40話
第40話 一つ星の終わりではない
学院の一年を締めくくる、星位ランキング戦が終わった。
結果だけ見れば、俺たちの成績は、ぱっとしない。初戦は完敗。勝ったのは二戦目と、三連戦のうちの二つ。最後は、格上に一人差の負け。星位は動かなかった。番外のまま。制度の上では、俺たちは今も、外棟の落ちこぼれだ。
外棟に戻っても、派手な祝勝会があるわけじゃない。イザークが、いつものように試合の記録を見返している。ニアが、疲れた皆に茶を淹れる。静かな、いつもの夜だった。
派手さはない。だが、この静けさの中に、確かな手応えがあった。誰も口には出さないが、全員が感じていた。俺たちはこの数週間で、何かを変えた。少なくとも、始まる前の自分たちとは、違う場所に立っている。
だが、何かが変わっていた。
学院の廊下を歩くと、視線を感じる。以前は、嘲りか、無関心の視線だった。今は違う。値踏みするような、確かめるような目で、上位の生徒たちが俺たちを見ていた。あの番外の班は、いったい何なんだ、と。
そのうちの一人が、グレンだった。
渡り廊下で、すれ違いざま、あいつは足を止めた。
「……最終日の試合。見ていた」
ぶっきらぼうに、そう言った。
「格上相手に、あそこまでやるとは思わなかった。火力じゃ、まるで及ばないお前たちが」
それは、認める言葉に聞こえた。だが、グレンはすぐに、顔をしかめた。
「だが、勘違いするな、ハルヴェル。連携で数を埋めただけだ。一対一なら、俺の炎は、まだお前には負けん」
「ああ。知ってる」
俺は、そう返した。実際、あいつの火力に、正面から勝てる気はしない。
グレンは、少しだけ面食らったような顔をした。突っかかってくると思ったのかもしれない。だが、俺が素直に認めると、毒気を抜かれたように鼻を鳴らして、行ってしまった。
火力がすべてだと信じてきた男が、火力だけじゃ勝ち切れない何かを見た。それを、まだうまく飲み込めずにいる。転びかけて、踏みとどまっている。そんな背中だった。
エリオとは、言葉を交わさなかった。
遠くの廊下で、一度、目が合っただけだ。あいつはリシアを一瞥して、何も言わずに去っていった。認めた顔じゃない。あいつの正しさは、揺らいでいない。だが、その一瞥には、あの違和感が、まだ残っていた。忘れられずにいる。それだけで、今は十分だった。
ダリオは、俺たちを避けるようになった。
以前のように絡んでくることは、なくなった。かといって、認めたわけでもない。すれ違うとき、あいつは決まって、苦々しそうに目を逸らす。負けを認めるのは嫌だ。だが、笑い飛ばすこともできない。その中途半端さを、持て余しているようだった。
それでいい、と思った。あいつを言い負かしたいわけじゃない。俺たちがやることは、舞台の上で、もう示した。
その掲示板を見つけたのは、リオネルだった。
「レン! みんな、来て、これ!」
珍しく声を上げて、俺たちを呼んだ。中央広場の、大きな掲示板。そこに、新しい実習の参加者名簿が、貼り出されていた。
「中層実習……補助枠?」
リシアが、その見出しを読み上げた。
中層実習。学院の一つ上の階層——中層の生徒たちが行う、実地の訓練だ。外棟のような下層の生徒は、本来、関わることもない。その中層の実習に、「補助枠」という、下の者が手伝いとして加わる枠が、まれに設けられる。滅多に回ってこない枠だ。
その名簿に、俺たちの名前が、あった。
「中層実習補助枠:レン・ハルヴェル、リシア・アルヴェイン、ほか外棟生数名」
外棟の名が、中層の実習の名簿に、載っている。
誰も、すぐには言葉が出なかった。
「……俺たち、上の実習に、出られるのか」
ボルクが、ぽつりと言った。硬いだけ、遅いだけと言われ続けた男が、その名簿を、何度も読み返している。
