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第45話

※お詫び

前回掲載分にて、誤って第44話の内容を重複投稿しておりました。大変申し訳ございません。こちらが本来掲載すべき第45話「硬質魔物の殻」の内容です。お手数をおかけし、失礼いたしました。

第45話 硬質魔物の殻


 あの日から、カイルは列の最後尾にいなくなった。

 劇的な変化があったわけじゃない。ただ、荷を運ぶ位置が少しずつ前に寄っただけだ。今は俺の二歩後ろを歩いている。手袋はまだ外していない。それでも、誰かが不意に近づいても、後ずさる回数は減っていた。

 昨夜、退避区画の食事の場で、フィンが冗談交じりに「カイル、その手袋、そろそろ洗った方がいいんじゃない?」と言った。カイルは一瞬固まったが、すぐに「うるせえ」とだけ返した。突き放す響きは、もうなかった。ボルクが横で無言のまま椀を差し出し、カイルはそれを当然のように受け取った。誰も、それを特別なこととして扱わなかった。だからこそ、特別だった。

 実習五日目、俺たちは監督官の指示で本道から外れた採取区画へ向かった。四つ星の班が魔物の巣を発見し、討伐と資源回収を同時にこなす任務だ。補助枠の出番は後方支援のはずだったが——その巣の主が、あの一件で全員が身をもって知っている相手だった。

 灰白色の外殻。牛ほどの大きさ。地形に擬態して眠る、鉱物型の魔物。今度は一頭ではない。

「三頭だ。眠りが浅い。起こせば同時に来る」

 監督官が声を落として言った。「四つ星の魔法でも殻は割れん。魔法が煤しか残せない相手に、正面切って挑む班は少ない。だが今回は討伐対象だ。避けては通れん」

 四つ星の班長が渋い顔で言った。「以前試した限り、火力を集中させても外殻に亀裂一つ入らなかった。時間をかけて削るしかないと思っていたが……」

 その視線が、自然と俺たちの後方へ向いた。カイルへ、だ。

「あの一件は聞いている。お前の力で、割れ目を作れるのか」

 カイルの肩が強張った。手袋の指先が、無意識に握りしめられる。

「……前は、偶然だ。狙って触れたわけじゃない」

「偶然でいい。もう一度、同じことができるか」

 沈黙が落ちる。俺は一歩前へ出た。

「できる。俺が保証する」

「レン、勝手に——」

「勝手じゃない。今から筋道を話す」


 俺は熱で、あの日カイルが割った罅の周りを覚えていた。罅の奥、熱の通り方が変わっていた場所。あそこには、外殻の内側に薄い隙間が生まれていた。

「殻そのものは魔力抵抗で守られてる。俺の熱も、上位生の魔法も、表面で弾かれる。でも罅が入れば話は別だ。罅は継ぎ目じゃない。ただの割れ目だけど、そこだけ抵抗の層が薄くなる。熱が染み込む隙間ができる」

 俺はカイルを見た。

「カイルが罅を入れる。俺がその罅に熱を送り込んで、殻の内側から膨張させる。石は急に熱すると、内と外で膨らみ方が違う。罅の周りだけ余計に膨らめば、罅は勝手に広がっていく。硬いから割れにくいんじゃない。硬いものほど、内側の歪みには弱い」

 火喰い蜥蜴の時と同じ理屈だ。あの時は継ぎ目の温度差だった。今回は、罅そのものが継ぎ目の代わりになる。

「それだけじゃ足りない」

 リシアが口を挟んだ。装具の帯に手をかけながら、続ける。

「罅が広がっても、殻はまだ一体で繋がってる。膨らんだ熱は、逃げ場があれば逃げる。私が境界を差し込む。罅の両端に、内と外を区切る線を引く。熱の逃げ道を塞げば、膨張は罅の中に閉じ込められる」

