十六話
「魔術試験の受付はこちらで行なっています」
「観戦の方はこちらで行なっています」
押し潰されそうな人混みに揉まれながら、建物の端っこまで歩いていくウィータとメープル、アケルおじさん。
キャシーは踏まれてしまったら行けないとウィータに抱えてもらいながら連れてきてもらっている。
(心配してくれるにゃんて〜)
ニヤニヤとデレてしまう。
「ここで」
このままずっと抱っこしてもらえていたらと思っていた。その時、ウィータが口を開く。
アケルおじさんは静かに頷いた。
メープルは寂しそうに眉を下げて彼の方を見つめている。
(え?)
分かっていたはずのキャシーは一瞬、呆然としてしまう。
ウィータは抱えていたキャシーをメープルに引き渡してしまった。
「にゃー(待って!)」
彼の手から離れた瞬間、放り出された様な不安が彼女を襲う。
何事もなくキャシーにウィータは優しく微笑みながら話す。
「ごめん、キャシー。しばらくの間、メープルたちと一緒にいてくれ。僕は行かなくちゃならないんだ」
彼はそう言い残すとアケルおじさんから斜めがけの鞄を受け取り、あっという間に人混みの中へ消えていってしまった。
キャシーは彼の元へ着いて行こうとする。
猫の気持ちを察したのか、メープルはキャシーを抱えながら言う。
「キャシー、着いていっちゃダメだよ。ここから先は危険なの。一緒にいたいのは分かるけど、もしもの事があったらウィータが悲しむから……」
メープルの言葉は耳障りだった。
キャシーは喉を鳴らして怒る。
(うるさい! 分かってるにゃ……分かってるけど……)
それでも、メープルの言葉はやはり、受け止めるしかなかった。
彼を側で見守って来たからこそ、これまで通り着いていく、と心のどこかで思っていた。しかし、今日はいつまでも彼の側にいる事はできないのだ。
彼にとって大事な魔術試験なのだから。
「こちらの紙にサインをお願いします」
アケルおじさんが観戦用の受付を済ませてから、石階段を登り闘技場の観戦席へ向かう。
観戦席は広く、反対側の席の人たちが小さく見えた。
席まで辿り着いた時、メープルは叫び出す。
「パパ、これじゃあ、ウィータの試験前に私たちのお尻が疲れちゃうわよ!」
キーキーと叫ばれて、キャシーは耳を押さえる。
見ると建物と同じ灰色の石段の席が、ぐるっと続いていた。確かにここに座り続けていたらお尻が硬くなってしまいそうだ。
(まあ、わたしには関係にゃいけどね)
キャシーはメープルの膝の上にいる気満々なので気にしない。
お嬢様のメープルはただ、呆然と立ち尽くしていた。
「うぅ〜こんな事なら家からクッションを持って来ればよかった」
肩を落とす彼女にアケルおじさんは笑って宥める。
「はは、その必要はないよ。試しに座ってごらん」
呆然と立ち尽くす娘に、彼は手本を見せる様に先に座る。
隣が空いているとポンポンと席を叩く。
メープルは訝しみながらゆっくりと腰を下ろした。すると、予想よりも深く沈む事に驚く。
「何これ! パパ、すごいよ。うちのクッションよりも柔らかい」
腰を下ろした瞬間、包み込む様な柔らかさにメープルは目を丸くする。
キャシーもこっそり抜け出すと石段の柔らかさを試してみた。
小さな前足を交互に押し当てる。
ふに、ふにっと沈み込む。
(にゃーすごく柔らかいにゃ)
ゴツゴツとした岩肌とは違い、触り心地はサラサラで冷たくない。
「これならどんなに長くても、疲れずに座っていられるね」
ドサッと腰を下ろして体を伸ばすメープル。
抱えていた物がない事に、彼女は喜んでしまう。
「あれ?」
メープルはキョロキョロと辺りを見渡す。
「キャシーがいない」
気づくと真っ白な猫キャシーの姿が居なくなっていた。
彼女たちは慌ててあちこち探す。しかし、当のキャシーはすでに座席から離れて石階段を降りていく。
彼女はそのまま、魔法使いと魔術師が集まる選手控え室へと向かうのだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
試合会場によってはプラスチック製のイスとかで長時間見ているのがしんどいですよね。
東京ドームとかスタジアムによってはクッションが敷かれていたりと長時間快適に見れるようになっているみたいです。古い伝統あるオータル闘技場も魔法によってとても快適に過ごせるみたいです。
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