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第4話

第四話 王立アステリア顕能学院



学院の門は、村の集会所が、まるごと十は入りそうな大きさだった。


白い石の柱が、見上げるほど高く、並んでいる。その下を、立派な身なりの若者たちが、次々とくぐっていく。


「ここまでだ、坊主」


ゼクトは、門の手前で、足を止めた。


「言ったとおり、俺が連れてこられるのは、ここまで。中で何を見せるかは、お前の話だ」


「……はい」


「死ぬなよ。まあ、試験で死ぬやつは、いないが」


そう言って、ゼクトは、ひらりと手を振ると、人混みの中へ、消えていった。煙管の匂いだけが、しばらく、その場に残った。


俺は、推薦状を握り直して、門をくぐった。


中は、もっと、すごかった。


広い前庭に、何百人もの受験生が、集まっている。仕立てのいい服。磨きあげられた武具。誰もが、自分のスキルに、自信を持った顔をしていた。


俺は、自分の、すり切れた上着を、見下ろした。


——場違い、というやつだな。これは。


誰も、俺になんか、目もくれない。それは、いつものことだったから、平気だった。



入試は、筆記から始まった。


配られた問題用紙を見て、俺は、少し、拍子抜けした。


魔物の生態。魔核の構造。スキルの系統と、その働き。——どれも、見覚えのある話ばかりだった。


「東方魔境の岩窟種が、火属性の攻撃に強い理由を述べよ」


外殻が、熱を吸って、ためこむからだ。火を当てるほど、硬くなる。村の素材屋には、そういう外殻が、いくらでも転がっていた。俺は、それを、毎日のように見てきた。


「冷めにくい魔核を、安全に処理する手順を記せ」


——これは、つい、笑いそうになった。ついこのあいだ、やったばかりだ。


母さんが、教えてくれたこと。素材屋の床で、覚えたこと。前線帰りの冒険者が、置いていった話。そういうものが、全部、ここに、書いてあった。


俺は、手を止めずに、書き続けた。


隣の席の受験生が、ちらちらと、こっちを見ているのが分かった。最後の一枚を、誰よりも早く裏返したとき、その視線が、訝しむ色に、変わった。


辺境から来た、みすぼらしい子供が、なぜ。そういう顔だ。


知るか、と思った。見て、覚えてきただけだ。それの、何が悪い。



問題は、午後の、実技だった。


会場は、石を敷きつめた、広い闘技場だった。中央に、人の形をした、灰色の像が、立っている。


「訓練体だ」


試験官の一人が、よく通る声で言った。


「中に魔石を仕込んだ、動く的だ。各自、自分のスキルで攻撃しろ。与えた損傷の大きさで、実技点をつける」


受験生が、順番に、前へ出る。


剣を炎でまとう者。氷の槍を投げる者。地面を、石の槍に変える者。訓練体は、そのたびに、削れ、焦げ、ひびを入れられていった。


「次。ヴァルガス家、グレン・ヴァルガス」


会場が、ひときわ、ざわめいた。


進み出たのは、燃えるような赤毛の、大柄な少年だった。歳は、俺より、少し上か。歩き方からして、人に見られることに、慣れている。


「火属性名門、ヴァルガス家の跡取りだ」


「顕現名《爆炎ばくえん》。三つ星は、固いな」


周りの囁きで、なんとなく、分かった。火属性の、名のある家の子らしい。


グレンは、片手を、訓練体へ、向けた。


炎が、ふくれ上がった。


轟音とともに、訓練体の上半身が、炎に呑まれる。熱が、四方へ、どっと広がった。離れて見ている俺の頬にまで、その熱が、届く。


訓練体の胸に、大きな焦げ跡が、えぐれていた。


「《爆炎》。損傷、大。実技点、最上位」


歓声が上がる。グレンは、当然、という顔で、下がってきた。


俺は、その炎の、残り方を、見ていた。


——派手だ。けど、熱が、外へ逃げすぎてる。


訓練体に届いた熱より、空中へ散った熱の方が、ずっと多い。あれだけの炎を撃って、焦げ跡が、あの程度。もったいない撃ち方だ、と思った。


