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第7話

第七話 灰雨鉱窟実習



ギルド実習の朝は、まだ、暗いうちから、始まった。


学院の、裏門。冒険者ギルドの紋章を染めた幌馬車が、何台も、並んでいる。集められたのは、外棟の俺たちと、それから——本棟の、上位生たちだった。


「外棟の班。こっちだ」


俺たちを呼んだのは、二十代の後半くらいの、女の人だった。日に焼けた肌。動きやすそうな、革の装備。学院の教官とは、まるで、雰囲気が違う。


「カイラ・ローデン。今日の、ギルド実習担当だ。あたしは、現場のことしか知らん。よろしくな」


それだけ言うと、カイラさんは、手元の紙を、ぱらりと、めくった。


「外棟の役割を、言っとく。討伐は、上位生がやる。あんたたちは、記録、素材回収、撤退の補助。——つまり、前には、出るな。後ろで、よく見て、よく書け。それが、仕事だ」


リシアの眉が、わずかに、動いた。前には出るな、という言葉が、気に入らないのは、見なくても、分かった。


俺は、別に、なんとも思わなかった。よく見て、よく書く。——それなら、得意分野だ。


「げ。外棟と、同じ現場かよ」


馬車の方から、聞き覚えのある声が、した。


グレン・ヴァルガスだった。取り巻きらしい上位生を、何人か、連れている。俺を見つけて、鼻で、笑った。


「足を、引っ張るなよ。火種」


俺は、何も、返さなかった。返したところで、得は、ない。


ただ、リシアが、隣で、小さく、舌打ちをしたのが、聞こえた。



実習地は、第三管理坑道。


通称、灰雨鉱窟、と呼ばれていた。


なぜ、そう呼ばれるのかは、坑道に入って、すぐに、分かった。


天井から、灰のような、細かい鉱物の粉が、絶え間なく、降ってくる。まるで、雨のように。肩にも、髪にも、うっすらと、灰色が、積もっていく。


「口と鼻を、布で覆っとけ」


カイラさんが、言った。


「吸い込みすぎると、咳が、止まらなくなる。それと——はぐれるな。この鉱窟は、枝分かれが、多い」


坑道の中は、薄暗かった。壁に、点々と、光る石が、埋まっている。その、淡い光だけが、頼りだ。


上位生たちが、先に立って、進んでいく。グレンの炎が、時おり、暗がりを、明るく照らした。派手な、明かりの取り方だ。あれだと、すぐに、疲れるだろうに。


俺たち外棟は、その、ずっと後ろ。


俺は、記録板に素材を書きつけながら、坑道そのものも、見ていた。天井の、ひびの入り方。足元の、岩の、もろさ。どこが崩れやすくて、どこなら、逃げ込めるか。


親父の言葉を、思い出していた。勝ち方より、先に、死に方を潰せ。生きて帰る道を、いつも一つ、残しておけ。


前に出るな、と言われた実習だ。けれど、後ろにいたって、坑道が崩れれば、巻き込まれるのは、同じこと。だから、見る。どこへ逃げるかだけは、いつも、頭の隅に、置いておく。


記録板を、手に。落ちている素材の、ひとつひとつを、拾いながら、進む。


リシアは、慣れない手つきで、それでも、きっちりと、素材を、分類していた。ボルクは、重い荷を、文句も言わずに、背負っている。ニアは、誰かが転ばないかと、絶えず、後ろを、気にしていた。


そして、ユノは——


さっきから、何か、様子が、おかしかった。



ユノは、列の、いちばん後ろを、歩いていた。


小さな体を、さらに縮めるようにして。何度も、足を、止める。そのたびに、坑道の、奥の方を、じっと、見ていた。


俺たちが進んでいるのとは、逆の。もっと、深い方を。


「ユノ」


俺が、声をかけると、ユノは、びくり、と、肩を、震わせた。


「な、なに……?」


「さっきから、奥を、気にしてる。何か、あるのか」


ユノは、口を、開きかけて——閉じた。それから、首を、横に、振った。


「……ううん。きっと、気のせい。わたしの感知なんて、狭いし。自信、ないし」


「カイラさんには、言ったか」


「言って、ない。だって……」


ユノは、うつむいた。


「こんな、ぼんやりした感じ、うまく説明、できないもの。言っても、どうせ……」


——どうせ、聞いてもらえない。


その先を、ユノは、言わなかった。けれど、俺には、分かった。痛いくらい、分かった。


それは、一年前の、俺だ。


冷めない魔核を前に、何かが、おかしいと、感じて。でも、それを、うまく言えなくて。言ったところで、等級も持たない子供の言葉は、誰にも、届かなくて。


そして、その結果。ロイは、前線で——。


——同じだ。この子は、一年前の、俺と、同じだ。


一年前、俺の声を、誰も、拾わなかった。等級がない、というだけで。


なら、せめて。俺だけは、この子の声を、拾う。


俺は、ユノの、隣に、しゃがんだ。


「ぼんやりしてて、いい。うまく説明、できなくて、いい」


ユノが、顔を、上げる。


「お前が、何かを、感じたなら。それは、たぶん、本当に、ある。——俺が、聞く。だから、言ってみてくれ」


ユノは、しばらく、俺を、見ていた。


それから、おそるおそる、坑道の奥を、指さした。


「……あっち。すごく、奥の方。魔力が……うまく、言えないけど。揺れて、る。普通の魔物の、揺れ方じゃ、ない。なんだか……黒い、感じ」


黒い。


その一言に、背の奥が、ざわついた。


あの夜の、冷めない魔核。芯から焦げた、木片。あの、嫌な熱の、感じと。どこか、繋がる気が、した。


ふと、視線を、感じた。


リシアが、こっちを、見ていた。俺が、ユノの言葉を、頭から信じたのを。何か言いたげな顔だったが、結局、何も、言わなかった。ただ、その目だけが——昨日、俺に「本当に火なのか」と問うたときと。同じ色を、していた。



俺は、立ち上がって、奥を、見た。


灰色の雨の、その向こう。光る石の、明かりも届かない、深い暗がり。


そこに、ユノの言う、「黒い揺れ」が、あるという。


「カイラさん」


俺は、前を行く、カイラさんを、呼び止めた。


「奥に、何か、いるかもしれません。うちの班の、ユノが、感じてます。魔力の、おかしな揺れを」


カイラさんは、足を、止めた。


上位生たちが、こっちを、振り返る。グレンが、また、鼻で笑うのが、見えた。F等級と、感知も満足にできない外棟が、何を、と。


けれど、カイラさんは、笑わなかった。


俺と、ユノを、順に、見て。それから、奥の暗がりを、静かに、見据えた。


「……記録だけは、しとけ。場所と、時刻。感じた内容も、全部だ」


カイラさんの声は、低かった。


「現場で、嫌な感じを、ばかにして死んだやつを、あたしは、何人も、知ってる」


その、時。


奥の暗がりで、かさり、と、何かが、動く音が、した。


灰色の雨の向こうで、硬いものが、こすれ合う——金属のような、冷たい音だった。

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