第83話
第83話 合同任務、指名
掲示板の前に、また人だかりができていた。今度は、俺たちの名前のために。
予選の結果は、もう学院中に知れ渡っている。値踏みする目もあれば、単純に驚く目もある。廊下の隅では、下級生の二人組が、こちらを指差しながら「まぐれだろ」と囁いていた。
掲示板の隅に貼られた古い張り紙が、風もないのに端からめくれかけていた。誰も、直そうとはしなかった。
その人だかりを掻き分けて、マルクが呼びに来た。書類を小脇に挟んだまま、いつもより早口だった。手元の書類の角が、少し折れ曲がっている。急いで来たのだろう。
「話がある。五人だけ、こっちに来てくれ」
「その、五人、ですか」
「レン、ボルク、ユノ、フィン、ニア。名指しだ」
名前を聞いて、真っ先に思ったのは、この中に、リシアが入っていないことだった。隣を見ると、リシアも、同じことに気づいた顔をしていた。何も言わなかったが、目の奥に、小さな引っかかりがあるのが、はっきりと分かった。
マルクの部屋は、今日も書類の山が高い。その上に、新しい一枚が乗っていた。星冠第一班との合同任務だという。
「中層で、群れの魔物が増えている。単独ならともかく、群れとなると、通常の巡回だけじゃ手が回らないそうだ。増えている理由までは、今のところ、はっきりしていないらしい」
「なぜ、この五人だけなんですか」
訊いたのは、ユノだった。声は小さかったが、はっきり聞こえた。
「向こうの指定だ。名簿を寄越してきたのは、あちらだ。理由までは、こっちにも、分からん」
マルクの声には、いつもの素っ気なさしかなかった。何か隠しているようには見えない。単に、知らされていないだけなのだろう。
「顔ぶれの意味は、行けば分かるだろう」
続きは、なかった。役割で選ばれたにしては、区切りが妙だ。そう思ったが、口には出さなかった。
「面倒くさい話にしかならねえな、これは、絶対」
ボルクが、腕を組んだまま、天井を見上げた。反応は、返ってこなかった。フィンだけが、控えの紙を鞄にしまいながら、いつもの軽口を叩こうとして、やめた。
部屋を出ると、廊下の壁にカイルがもたれ、その少し先で、リシアが控えの紙も持たずに待っていた。二人とも、話はもう耳に入っているらしい。
「俺は、今回は、呼ばれてないんだろ」
カイルが、先に口を開いた。先の任務で負った傷の包帯は、もう外れている。
「処分歴の件は、片づいたはずだけどな」
俺は、そう答えるので精一杯だった。
「片づいたのと、信用されるのは、また別の話らしい。まあ、いい。お前が口添えした署名一枚くらいで扱いが変わると思うほど、うぶでもない」
小さく笑うと、そのまま口を閉じた。
「私は、それでいいんです。行っても、役に立てるとは限りませんし」
リシアが続けて言った。早口だった。問い詰めた覚えはないのに。両手を後ろで組んだまま、視線だけがこちらを見ずにいた。指先だけが、服の裾を、小さく摘んでいた。
二人に、同じ言葉は、返せなかった。カイルには、相槌しか出てこず、リシアには、
「戻ったら、話す。向こうで、何を見たかくらいは」
それだけ言うのが、精一杯だった。
「約束ですからね」
リシアが、初めて少しだけ顔を上げて、背を向けた。振り返らない。カイルは、それより先に、何も言わずに背を向けていた。
合流の場所は、訓練棟の裏手と決まっていた。日陰になっていて、外よりいくらか涼しい。着くと、すでに向こうの五人が並んでいる。
「よく、来たな」
セイルの声には、飾り気がなかった。「予選、見ていた。悪くなかった」
「……そうか」
短く、返した。悪くなかった、で片づけられる勝ちだったとは、自分でも思っていなかった。
「哨戒は、勝ち負けを競う場所じゃない」
「ああ、それは分かってる」
「分かっていれば、それだけでいい」
柄にもなく、律儀な男だった。セイルは、視線を、自分の班のほうへ戻した。
