37話
第37話 外棟、三連戦
星位ランキング戦は、勝ち抜きじゃない。負けても敗退にはならず、各班が何度も当たって、勝った数で順位が決まる。だから、初戦で完敗した俺たちにも、試合は次々と回ってきた。
今日は、三連戦だった。朝から夕方まで、相手を替えて続けて三試合。相手はいずれも、俺たちより上の班だ。火力でも防御でも回復でも、正面からやり合えば勝てる道理はない。連戦の疲れも、こちらのほうが早く出る。
それでも、俺たちには一つだけ、増えていくものがあった。
記録だ。
「負けたら記録しろ。成功より、役に立つ」——イザークの言葉を、リオネルが律儀に守り続けていた。どこで、誰が、何をどう外したか。試合のたびに、その帳面が一冊ずつ厚くなる。負けるたびに増えていく。それが、俺たちの唯一の武器だった。
火力もない。防御も薄い。回復も広くない。ないない尽くしの俺たちに残された、たった一つの積み上げ。負けるほど厚くなる、皮肉な武器だ。
三試合を戦い抜くには、体力も集中も、上位班のほうがはるかに厚い。まともにいけば、一つ勝つのがやっと。それが下馬評だった。
一戦目。相手は、速さで押す班だった。
開幕の合図と同時に、一気に距離を詰めてくる。速い。ユノが相手の初動を読むより先に、もう懐へ入られていた。
速い相手は、読みそのものを無力にする。ユノが「来る」と読んでも、読み終えたときには、もう来ている。フィンが糸で伝えても、伝わったころには、次の攻撃に変わっている。俺たちの連携は、相手の速さの一歩後ろを、ずっと追いかけていた。
ボルクが受けようとしても間に合わない。ニアが立て直す前に、次の一撃が来る。次々と護り石が割られていった。
負けだった。それも、いいところなく。相手の石は、一つも割れなかった。
初戦の完敗を、もう一度見せられた気分だった。
以前の俺たちなら、ここで終わっていた。負けて、うつむいて、それきり。だが、今日は違った。
だが、あのときと、一つだけ違うことがある。
「速い相手には、ユノの読みをもっと前で出す。開幕の初動を、最初から警戒しておく。ボルクは真ん中で構えて、一人目を止める」
試合のあと、リオネルの帳面を囲んで、俺たちは負けた理由を一つずつ言葉にした。どこで後手を踏んだか。どうすれば間に合ったか。
以前、イザークが言った。失敗するなら記録しろ、成功より役に立つ、と。あのときは、負けた言い訳を綺麗に言い換えているだけに聞こえた。だが、違った。負けの記録は、次の試合で、そのまま手順になる。「速い相手には、こう構える」。それが一つ増えるだけで、次の俺たちは、さっきの俺たちより、少し強い。
悔しがるより先に、書いて、直す。負けは、次の設計図になる。
二戦目。相手は、糸や罠でこちらの動きを封じてくる班だった。
これも初見だった。フィンの糸が、相手の糸に絡め取られる。伝令の道が封じられる。ユノの読みがフィンを経由して届くはずが、その途中で途切れた。
最初の数手は、やられた。読めているのに、届かない。一戦目とは別の形の「伝わらない」だった。リシアが、動けなくされる。
だが今度は、崩れきる前に気づけた。
「フィンの糸が封じられたら、ユノは俺の手首を直接引け。フィンを飛ばして、直に伝えろ。リシア、お前は、それを合図に逸らせ」
伝令の道が一本潰されたら、別の道を通す。糸が駄目なら、直に。俺の手首を、ユノの指が引く。声もいらない、糸もいらない、いちばん短い道だ。
戦いの真っただ中で、連携の形を組み替える。ぶっつけ本番だった。うまくいく保証は、どこにもない。
だが、ユノの指が俺の手首を引いた瞬間、迷いは消えた。左。強く。届いた。声も糸も通らない戦場で、それでも、読みが、俺の手に届いた。
リシアが、その合図で逸らす。生まれた隙へ、俺が入る。
封じられても、崩れない。崩れる前に、道を組み替える。
この試合は、競り勝った。護り石の数で、わずかに上回った。ぎりぎりの勝ちだった。
三戦目。相手は、火力の班だった。
グレンほどじゃない。だが、正面から撃ち合えば、こちらが焼かれる。開幕の火力に、やはり押された。
だが、もう俺たちは、押されたときにどうするかを知っていた。
