↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
90/118

第90話 外棟班、登録

第90話 外棟班、登録


 受付の窓口で、ペン先が、一瞬、紙に引っかかった。


 リオネルの手が止まる。それから、何ごともなかったみたいに、また動き出した。


 大会本部の受付ホールは、朝から列ができていた。窓から差し込む光と、壁沿いの魔導灯の明かりが、床の上で重なっている。五つ星班、四つ星班と、格の順に窓口が空いていく。俺たちは、いちばん端の、いちばん短い列に並んでいた。前には二人しかいない。それでも、順番はなかなか来なかった。窓口の職員が、書類を一枚ずつ、やけに丁寧に確かめているせいだった。


 列の先頭でも、似たようなやり取りが続いていた。四つ星班の一つが、書類の記入漏れを指摘されて、その場で書き直している。列は、静かに、ゆっくりと動いていた。


 ようやく順番が来て、リオネルが名簿を差し出した。


「十二名。前線六、支援四、控え二。以上です」


 俺は、リオネルの後ろで待っていた。星冠戦の登録は、班長か、代理の記録係が窓口に出向く決まりだ。今回はリオネルが行き、俺はただの付き添いだった。手続きの数字が、自分の目で見た数と合っているか。それだけは、確かめておきたかった。


 受付の男は、渡された名簿を、二度見た。一度目は数字を、二度目は、外棟という文字を。それから、机の下から綴じた規定書を取り出し、指でなぞって、該当の条を探しはじめた。長い沈黙だった。


「……前線六、支援四、控え二。規定の枠には、収まってる」


 拍子抜けするくらい、あっさりとした結論だった。判を押して、団体控えを一枚、リオネルへ渡す。続けて、輪ゴムで留めた参加証の束も差し出した。人数ぶん、まとめて発行されるものらしい。束の角が、少し反っていた。何度も使い回した輪ゴムなのだろう。


「……本当に、これで出るのか」


「はい」


 男は、それ以上は訊かず、次の書類へ手を伸ばした。


 リオネルが、束から一枚だけ抜いて、後ろの俺に回した。残りは、輪ゴムごと、自分の内ポケットへ。


 窓口の脇に、長机が並んでいる。順番待ちの列に、見覚えのある顔がいくつか混じっていた。誰もが、こちらを見ないふりをして、こちらを見ている。


「……あれだろ、番外の」


「十二人、って聞いた」


「勝ち目、あるのか、あれで」


 誰にともなく交わされる声だった。答える者はいない。列のずっと後ろのほうで、誰かが小さく笑う声がした。


 リオネルは、その声のほうを見もせず、帳面を胸に抱え直した。次の一手だけを考えている横顔だった。


 隣の窓口では、五つ星のクラウス班が、もう手続きを終えていた。担当官が、深く一礼している。うちの窓口とは、頭の下げ方の角度からして違っていた。


 壁際に、木の掲示板が立てられていた。上段に、今大会の予想順位表。下段に、対戦表。各班の名前の横に、星の数だけ印がついている。上から順に見ていくと、外棟班の名前は、いちばん下だった。星の印はゼロ。名前の横に、誰かが小さく「?」と書き足していた。