口には、出さなかった。出せるわけが、なかった。


下がってきたグレンが、ふと、俺の前で、足を止めた。


俺の手の、受験票を見る。そこに書かれた、スキル名を。


「……《火種》?」


グレンの眉が、片方、上がった。


「F等級の火種が、火属性の試験を、受けに来たのか」


笑い、ではなかった。もっと、冷たいものだった。


「同じ火を名乗られるのも、迷惑だ。火属性の、面汚しが」


それだけ言って、グレンは、行ってしまった。


俺は、握っていた拳を、ゆっくり、開いた。


慣れている。慣れている、はずだった。


なのに、今日の言葉は、いつもより、長く、胸に残った。


火属性の、面汚し。——同じ火だなんて、俺は、一度も思っていない。あんたの炎と、俺の火は、まるきり、別物だ。


それを、いつか、目の前で、証明してやる。


そう考えた自分に、少しだけ、驚いた。村にいた頃なら、考えもしなかったことだ。



「次。地方推薦枠、レン・ハルヴェル」


俺の名が、呼ばれた。


会場の空気が、ゆるんだ。期待ではなく、暇つぶしの、ゆるみだ。F等級が何を見せる、という。一日に、何度も見てきた顔だった。


俺は、訓練体の前に、立った。


近くで見ると、よく、分かった。


灰色の装甲。その、関節の継ぎ目から、ほんのわずかに、熱が、漏れている。胸の、奥の方。——あそこに、魔石がある。動力だ。あれが、この像を、動かしている。


グレンの炎が、えぐったのは、胸の表面だけだ。動力には、届いていない。


俺は、片手を、継ぎ目の一点へ、向けた。


火は、出さない。出しても、たかが知れている。


そうじゃない。継ぎ目の奥、熱が漏れている、その道を、逆に、たどる。漏れ出る隙間から、中の動力へ向けて、熱を、細く、送り込む。


訓練体の、胸の奥が、じわりと、赤くなった。


表面は、焦げない。グレンのような、派手な炎も、上がらない。


ただ、動力の魔石が、内側から、限界まで、熱せられていく。


訓練体の腕が、びくり、と、けいれんした。関節が、きしむ。やがて、その動きが、がくん、と鈍くなり——止まった。


胸の奥から、細い煙が、一筋、立ちのぼった。


しん、と、なった。


ざわ、と、近くの受験生が、顔を見合わせた。


「……今の、何だ」


「火、出てなかったよな」


「なのに、あの的が、勝手に止まったぞ」


戸惑った囁きだ。さっきまでの、暇つぶしの空気とは、違っていた。


ただ、それも、すぐに、引っ込んだ。


「……損傷、表面のみ。出力、最低」


試験官の声が、戸惑ったように、少し、遅れて聞こえた。


そうだろうな、と思った。火力で測れば、最低だ。焦げ跡ひとつ、つけていない。


俺は、頭を下げて、下がろうとした。


そのとき。


並んだ試験官の、いちばん端。


そのひとりだけが、手元の帳面に何かを書きつける手を、止めて、俺を、見ていた。


火種、と笑う目では、なかった。


ゆうべ——いや、あの日、ゼクトが俺に向けた、あの目に。どこか、似ていた。



合格者の名は、その日の夕方、門の脇の掲示板に、張り出された。


人だかりの、いちばん下の方。補欠の欄に、俺の名は、あった。


レン・ハルヴェル。地方推薦枠。配属——「外棟」。


外棟。落ちこぼれの、吹きだまり。ゼクトが、道中で言ったとおりの場所だ。


筆記が、満点に近くても。実技が、火種なら。行き着く先は、そこ、ということらしい。


それでも、だ。


掲示板の名前を、もう一度、見た。落ちこぼれの欄でも、確かに、俺の名前が、この学院に、刻まれている。


火を灯すしか能のない、F等級の、俺が。


入り口には、立った。


あとは——あの実技で手を止めた、ひとりの試験官が見たものを。いつか、全員に、見せてやるだけだ。


その先に何が待っているのかは、まだ、何も知らないまま。俺は、外棟へ、向かって、歩き出した。

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