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第31話

第31話 ランキング戦、開幕


護り石は、思ったより冷たかった。

胸の上で薄い魔石がひとつ、淡く光っている。これが砕けたら脱落だ。防護が衝撃を肩代わりするから、体は傷つかない。代わりに、戦いから弾き出される。

舞台に立って初めて分かった。差し渡し二百メートルの円は、見上げるほどに広い。すり鉢の客席が、ぐるりと俺たちを囲んでいた。


「おい、見ろよ。本当に出てきたぞ」

声は客席の前のほうから降ってきた。三つ星のダリオ・メルツ。速さと火力で上位に食い込んだ、口の悪い男だ。わざわざ俺たちを笑いに来たらしい。

「火種と、薄膜と、寄せ集め。何ができるんだ、あれで」

連れが笑った。ダリオの声はよく通った。広い舞台の端まで届くくらいに。

……よく通る声だ。

そのときは、ただそう思っただけだった。


相手の班は、舞台の向こうに静かに散っていた。

四人。多すぎず、少なすぎず。動きに無駄がない。手練れだと一目で分かった。柱の陰を使い、声もなく互いの位置を測りながら、こちらの出方を待っている。連携が、もう体に染みついている連中だった。

こっちは六人。数では勝っている。だが、数が多いだけでは勝てない。攻めて相手の守りを崩した数で決まる。守って残っていても、それは勝ちにならない。

噛み合えば、勝てる。机の上では、そう繋がっていた。


合図とともに、始まった。


相手の四人が、ゆっくり間合いを詰めてくる。一人が前、二人が側面、一人が後ろ。きれいな四角を保ったまま、こちらの穴を探していた。

対して、こちらは。

ボルクが前に出る。フィンが糸を構える。リシアが半歩引き、ユノが柱の陰へ。形だけは、整っていた。形だけは。


「ユノ」

俺はまず読みを待った。それが俺たちの戦い方だ。一点を読むユノが相手の薄いところを見つけ、そこへ皆で力を集める。

ユノは相手をじっと見て、口を開いた。

「……いちばん左の人、護り石が、もう薄いです。あと少しで――」

そこまでは、聞こえた。

だが、その先が消えた。

客席のざわめき。相手の踏み込む足音。誰かが放った魔力が空気を裂く音。ユノの小さな声は、その全部に飲み込まれた。二歩先の俺にすら、半分しか届かない。


「左!? どの左だ!」

フィンが叫び返す。だがユノはもう、次を読んでいた。声を張る習慣のない子だ。読むことに集中するほど、その声は細くなる。

左のいちばん――どの相手だ。聞き返している間に、その相手は柱の陰へ消えた。

あと一撃で割れる場所が、確かにそこにあった。確かに、見えていた。

誰にも届かないまま、消えた。


相手は、待ってくれなかった。


最初に砕けたのは、フィンの護り石だった。

相手は、二人がかりだった。一人がフィンの正面へ踏み込み、糸を張らせる。その糸に気を取られた一瞬、横合いからもう一人が滑り込んだ。防ぎも躱しもできない、まともな一撃。胸の魔石が硬い音を立てて砕けた。淡い光がふっと消える。