セイルの後ろで、大柄な男がボルクを一瞥する。盾を提げていた。ガレスという名だと、あとで知った。ボルクも同じように見返し、二人ともそれ以上は動かなかった。ただ、視線の高さだけは、ほとんど同じくらいに見えた。ガレスが、喉の奥で低く笑った。残る三人は、遠巻きに、こちらを眺めているだけだった。値踏みするような目つきの者もいれば、興味なさそうに視線を外す者もいる。自己紹介の一つも、なかった。
一番後ろに立つ女――ミレーユ・アストランが、俺たちを順に見た。噂には聞いていた、索敵と指揮を兼ねる五つ星候補。感情の読めない目をしていた。
「五人で来ると聞いていたが、思ったより、ずいぶん若いな」
驚きも値踏みもない、ただの確認のような言い方だった。彼女は、すぐに視線を紙の束へ戻した。褒め言葉でも、貶し言葉でもない響きだった。
「哨戒の担当区域は、追って伝える。それまでに、準備を怠るな」
説明は、それきりだった。哨戒がどの層まで及ぶのか、何を、どこまで警戒しているのか、詳しいことは何も語られない。訊けば良かったのかもしれないが、その空気ではなかった。
ユノが、一歩前に出る。
「感知の範囲を、共有していただけますか。……無駄撃ちが、増えますので」
ミレーユが、初めて少しだけ興味を引かれた顔をして、手元の紙を一枚差し出した。哨戒範囲を区切った簡単な図面だった。
「先に、こちらの持ち場だけ渡しておく。特別扱いだと思うな。今回だけだ」
ユノの顔つきは変わらなかったが、受け取った紙を握る指先に、いつもより力が入っていた。すぐに図面へ目を走らせる。
俺も、つられて図面を覗き込んだ。線の一部が、やけに詰まって見える。それが何を意味するのか、言葉にする前に、ユノの方が早かった。
「……この境界線、狭すぎます。ここだと、感知の網が薄くなる場所が出ます」
ミレーユの眉が、わずかに、しかしはっきりと上がった。
「……初めてだな」
たった一言に、ユノが、小さく息を吸うのが分かった。表情そのものは、ほとんど動いていない。それでも、控えの紙を持つ手の力が、さっきより、少しだけ強くなっていた。指摘一つで、名簿にユノの名前があった理由が、少しだけ分かった気がした。
解散になる間際、ミレーユが、こちらの並びを、一度、数え直した。控えの紙を持っているはずのリオネルの姿がないことに気づいたらしい。
「今日、記録係は、来ないのか」
束の間、誰が答えるべきか迷う間があった。
「サボりですかね」
フィンが、場違いな軽さで言った。空気が、少し冷えた。
答えたのは、結局、ニアだった。珍しく、一拍置いてから口を開いた。
「今日は、非戦闘要員として、呼ばれていませんでした」
リオネルの名を口にする声だけ、わずかに硬かった。言い終えると、また口をつぐんだ。ミレーユは、それ以上訊かず、控えの紙に何かを小さくメモした。走り書きの中に、〈外棟班〉という三文字だけが、目に留まった。それ以上は、読み取れなかった。
帰り道、フィンが「今日だけで、疲れましたね」と力なく漏らす。
「口より先に、手を動かせ」
ボルクが素っ気なく返すと、フィンは大げさに肩を落とし、それきり黙り込んだ。ユノは、考え込むような顔のまま、黙って歩いていた。控えの紙を握ったままの手だけが、まだ、わずかに強張っていた。ふいに、振り返らなかったリシアの背中と、カイルの乾いた笑いが、頭の隅をよぎった。まだ、何も返せていない。
訓練棟を出る手前で、背中越しに、ミレーユの声が聞こえた。仲間の誰かに向けた、独り言に近い声だった。
「外棟班は不安定ですが、無視できません」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
星冠第一班との合同哨戒、初顔合わせの回でした。ガレスやミレーユといった新しい面々、そしてカイルとリシアが今回は一緒に行けなかったことへのそれぞれの受け止め方も書いてみました。
次話以降もよろしければお付き合いください。感想やブックマークをいただけると励みになります。




