしょ」
メープルに注意を受けるキャシー。
気づいた時には彼女の腕にしっかりと抱かれて、流れる雑音に耳を傾けていたのだ。
ウィータに距離を置かれてしまったキャシーはショックで大きな声で鳴いてしまうのだった。
「にゃーーー!(ウィータ!)」
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
同年代の魔法使いが何人か出てきましたね。
シルフィードの隣にいたマックスは彼と同じバードスクールの一人で、シルフィードに並ぶ実力者です。
バードスクールの魔法使いはもう一人いますがあまり戦わないタイプで不参加です。
少し上に行くと友に会えるのはきっとどの世界でも、業界でも似たり寄ったりな気がしますね。
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