「っ、悪い――」

フィンが舞台の外へ下がっていく。脱落。

六人が、五人になった。

一人が囮になり、一人が仕留める。息の合った、きれいな崩し方だった。俺たちが机の上で描いていたものと、同じ形の。ただし、あちらはそれを、本当にやってのけていた。


ユノは、また読んでいた。今度は別の相手。「右の、人……魔力が、もう」。

だがその声も届かない。届く前に、相手は次の動きへ移っている。

読めている。相手の薄いところも、消耗してきた奴も、全部ユノには見えている。なのにそれが、誰の手にも渡らない。見えているのに、何ひとつできない。

ユノが唇を噛んだ。もう一度声を上げようとして、それでも、その声は細いままだった。

この、もどかしさだ。

見える者が、いちばんよく知っている顔だった。見えるのに、誰にも渡せない。それがどれだけ無力か、俺も知っている。


「リシア、お前の膜で右を――」

俺の声も、ユノと同じだった。半分は音に飲まれた。

それでもリシアの膜は、相手の一撃を逸らした。一度。二度。だが逸らした先に、こちらの打点がない。追い込む側が揃わなければ、膜はただ時間を稼ぐだけのものになる。

リシアの息が、上がり始めていた。


二人目は、ニアだった。

倒れかけた誰かを立て直そうと前へ出た、その横腹を別の一人に狙われた。守りの薄い子の護り石は脆い。たった一撃で砕けた。

五人が、四人。


残ったのは、俺とリシア、ユノ、ボルク。

そこで一度だけ、噛み合いかけた。

ボルクが相手の一人を柱際へ押し込む。相手が動けなくなる。すかさずリシアが横へ回り、膜を張った。逃げ道を、片側だけ塞ぐ。追い込めた。俺は火を溜めた。あとは、どこを突くかだ。どこが薄いか。

ユノには、見えていた。口が、動いた。

だが、その声は、やっぱり届かなかった。

どこを突けばいいか分からないまま、俺は溜めた火を、手放せずにいた。迷った、その半呼吸。柱際に押し込んでいたはずの相手が、ボルクの脇をすり抜けた。

届いてさえいれば、割れていた。今日いちばん惜しい一瞬が、声にならないまま、消えた。


ふいに、音が遠のいた気がした。

ボルクが相手の一撃を受け止めている。何発でも受ける。その護り石は割れない。盾としては、確かに機能していた。だが遅い。守れるのは自分の周りだけだ。離れた場所で仲間が落とされていくのを、追いつけずに見ているしかない。守れたときだけ、こいつの迷いは消える。今は、その逆ばかりが続いた。

リシアが膜を張る。空を逸らす。ユノが口を動かす。声にならない。

全部が見えていて、全部が、噛み合っていなかった。


俺は、火を握っていた。

入れる場所を探していた。だが、隙がない。

ユノの読みが届かないまま、相手の守りはどこもかしこも均一に堅く見えた。やみくもに叩けば、いちばん厚いところを叩いて終わる。火喰いの殻のときのような、はっきりした継ぎ目が、ここには見えなかった。

いや。見えないんじゃない。

誰かがもう見つけた継ぎ目が、俺の手まで届かないだけだ。

練習と、同じだった。

一発も、割れなかった。相手の護り石は四つとも、無傷のまま光っていた。


それからは、早かった。

リシアが、膜を張り続けた疲れで半歩遅れた。逸らしきれなかった一撃が、その護り石を砕いた。四人が、三人。

ユノも、続いて落とされた。読むことに集中していたぶん、自分の身を守るのが、いちばん遅かった。三人が、二人。

最後に残ったのは、俺とボルクだけだった。

ボルクの護り石は、とうとう最後まで割れなかった。だが二人では、四人を崩せない。やがて時間が来て、撃破数で負けが決まった。

こちらが割った護り石は――ゼロ。

完敗だった。


客席が、わいた。

「な? 言ったとおりだろ」

ダリオの声が、また、よく通った。

「読むだの糸だの、いろいろ言ってたが。結局、相手の石は一つも割れてない。寄せ集めは、寄せ集めだ」

笑い声がすり鉢の壁に跳ね返って、広がっていった。

俺は、何も言わなかった。言い返す材料が、今日は一つもなかった。割った護り石が、ゼロなのだから。

ユノは、うつむいていた。自分の読みが全部正しかったことを、いちばん分かっているのが、たぶんこいつだった。だからこそ、いちばんこたえている。


舞台の外で、リオネルが帳面を閉じた。

全部、書いてある。どこで、誰が、何を外したか。負けは設計図になる――イザークは、そう言った。

なら、今日の負けの、いちばん大きな一行は何だ。

俺は、もうその答えを知っていた。


ユノは、正しく読んでいた。情報は、最初から正しかった。

力が足りないんじゃない。読みが外れたんでもない。

ただ、それが誰にも届かなかった。

問題は、火でも、膜でも、壁でもない。伝達だ。

戦いの音の中でも、ユノの細い声を確かに拾い上げ、必要な奴の手へ渡す。その役が、俺たちにはいない。

ユノの声を、拾う役がいる。


下を見た。

フィンが取り落とした糸が、まだ舞台に残っていた。

風もないのに、その先がかすかに揺れている。離れた場所の、誰かの足の動きを、端で拾って、震えていた。

細い、ただの糸だ。

……いや。

俺は、その糸から目が、離せなくなった。

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