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第5話

第五話 外棟配属



外棟は、学院の、いちばん端にあった。


白い塔が立ち並ぶ、立派な校舎の群れ。その、ずっと裏手。手入れのされていない庭を抜けた先に、ぽつんと、古い石造りの建物が、一つだけ、建っていた。


壁は、ところどころ、ひびが入っている。掲示板の貼り紙は、日に焼けて、めくれていた。


——なるほど。吹きだまり、か。


ゼクトの言葉を、思い出した。落ちこぼれの、吹きだまり。星の少ない者が、集められる場所。


俺は、その建物の前で、一度、立ち止まった。


それから、戸を、開けた。



中は、思ったより、静かだった。


古い机がいくつか並んだ、教室のような部屋。窓際に、一人の男が立って、書類に、目を落としていた。


歳は、三十の半ばくらいか。きっちりした身なりだが、表情は、ひどく、そっけない。


「レン・ハルヴェル」


俺が名乗るより先に、男は、書類から顔も上げずに、言った。


「地方推薦枠。筆記、上位。実技——出力、最低」


それから、ようやく、こちらを見た。


その目に、見覚えが、あった。


実技試験の、いちばん端。あのとき、手を止めて、俺を見ていた、あの試験官だ。


「マルク・セレスタン。ここの、担当教官だ」


マルク先生は、書類を、机に置いた。


「ここは、外棟。星の足りない者と、分類に困る者が、集められる場所だ。本棟の連中は、ここを、落ちこぼれの吹きだまり、と呼ぶ」


知っています、とは、言わなかった。


「ひとつ、言っておく」


マルク先生の声は、変わらず、そっけなかった。けれど、その一言だけは、なぜか、はっきりと、耳に残った。


「低い評価と、価値がないことは、同じじゃない。鑑定が測れなかっただけのものを、私は、ここで、何人も見てきた」


俺は、その顔を、見た。


実技の、あのとき。火も出さずに的を止めた俺を、この人は、最低、と書いた。書いたうえで、手を、止めた。


——たぶん、この人は、その両方とも、本気だ。


「荷を置け。奥に、空いた机がある」


低い評価と、価値がないことは、同じじゃない。


その言葉を、俺は、口の中で、もう一度、転がしてみた。


村では、誰も、言ってくれなかった言葉だ。鑑定官も、村の大人も。火種はF等級、戦闘適性なし。それで、終わり。その先を、誰も、見ようとはしなかった。


ここでは、少なくとも。その先を見ようとする人間が、一人は、いるらしい。



部屋には、俺のほかにも、何人か、いた。


奥の机で、小さな体を縮めるようにして、座っている女の子。耳が、とてもいいらしい。けれど、聞きとったことを、うまく口に出せないようだった。ユノ、と呼ばれていた。


その隣で、机が小さく見えるほど、大柄な男子が、腕を組んで、目を閉じている。ボルク。動きは遅いが、誰よりも頑丈なのだという。


窓辺で、小さな鉢植えに、水をやっている女の子。ニア。誰かが怪我をすると、いつも、手当てを買って出るらしい。


みんな、それぞれ、何か一つだけ、人より秀でたものを持っていて。そして、それが、鑑定の物差しに、うまく乗らなかった者たち。


——俺と、同じだ。


なんとなく、そう思った。口には、出さなかったけれど。


誰も、俺が入ってきたことに、騒がなかった。じろじろ見ることも、陰で笑うことも、ない。


ここでは、F等級が、珍しくないのだ。むしろ、この部屋にいる全員が、何かしらの「最低」を、一つずつ、背負っている。


不思議と、その空気は、嫌じゃなかった。村の集会所より、よっぽど、息が、しやすい。



俺が、奥の机に、荷を置いたとき。


戸が、開いた。


入ってきたのは、一人の少女だった。


背筋が、まっすぐ、伸びている。仕立てのいい制服を、一分の隙もなく、着こなしていた。歩き方も、立ち方も、ここにいる誰とも、違っている。


——場違いなのは。俺だけじゃ、ないらしい。


「リシア・アルヴェイン」


マルク先生が、その子の名を、読み上げた。


「結界貴族、アルヴェイン家の娘。顕現名《薄膜はくまく》。等級により、外棟へ配属」


アルヴェイン。家のことなど何も知らない俺でも、その響きだけで、相当な家柄だと分かる、立派な名前だった。


そんな家の子が、なぜ、外棟に。


リシアと呼ばれたその子は、部屋を、ぐるりと、見回した。古い机。めくれた貼り紙。縮こまったユノ。大柄なボルク。


その視線が、最後に、俺のところで、止まった。


俺の制服の、胸の名札を見る。そこに添えられた、スキル名を。


「《火種》」


リシアは、静かに、言った。


「噂の方ね。火も出せないのに、筆記だけは満点だった、地方推薦の」


声は、礼儀正しかった。礼儀正しいまま、その奥に、細い棘が、隠してあった。


「ああ。あんたと、似たようなものだ」


俺は、そう、返した。


リシアの眉が、わずかに、動いた。


「……一緒に、しないで」


低い声だった。怒鳴るのではなく、ぐっと、抑えた声だ。


「わたしは、好きでここにいるわけじゃない。本当なら、こんな場所に、いるはずのない人間なの」


「みたいだな」


「……何が、おかしいの」


「いや。同じことを、俺も、ずっと思ってた」


リシアは、何か言い返そうとして——やめた。代わりに、つん、と顔をそむけると、空いた机の一つに、自分の荷を、きっちりと、置いた。


その所作の、隅々まで。


——崩れないように、必死で、保っている。


そんなふうに、俺には、見えた。名門の令嬢が、落ちこぼれの部屋で、それでも背筋を伸ばしているのは。たぶん、簡単なことじゃ、ない。



マルク先生が、二枚の書類を、手に取った。


俺と、リシアの、配属票だった。


「ちょうどいい。二人とも、聞いておけ」


そう言って、先生は、その二枚を、並べて、机に置いた。


「外棟は、人数が、少ない。だから、ギルド実習は、混成班で動く」


「ギルド実習……?」


「冒険者ギルドと組んだ、現場の実習だ。記録、素材回収、撤退の補助。星の低い者にも、できることはある」


先生は、俺と、リシアを、順に、見た。


「君たちは、その実習で——同じ班だ」


俺は、リシアを、見た。


リシアも、こちらを、見ていた。


火しか出せない、F等級の俺と。立派な家を背負った、《薄膜》の彼女。


落ちこぼれ、と、失敗作。


その二人が、同じ班で、現場に出る。——いったい、何が、できるというのか。


まだ、何も、分からなかった。


ただ、リシアの目が、「あなたと組むなんて」と言いたげに、すっと、細くなったことだけは。はっきりと、分かった。

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