十三話
さぁ、起きて
異世界に放り込まれた彼女は、白猫のキャシーとして、ふわふわのタオルにくるまりながら、すやすやと眠る。
元人間だった彼女は初めこそ、命の危機で危うい場面が多々あったが、今は推せるご主人と共に幸せに過ごしていた。
「放り込んだなんて、ひどい! そんなつもりなかったのに」
小鈴の様に軽やかな声が聞こえる。
瞼の上からも眩しく思う光にキャシーはゆっくりと目を覚ます。
目の前には白く長い髪に水色の瞳をした女神がキャシーの前に浮かんでいた。
「眩しいにゃ」
ここでは人語が話せる様でキャシーの心の声がそのまま口に出てしまう。
まぁっ、と女神は口に手を当てて後光の明るさを下げる。
「ごめんなさい、そう言えば眩しいのが苦手だったのよね」
クスクスと健気に笑いながら女神は本題を話し始めた。
「こっちの世界には随分慣れたかしら? ウィータてっ子を随分と支えているみたいじゃない」
頬をつきながら、まるで、恋バナを話す様に女神は嬉しそうに話をする。
「真っ直ぐでしっかりしていて、顔もいい……」
女神の言葉にキャシーも思わず頷いてしまう。
「そうにゃ、そうにゃ、ウィータはイケメンですごいにゃよ。いっつも頑張ってて、それでもわたしの事を気にかけてくれるにゃ」
彼のことを褒めてもらえるとキャシーは嬉しかった。
ウィータは人よりも魔力が少なく、師匠にも恵まれずにいた。
それでもめげずに研鑽を積み続けた男だ。
他の誰にも負ける訳がない。
キャシーは腕を組みながら頷く。
「でも、そろそろなのよね?」
女神は首を傾げて、尋ねる。
首を傾げて、そのままくるりと一回転してしまう。
彼女の問いかけにキャシーは思わず、難しい顔を浮かべてしまった。
「明日にゃ……」
「そうそう、えっとなんて言う試験だったかしら?」
眉を顰める女神にキャシーは淡々と答える。
「魔術試験にゃ、霧の国ブリッジランド王国『最強の魔術師』を決める試験にゃ」
ウィータはこの試験を受けるつもりだ。しかし、まだ未熟で幼い彼が出てもいいのか、最も信じているキャシーですら怪しく思えてしまう。
魔法使いは狡猾な者も多く、二つ名と言う名誉に数多の魔法使いたちが集まるだろう。
果たして、ウィータは戦えるのか、キャシーは不安になってしまう。
「わたしが信じていにゃきゃ、にゃにょに……信じてあげられにゃいのは、にゃんで?」
俯くキャシーに女神はしばらく、静かに見つめていた。
やがて彼女はキャシーの顎に手を当てて持ち上げる。
「あなたは誰よりもその子を見守ってきた。なら、きっと、知っているから不安になるよ。できる事も、できない事も、まとめて」
女神はクスッと微笑みながら言う。
「でも、彼が負けるなんて想像してないでしょ?」
彼女の言葉にキャシーはキラリと水色の瞳を輝かせる。
キャシーは口を大きく開けて、目を細めながら鳴いた。
「みゃー」
ウィータが負けるなどあり得ない。
彼はもう、弱くないのだから。
小さな不安を抱えていたキャシーだが、女神の言葉に自信を取り戻す。
明るくなった白猫を見ながら女神は静かに呟いた。
「この先、多くの苦難があるけれども頑張って……」
女神の言葉を最後にキャシーは現実へと引き戻される。
寝床にくるまっていたキャシーはぬくっと体を起こす。
夢の内容など、すでにうる覚えだった。
(眩しかった気がするにゃ)
それだけを鮮明に覚えていたキャシー。
(にゃんで夢ってこんな朧げにゃんだろう?)
不思議に思いながら寝床から外に出ようとした。その時、怒鳴り声が彼女の耳を貫く。
「なぜ、奴らは理解出来ないのだ! 私がどれほど尽くして来たのか知らぬとは言わせぬぞ」
老人の怒鳴り声に体の内まで凍りつきそうになる。
気がつくとキャシーはウィータが居る、いつもの部屋にいなかった。
(魔導書やら、紙が散らかっていて気づかにゃかったにゃ……)
辺りを見渡しながらキャシーは声の主を探す。
遠くの方で淡いピンク色の光が浮かんでいるのが見えた。
早朝に薄らと見える様な色合い。
光の前には大きな山が聳え立っていた。
藍色のロープに灰色の羽飾りを身に着けた老人だ。
頭には巨大な三角帽子を被っており、魔術師だとすぐに気づく。
老人は苛立ちながらため息を溢す。
「暴君だの、悪魔など、出鱈目を言い寄って。愚者どもの戯言などにいちいち耳を傾ける気にも慣れん」
ドンドンと机を叩く音に恐怖が広がっていく。背中越しからでも分かる威圧感は、なんなのか、キャシーは恐れながらも好奇心に駆られてしまう。
ゆっくりと回り込む様に目の前の老人の姿を覗き込む。
朝日の様に輝くピンクの淡い光は、フラスコの中から輝いていた。
ピンク色の煙がフラスコの中で雲の様に浮かんでいる。
先程の怒りとは打って変わって、静かにフラスコを覗きながら物思いに耽っていた。
真っ白な長い髭をぶら下げた彼は、険しい顔を浮かべている。しかし、瞳の奥には深い悲しみと絶望が滲んでいる様に見えた。
何に絶望しているのか?
キャシーはぼんやりと考えてしまう。
先程、老人は理解してもらえないと嘆いていた。きっと、何かを成そうとして周囲に強く反発されたのかもしれない。
誰にも理解されず、否定されれば、嫌気を指してしまうだろう。
(この人も一人にゃ……)
キャシーはぼんやりとご主人と重ねてしまう。
頑張ろうとする姿が似ているのか、それとも自分が勝手に重ねているのか、判断がつかなかった。
ただ、老人から感じ取れる雰囲気がウィータに少しだけ似ている気がしたのだ。
ジッと見つめていたキャシー。
不意に老人が顔を上げて、何かに気づく。
ギョロッと目を見開き、キャシーの姿を見る。
「お前もそう思わないか?」
睨まれた瞬間、全身を強く握りしめられる様な気がした。
異様な威圧感に眩暈が起きる。
「なぜ、怯える? そう、恐れる必要がどこにあると言うのだ……あぁ、悲しい。命とはどうしてここまで柔なのだ?」
呆れ嘆く老人は暗闇の中へ遠ざかっていく。
心臓を掴まれる様な恐怖を抱いていたキャシーは、ようやく息が出来る。
いっぱいの空気を吸い込みながらキャシーは目を覚ます。
いつもの寝床にお気に入りのタオルが敷かれていた。
暗闇の中、相変わらず紙が散乱した室内で、一人の少年が身支度を整えているのが見える。
黒茶色の髪に丸いメガネをかけた少年は、シャツのボタンを止めていた。
「みゃ(ウィータ?)」
不安げに鳴くキャシーに少年は振り返り、顔を近づける。
「おはよう、目を覚ましたんだね」
優しく微笑む顔にキャシーはようやく、心の底から安堵してしまう。
キャシーは大好きなウィータがいる部屋へと戻って来られたのだ。
曖昧な夢程気になる話はないかもしれませんね。
キャット転生『最強の魔術師』誕生の物語 後編の始まりです。
桃色に輝くフラスコや謎老人など、不思議な夢を見たキャシーですが、
目を覚ましてウィータを見れてすごく嬉しかったみたいです。
後編も最後までぜひ、お楽しみください。
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