第30話
第30話 外棟班、仮結成
「これ、勝てる組み合わせなんですか? ねえ」
フィンが、指先で糸を弄びながら言った。半分はふざけて、半分は本気で聞いている顔だった。聞いておいて、答えを待つ気もなさそうだった。
練習場に集められたのは、六人だった。
火を出す俺。膜を張るリシア。一点だけを深く読むユノ。糸を結ぶフィン。硬くなって受けるボルク。傷んだ体を立て直すニア。
顔ぶれだけ見れば、なるほど――寄せ集めだ。一つずつなら、どれも「使えない」と札を貼られてきた力ばかりだった。
六人で組んだことなど、一度もない。これまで、それぞれが、それぞれのやり方で、一人きりで戦ってきた。
ボルクは、大きな体を持て余すように、少し離れて立っていた。硬くなれば誰より頑丈で、その分、誰より遅い。「間に合わない」のが、こいつの慣れた立ち位置だ。
ニアは、その逆で、全員を順番に見ていた。誰がどこを痛めそうか、もう数え始めている顔だった。広くは治せない。だが、一人を深く看ることだけは、譲らない。
ユノは、いちばん端にいた。みんなが見ていない場所ばかりを、じっと見ている。
そして、リシア。家に帰ると言えば、星はすぐ戻る。それでも、ここに立っていた。
番外の、形式参加。それでも、今日から、この六人で一つの班だった。
舞台の外には、リオネルがいた。戦わない代わりに、見たものをすべて書き留める係だ。今も、帳面に何か書きつけている。
「とりあえず、動いてみろ」
そう言ったのは、特別講師のイザークだった。外棟の落ちこぼればかりを、面白がって眺めている偏屈な教師だ。客席のへりに腰かけ、腕を組んでいる。
「噛み合うかどうかは、やってみんと分からんからな」
俺たちが組まされた理由は、はっきりしていた。
外棟は、力で押し勝てない。火力でも、速さでも、上位生には届かない。だったら、勝ち筋は一つしかない。読んで、道を作り、逸らして、留めて、相手の守りに空いた一瞬へ、決定打を通す。一人ではできないことを、六人で割って受け持つ。
理屈は、この間、机の上で繋がったばかりだった。
問題は、机と練習場が、まるで違うということだった。
イザークが、練習用の的を立てた。人形の胸に、薄く結界が張ってある。本番で身につける護り石の、簡易版らしい。
「一発、まともに入れてみろ。守りごと、抜いてな」
当てるだけなら、誰にでもできる。守りごと抜くには、守りの割れ目が要る。その割れ目を、ユノが読み、皆で一点に力を集める。そういう段取りの、はずだった。
はずだった、というのは――その段取りが、一度も成立しなかったからだ。
「ユノ。どこが薄い」
俺が聞くと、ユノは的をじっと見て、それから小さく言った。
「……左の、下。です」
声が、小さい。聞こえたときには、もう間に合わなかった。
フィンの糸は、的の右上を絡め取っていた。ユノの声を、待っていない。
ボルクは左下へ回り込もうとして――硬くした足が、ひと呼吸、遅れた。
リシアの膜は、誰もいない場所で、ありもしない一撃を逸らした。
俺の火を、入れる先がなかった。
誰も、誰がどこへ動くかを、知らなかった。六人が、それぞれ良いと思った場所へ、てんでに動いた。その結果が、これだった。
「……もう一回」
二度目は、少しだけ違った。
リシアの膜が、今度はちゃんと、俺のいるほうへ的の正面を開いた。空いた隙へ、俺は火を通した。
通った。だが、割れない。
俺が突いたのは、結界のいちばん厚いところだった。ユノの「左の、下」は、やはり俺まで届いていなかった。一点を読めても、その一点が伝わらなければ、力は厚い場所を叩いて終わる。
ユノは、唇を結んで、目を伏せた。
読めている。読めているのに、それが力にならない。
その顔を、俺はどこかで知っている気がした。見えるものを、誰にも渡せないときの顔だ。
誰も気づかない継ぎ目が、俺には見える。だが、見えるだけでは、何も変わらない。それを、俺はよく知っている。
ユノが、ちらりと俺を見た。何か言いかけて、やめた。俺も、かける言葉を、まだ持っていなかった。
「お前の膜は、どこを狙えばいい」
リシアに聞いた。
「……狙う先が、毎回ずれるんです。あなたたちの動きが」
膜は、誰かが追い込んだ相手を逸らして、初めて意味を持つ。追い込む側が揃わなければ、ただ空を張るだけになる。
家の正統な結界術は、正面から受け止める力だと聞いた。逸らして誘う、なんてやり方は、たぶん、本には載っていない。リシアは、誰にも教わっていないことを、いきなりやらされていた。
ニアは、少し離れたところで、手を出しあぐねていた。整える相手がいない。打ち合いが続かないから、立て直すも何も、始まらないのだ。
三度目で、フィンが糸を取り落とした。
「いや、無理でしょこれ。誰が、何を見てるのか、全っ然わからん」
半分は冗談で。だが、半分は、本気だった。本気で言ったあとに、すぐへらりと笑うのが、こいつのやり方だった。本当は、ふざけたいわけじゃない。真面目にやって、真面目に外すのが、怖いだけだ。たぶん。
ボルクは、何も言わなかった。間に合わなかった自分の足を、一度だけ見下ろしただけだった。守れたときだけ、こいつの迷いは消える。今は、その逆だった。
読みは、合っている。一つずつの力も、止まってはいない。
なのに、何ひとつ入らない。
何かが、決定的に足りない。それが何なのか――俺には、まだ、言葉にできなかった。喉の奥まで来て、形にならなかった。
「ほう」
イザークの声がした。怒ってはいなかった。むしろ、楽しそうだった。
「見事に、噛み合わんな。一つずつは、ちゃんと仕事をしているのに」
嫌味には、聞こえなかった。本当に、面白がっている声だった。
「使えない欠陥品の、寄せ集め。結構。最初から噛み合った連携ほど、見ていてつまらんものはないからな」
イザークは、リオネルのほうへ目をやった。
「リオネル。今の三回、全部書いたか」
「……はい。どこで、誰が、何を外したか。全部、書きました」
「上等だ」
イザークが、客席のへりから降りてきた。
「世間は、お前たちを欠陥品と呼ぶ。わしは、そうは思わん。ただ、誰も――お前たちの繋ぎ方に、まだ値をつけていないだけだ」
それから、的のほうを顎でしゃくった。割れずに残った、薄い結界を。
「今すぐ勝ち方を覚えろとは言わん。まだ、その段じゃない。だが、覚えておけ。勝った試合ってのはな、なぜ勝てたのか、本人にも分からんことが多い。たまたま噛み合っただけ、というやつだ。次に、同じことが、できやしない」
そして、リオネルの帳面を、節くれだった指で、軽く叩いた。
「だが、負けた試合は違う。どこで、誰が、何を外したか。はっきり、残る。残れば、直せる」
負けを、恥で終わらせるな、ということらしい。
リオネルが帳面に積み上げてきた「再現性」が、ここで武器になる。今日の三回ぶんの不格好も、たぶん、その一部だ。
イザークは、面白がる目のまま、こちらを見た。
「失敗するなら、記録しろ。成功より、役に立つ」