 薄膜――いや、境界。ランキング戦で見た、力を逸らすだけの膜とは違う使い方だ。あれは通す場所と通さない場所を決める力だと、リシア自身が言っていた。

 カイルが罅を入れ、俺が熱で膨らませ、リシアが逃げ道を断つ。三つで一つの崩し方だった。

「……本当に、俺の力が要になるのか」

 カイルの声は、まだ半信半疑だった。

「なる。お前が最初の一手を作らなきゃ、俺の熱もリシアの境界も、殻の表面で終わる」


 ユノが目を閉じ、三頭それぞれの熱の揺れを探っていた。「……眠りの深さ、ばらばらです。一番奥のが、一番浅い。起きる順番は、たぶん奥から」

「なら奥の一頭を最初に片付ける。起こす前に仕留めれば、残り二頭への警戒に集中できる」

 監督官が頷き、四つ星の班へ合図を送った。

 三頭のうち、まず一頭が目を覚ました。

 巨体が持ち上がり、灰白の殻がぶつかり合うような音を立てる。四つ星の班が前面で牽制し、魔法で足止めを図る。狙いどおり、着弾は表面に煤を残すだけで終わった。

「今だ、カイル!」

 カイルが前へ出た。手袋を外す。剝き出しの手が、震えながら魔物の側面へ伸びる。

 触れた瞬間、乾いた音が響いた。あの日と同じ、蜘蛛の巣状の罅。今度は狙って、大きく入れている。

「見えた!」

 俺は罅めがけて熱を放った。表面では弾かれる熱が、罅の奥に染み込んでいく。石の内側の温度が上がるにつれ、罅の縁がわずかに軋み始めた。

「まだ足りない、熱が漏れてる」

 リシアが横から声を上げ、罅の両端に沿って薄い光の線を走らせる。境界が、逃げようとする熱の道を締め上げた。閉じ込められた膨張が、行き場を失って罅の内側に溜まっていく。

 軋みが、悲鳴に近い音に変わった。

 パン、と乾いた破裂音がして、外殻の一角が内側から弾け飛んだ。露出した内部の柔い組織に、四つ星の班長の魔法が突き刺さる。魔物が短い咆哮を上げ、体を丸めて崩れ落ちた。

 一瞬、誰も動かなかった。四つ星の班長でさえ、崩れ落ちた巨体を見下ろしたまま、しばらく言葉を探しているようだった。討伐対象外として避け続けてきた相手を、初めて正面から割った。その事実の重さが、遅れて全員に染み込んでくる。

 リオネルが震える手で帳面を開いた。「罅の発生から破裂まで、およそ十二秒……いや、正確に測り直す。これは、残さないと」

 残る二頭が目を覚まし、こちらへ向き直る。だが、もう手順は分かっている。

「二頭目、行くぞ!」

 二頭目は一頭目より動きが速かった。カイルが手を伸ばす前に、横から爪を振るってくる。ボルクが割って入り、硬直の腕で受け止めた。爪が滑り、体勢が崩れたその隙に、カイルの手が側面を捉える。

 罅が入る。だが今度は浅い。魔物が暴れて、罅が広がる前に体を捻った。

「熱が乗らない、まだ浅い!」

 俺は焦った。狙いを外すわけにはいかない。もう一段、出力を絞って罅の中心だけに熱を集める。広く当てて薄めるより、細く強く。焦点を絞った瞬間、罅の縁が軋み始めた。

「境界、通します」

 リシアの声が落ち着いていた。逃げ道を断つ線が引かれ、閉じ込められた熱が内側で暴れる。爆ぜる音。二頭目も崩れ落ちた。

 ニアがすぐさま駆け寄り、ボルクの受けた腕を確かめる。「痣にはなってますけど、骨は無事です」ボルクは短く「平気だ」とだけ返した。

 三頭目は、二頭の断末魔を見て警戒していた。安易に近づかず、距離を取ったまま唸り声を上げる。

「向こうから来ないなら、こっちから行く」

 俺が言うと、ボルクが前へ出た。挑発するように腕を打ち鳴らす。三頭目が乗った。突進を、ボルクが真正面から受け止める。硬直の腕が軋むが、耐えた。その一瞬の停止を、カイルが逃さない。

 三度目ともなると、罅の入れ方に迷いがなかった。手が触れた瞬間、殻の広い面に一直線の亀裂が走る。俺はもう狙いを外さない。罅の中心に熱を集中させ、内側から膨らませる。リシアの境界が、逃げ道の両端をきっちりと塞いだ。

 罅、熱、境界。三つの力が噛み合うたびに、殻という絶対の防御が、内側から自壊していく。

 三頭目が崩れ落ちたとき、周囲は妙に静かだった。四つ星の班長が、言葉少なに「……いい連携だ」と呟いたのが聞こえた。

 少し離れた場所で、実習中のセイルの班がこちらを見ていた。セイルは何も言わず、ただ崩れ落ちた三頭の残骸と、俺たちの顔を順に見比べていた。値踏みでも侮りでもない目だった。あの日、霞狼の喉元を読んだ俺を見た時と、同じ目だ。

 カイルは自分の両手を見下ろしていた。手袋を外したままの手を。震えは、まだ完全には止まっていない。それでも、握り締める強さが違った。壊すことしかできないと嫌っていた手が、今日は誰も傷つけず、誰かの役に立った。

「壊していい物なら、話は別だ」と、カイルは笑った。俺が初めて見る、ちゃんとした笑い方だった。

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