第29話
第29話 星位ランキング戦、告知
外棟の担当教官が、自分から俺たちの教室へ来た。それだけで、ろくな話ではない。
マルク・セレスタンは一枚の紙を教卓に置いて、いつもどおりの、どこか冷たく聞こえる声で言った。
「中間評価のやり方が決まった。今期は、星位ランキング戦だ」
ざわめき、というほどの反応はなかった。外棟にいる時点で、評価という言葉とは縁が薄い。
それでも俺は、紙のほうを見ていた。リシアも、隣で同じように見ていた。
「班ごとに分かれて戦う、団体戦だ」
マルクが読み上げる。
学院の闘技場に、二つの班が入る。相手の班を、戦えなくすれば勝ち。勝ち上がるほど、星が上がる。
「一つ星から五つ星まで、班単位でぶつける。中間の序列を、ここで一度、組み直す」
序列を組み直す。つまり、上がる者がいて、下がる者がいる。
そういう戦いだ。
誰かが手を挙げた。フィンだった。
「教官。その……怪我は、出ないんですか。戦うって」
もっともな質問だった。火を出す。糸を張る。壁になる。外棟の力でも、まともに当てれば、人にも効く。
「護り石を、全員に持たせる」
マルクが答えた。
「防護結界を宿した、小さな石だ。攻撃の衝撃は、石が肩代わりする。お前たちは傷つかない」
ただし、と続けた。
「その石は、決まった時に砕ける。防ぎも躱しもできず、まともに入った一撃をもらった時。あるいは、防ぎきれない連打で、耐えの限界を超えた時だ」
砕けたら、と教官は言った。
「その選手は、戦闘続行不能。脱落だ」
石が砕ける、イコール脱落。
安全装置が、そのまま勝敗の判定を兼ねている。観客席からでも、どちらが何人残っているか、目で数えられる。
よくできている、と思った。
「石の頑丈さは、その選手の守りの強さに比例する」
マルクは淡々と続けた。
守りに振った者の石は頑丈で、半端な一撃では割れない。速さや火力に振った者の石は脆く、まともに入れば、一度で砕ける。
「誰から、どう落とすか。それを考えろという話だ」
勝ち方も、はっきりしていた。
相手を全員、脱落させれば勝ち。時間内に決着がつかなければ、相手をより多く落とした班が勝ち。
「守って残っているだけでは、勝てん。攻めて崩した数で決まる」
逃げ回って時間を稼ぐ、は通じない。どこかで、必ず噛み合わされる。
ひととおり読み終えて、マルクは紙を置いた。
最後の一行だけ、声の温度が、わずかに変わった。
「外棟は——形式参加だ」
形式参加。
「試合には、出る。だが、勝っても、お前たちの星位は動かない。番外扱いだ」
今度は、ざわついた。
勝っても、上がらない。組み直される序列の、外側。最初から、勘定に入っていない。
番外。形式。出ても出なくても、紙の上では同じだ。
リシアは何も言わなかった。ただ、机の上で組んだ指に、少しだけ力が入っていた。
「……出るだけ、ですか」
誰かがこぼした。マルクは、それには答えなかった。
その日の午後、俺たちは闘技場へ連れて行かれた。下見だ、とマルクは言った。番外でも、戦う場所くらいは見ておけ、と。
円形の、とんでもなく広い場所だった。差し渡しは、二百メートル近い。端から端まで、全力で駆けても、ひと息では着かない。
床は、平らな空き地ではなかった。柱、低い壁、段差、瓦礫。視線をさえぎるものが、あちこちに置いてある。
「逃げ場が、多いですね」
リシアが言った。
「逃げ場が多いってことは、隠れて近づける場所も多い」
俺は返した。広くて、さえぎるものがある。出力で劣る側が、間合いを詰めるための地形だ。
柱の影から影へ。リシアの膜で正面を一度そらせれば、その隙に、誰かが懐へ入れる。
力で押し勝てないなら、当てるための隙を、どこかで作るしかない。広さも、さえぎるものも、たぶん俺たちの側の道具になる。
外周には、薄く光る膜が立っていた。境界結界、というらしい。舞台の外には、出られない仕組みだ。
場外で負ける、はない。出ようとしても、戻されるだけ。なら、ぶつかるしかない。
すり鉢のように、客席が舞台を囲んでいた。今は、誰もいない。
「へえ。外棟が出るって、本当だったのか」
声のほうを見た。
三つ星の男子生徒が、数人を連れて立っていた。名前は知っている。ダリオ・メルツ。速さと火力で上位に食い込んだ、口の悪い生徒だ。
「《火種》と、《薄膜》と——あとは寄せ集めだろ。何しに来るんだ?」
連れが笑った。ダリオは、こちらの返事を待っていない。笑いたいから、笑っているだけだ。
俺は、何も言わなかった。言い返したところで、石は割れない。
その後ろから、もう一人が歩いてきた。
背が高く、隙のない立ち方をした生徒。リシアの従兄——エリオ・アルヴェインだった。同じアルヴェインの家に生まれ、正統な結界術で三つ星の上位まで上がった、家の誇りだ。
ダリオの軽口とは、種類が違う。エリオはこちらを侮りもしない。ただ、リシアだけを見ていた。
「リシア。まだ、ここにいるのか」
「ええ」
「家に戻って学び直せば、星はすぐ戻る。お前の薄い膜が、戦いの役に立つと、本気で思っているのか」
リシアは、半歩も下がらなかった。
「役に立つかどうかは、ここで見ます。家ではなく」
エリオは、それ以上は言わなかった。リシアを一度だけ見て、ダリオたちを連れて、去っていった。
「お前、言い返したな」
「言い返したくなる相手だったので」
リシアは、前を向いたままだった。
薄い膜、か。
ついこの間、リシアは自分の力を「分ける膜」と呼び直したばかりだ。家が失敗作と切り捨てたものを、自分の言葉で言い直した。その言葉は、まだ、誰にも証明されていない。
下見を終えて戻ると、マルクが待っていた。
話がある、という顔だった。
「お前たちの参加に、評定長から待ったがかかった」
評定長。ヴェルナー・ハーグ。昇格の判定も、実習の区分も、記録を採るか採らないかも、あの人が握っている。
「火喰い蜥蜴を仕留めた記録——あれを、正式な戦績とは認めない、と言ってきた。前線の特例事象で、評価の材料には足りない、と。記録が足りなければ、班としての出場資格そのものが、危うくなる」
規則の上では、筋が通って聞こえる。あの人のやり方だった。表向きは、何ひとつ間違っていない。
記録が足りない、と言うだけでいい。自分の手は、汚れない。規則の内側から、そっと外す。
そうやって、上がってきそうな芽を、上がる前に摘む。
形式参加にすら、入れたくないわけだ。
マルクは、机に一枚の書類を置いた。火喰い蜥蜴戦の、討伐記録。
「だが、この記録は、すでに正式に受理されている。受理された戦績を、後から無かったことにする規則はない。俺は、そう返した」
以前、あの評定長が初めて外棟の前に立った日、マルクは何も言い返せずに、黙っていた。
今日は、違った。黙る代わりに、紙を一枚、突き返していた。
事務的で、冷たく見える教官だ。それでも、見捨ててはいなかった。
「出場は、通した。お前たちは、形式参加のまま、それでも舞台には立てる」
マルクは書類を仕舞い、こちらを見た。冷たく聞こえる、いつもの声で。
「ひとつだけ言っておく」
星位は動かない。番外だ。それでも、この記録を「過小だ」と言わせたくないなら——方法は、ひとつしかない。
「記録を更新したければ、ここで見せろ」