ボルクが前で受けて、時間を作る。その数瞬のあいだに、ユノが読む。フィンが伝える。リシアが逸らす。逸れて生まれた隙へ、俺が火を通す。
一つ一つは、これまでの試合で、すでにやってきたことだ。ボルクの受け。ユノの読み。フィンの糸。リシアの逸らし。俺の熱。ばらばらだったそれが、負けを重ねるたびに、繋がる順番を覚えていった。
一戦目で覚えた、後手のしのぎ方。二戦目で覚えた、道の組み替え。その全部が、この試合で噛み合った。
初見の相手に、開幕は押される。それは変わらない。だが、二手目からは崩れない。誰かが崩れても、次の誰かが、すぐに埋める。
最後は、競り勝った。三連戦を、一敗の後の、二連勝だった。
一勝目は、まぐれだったかもしれない。だが、二勝目は違う。一勝目でやったことを、もう一度、意図してやった結果だ。まぐれは、意図しては起こせない。
三戦を終えて、俺は気づいた。
一戦目の失敗を、二戦目でしない。二戦目の失敗を、三戦目でしない。同じ轍を、二度は踏まない。
思い返せば、火喰い蜥蜴のときも、初勝利のときも、周りは「まぐれだ」「偶然だ」と言った。落ちこぼれが一度だけ、たまたまうまくいった。そう片付けられてきた。
だが、偶然と再現性の違いは、そこにあった。
偶然は、二度目がない。だが、再現できるものは、何度でも取り出せる。あの連携が本当に偶然だったなら、今日の三連戦で、とっくにボロが出ていたはずだ。
出なかった。むしろ、試合を重ねるほど、俺たちは強くなった。それは、偶然にはできないことだ。
落ちこぼれの寄せ集めが、負けを糧にして、少しずつ強くなる。派手な才能なんて、どこにもない。地味な話だ。だが、確かに前へ進んでいた。
俺たちは少しずつ、そういうチームになりかけていた。
客席の、いつもの場所に、ダリオがいた。
三連戦のあいだ、あいつは一度も笑わなかった。むしろ、苛立っていた。
「なんで、あいつら、二戦目から崩れないんだよ」
隣の連れに、そう漏らしているのが聞こえた。侮っていた寄せ集めが、試合をこなすたびに対応を早くしていく。一度の勝ちは、まぐれで潰せる。だが、繰り返される勝ちは、潰せない。ダリオの苛立ちは、たぶん、それを半分は分かってしまっているからだった。
そして、その客席の少し離れた場所に、もう一人いた。
初めて見る女子生徒だった。膝の上に帳面を広げ、俺たちの試合をじっと見ている。いや——見ている、というより、書き留めていた。
「五つ星候補の、ミレーユ・アストランだ」
リオネルが、俺の視線に気づいて、小声で教えてくれた。「星冠第一班の、司令塔。戦場を丸ごと俯瞰して、味方全員に指示を飛ばす、索敵の役目らしい。……たぶん、俺たちの偵察に来てる」
ユノの読みが「一点」なら、あの人の目は「盤面のすべて」なんだろう。ユノとリオネルが二人がかりでやっていること——一点を読み、それを記録すること——を、たった一人で、しかも桁違いの精度でこなす。正統派の最高位。俺たちの、鏡像みたいな相手だった。
そのミレーユが、居並ぶ上位班の中で、よりにもよって、俺たちの試合を、いちばん長く見ていた。
そのミレーユが、俺たちの試合の記録を、じっと見つめていた。
何を見ているのか、俺には分からない。だが、その横顔は真剣そのものだった。侮りでも、感心でもない。ただ、目の前の記録の中に、何かを探しているようだった。
あの人には、見えているのかもしれない。俺たちの試合の、一戦ごとの繋がりが。一戦目で崩れた場所が、二戦目では塞がれ、三戦目では問題にすらなっていない。その、直していく筋道が。戦場を俯瞰する目には、一つの試合だけじゃなく、試合と試合の「あいだ」まで、見えてしまうのだろう。
やがて、ミレーユは、帳面の一点で指を止めた。
そして、誰にともなく、呟いた。
「再現性……これは、偶然では片付かない」
その声は小さかった。だが、俺の耳には、なぜか、はっきりと届いた。
偶然だと、切り捨てられてきた。まぐれだと、笑われてきた。
その俺たちを、初めて「偶然では片付かない」と口にした人間が——よりにもよって、俺たちを落ちこぼれと分類した、その学院の、最高位の側から現れた。