 俺たちは、掲示板の脇で、荷物持ちに残っていたボルクと合流した。柱に寄りかかって待っていたボルクの、片方の靴紐が、ほどけかけているのが目に入った。


「紐」


「……ああ」


 ボルクは、しゃがんで結び直しながら、ついでのように言った。


「星冠の連中、控え室で肉を焼いてるらしい。匂いが、廊下まで来てた」


「それが」


「腹が減った、というだけの話だ」


 どうでもいい話だった。


「帯は」


 俺が訊くと、ボルクは、腰のあたりを軽く叩いた。


「新しいのに換えた。前のより、締まりがいい」


 それきり、ボルクは口を閉じた。紐を結び終えて、立ち上がる。


 リオネルが、内ポケットの上から、控えの束を一度、掌で確かめた。


「十二人ぶん、間違いなく通った。これで、後戻りはできない」


「今さらだろ」


「今さらだ。だから、確認した」


 言い方に、感情は乗っていなかった。


「……お前」


 声のするほうを見ると、グレンが、掲示板の脇に立っていた。三つ星上位、四つ星候補。予選で、俺たちが最後に下した相手だ。


 俺は、少し間を置いてから、口を開いた。


「まだ、本部に用があるのか」


 グレンは、壁の掲示板のほうへ、顎をしゃくった。


「見に来ただけだ。悪いか」


 言葉のわりに、その場を動く気配はなかった。


 下段の対戦表には、もう、グレンの班の名前はない。俺たちが勝った、その分だけ。


 グレンは、視線を外した。何か続けようとして、やめたふうだった。あの日、地面に護り石の欠片を転がしたまま、口をつぐんだのと同じ間があった。


「……無理はするなよ」


 誰に向けた言葉なのか、はっきりしなかった。


「お前が言うのか」


「お前しか、言う奴がいないだろうが」


 それで会話は終わった。グレンは、こちらの返事を待たずに、廊下の奥へ歩いていった。何か言い返そうとしたが、言葉より先に、背中が遠ざかっていた。


 入れ替わりに、受付の列のほうから、書類挟みを胸に抱えた男が、こちらに近づいてくる。エリオだ。リシアの従兄で、家の名を継ぐ側の一人。大会本部の職員と、短く言葉を交わしながら通り過ぎていく。目は合わなかった。書類挟みの角が、魔導灯の明かりを弾いて、一瞬だけ白く光る。


 リオネルは、掲示板の下段から、目を離さなかった。対戦表の隅の一枚が、剥がれかけて、めくれたままになっている。


「外棟班、第一試合。相手は――」


「知ってる」


 最後まで言わせなかった。リオネルは、めくれた紙の端を、指で軽く押さえた。指を離すと、また元どおりにめくれた。


「行くか」


 ボルクが言った。俺たちは、闘技場のほうへ、廊下を進んだ。他の班の連中とすれ違うたびに、視線だけが、後ろについてくる。ひそひそと、何かを言い合う気配が混じっていた。廊下の窓の外、旗の列が風もないのに、ときどき裾だけ持ち上がっていた。誰かがどこかで、屋根の開閉を試しているのだろう。廊下は、外の光が届きにくい造りで、壁沿いの魔導灯だけが、俺たちの影を、二重に落としていた。


 控え室の前に着くと、外棟の連中がもう集まっていた。リシアが、膜の調子を確かめるように、指先を軽く曲げ伸ばししている。


「膜、仕上がったか」


 俺が訊くと、リシアは、指を止めずに答えた。


「訊かないでください。験が悪い」


 その脇を、サラが水筒を配って通り過ぎていく。「今日は冷えるね」誰かの返事を待たず、もう次の一本を渡している。ボルクが、無言で受け取って、腰の帯に挟んだ。


「揃ったな」


 イザークが、揃った十二人をざっと見渡して、それだけ言った。


 控え室の奥から、闘技場の音が、うっすらと届いてくる。観客席の埋まっていく気配。誰かの号令。滑車の軋む音――前に一度、聞いた覚えのある音だった。声援の束が、まだ形になる前の、低いざわめきとして響いていた。二千か、三千か。数えきれない声だった。


 俺は、内ポケットに畳んだ、自分の参加証の感触を、指の先で確かめた。角が、少し、折れていた。輪ゴムの跡だ。


 鐘が鳴った。


 長く、低く、一度。余韻が、天井の高いところで、しばらく残っていた。


 控え室の空気が、それだけで変わった。誰も、口を開かなかった。イザークが、先に扉を押し開ける。


 隙間から、闘技場の明かりが、一筋だけ差し込んだ。その光の向こうに、動かない人影が、等間隔に並んでいた。爪先の向きまで、揃っている。誰かが号令をかけた様子もないのに、だ。


 俺たちは、その後ろについた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


星冠選抜戦、いよいよ登録です。開幕はもうすぐ。


次話(星冠戦、開幕)もよろしければお付き合いください。感想やブックマークをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。