ニアが、静かに笑った。広く治せないことを、ずっと引け目に思ってきた子が、今はまっすぐ、名簿を見ていた。
「……俺の名前が、こんなに立派な紙に載るの、初めてかも」
フィンが、いつもの調子で茶化した。だが、糸を握るその手が、少しだけ震えていた。
ユノは、何も言わなかった。ただ、いつもうつむいている顔を、今日は上げていた。
リシアは、自分の名前を、じっと見つめていた。アルヴェイン。家に失敗作と切り捨てられかけた、その名前が、正統の実習の名簿に、確かに刻まれていた。
いつのまにか、後ろにイザークが立っていた。名簿を一瞥して、ぼそりと言う。
「積み上げた分が、そのまま出ただけだ。運じゃない」
それは、イザークなりの、祝いの言葉だった。
番外だった。勘定に入れられない、落ちこぼれの寄せ集めだった。その俺たちが、初めて、一つ上の階層への入り口に立っていた。
昇格じゃない。星位は動いていない。ただの、補助の枠だ。だが——それは確かに、俺たちがこの数週間で勝ち取ったものだった。負けながら積み上げた先に、初めて開いた、小さな扉。
一つ星の終わりじゃない。俺は、そう思った。
ここは、終着点じゃない。落ちこぼれの行き止まりでも、ない。次の場所への、入り口だ。
中層。氷華、という名前を、どこかで聞いたことがあった。中層の頂点に立つという、五つ星。いつか、俺たちが向き合うことになる、次の壁の名前だ。
だが、今はそれでいい。まず、一段、上がる。それだけで、十分だった。
隣で、リシアが、まだ名簿を見ていた。ユノも、フィンも、ボルクも、ニアも、リオネルも。誰も、その場を離れようとしない。
負けの多い数週間だった。だが、その負けを一つずつ拾い直した先に、俺たちは今、立っている。ここまで一緒に来た。次も、一緒に行く。それだけは、掲示板の名前より、確かなことだった。
——だが、俺たちは、まだ知らなかった。
その名簿を、誰が、何のために用意したのかを。
【幕間 side:ハーグ】
評定長室の重い机の上に、一枚の区域割り当て図が広げられていた。
ハーグは、その図に、静かに目を通している。中層実習の、配置図。どの補助枠を、どの区域へ割り当てるか。
外棟班の名の横で、ハーグの視線が止まった。
割り当てようとしている区域は、中層実習の中でも、とりわけ厄介な一帯だった。地形が崩れやすく、事故の記録も多い。中層の生徒でさえ敬遠する、貧乏くじの区域。そこへ、補助として外棟を置く。
表向きは、機会だ。下層の生徒に、上の実習を経験させてやる寛大な措置。誰も、文句のつけようがない。むしろ、外棟を評価した上での抜擢にすら、見えるだろう。
だが、ハーグの目に、寛大さはなかった。
ランキング戦での、あの反証。番外と切り捨てたはずの班が、格上をあと一人まで追い詰めた。動かないと決めた序列が、一行、書き換わった。あのマルクの一筆は、ハーグの評定への、明確な傷だった。
放っておけば、外棟は、また何かを証明するかもしれない。ならば、証明のしようがない場所へ置けばいい。誰の目にも留まらず、成果の出しようもない、行き止まりへ。
機会という名の、袋小路。
ハーグは、区域図の外棟の名の横に、割り当てを記した。そのペンの動きに、迷いはなかった。
外棟が、どこまで這い上がってこられるか。ハーグは、それを試す気すら、なかった。ただ、目障りな芽を、誰にも気づかれない場所で、静かに枯らす。それが、序列を守る者のやり方だった。
一つ星の終わりではない――外棟は、そう信じているだろう。その通りだ。これは、終わりではない。だが、その先に待つのが新しい機会なのか、それとも巧妙に仕組まれた行き止まりなのか。あの落ちこぼれたちは、まだ、何ひとつ知らずにいる。




