第28話
第28話 再検証
火喰い蜥蜴を、もう一度、最初から、検め直すことにした。
偶然じゃない、と言うだけなら、簡単だ。だが、本当に偶然じゃないなら、どこがどう噛み合って勝てたのかを、俺たち自身が、はっきり分かっていないといけない。次に、同じ手を打つために。口で「再現できる」と言うのと、本当に再現できるのとは、別のことだ。
外棟の部屋に、めいめいが集まった。俺、リシア、ユノ、フィン、ボルク、ニア。そして、リオネルが、机の真ん中に、あの分厚い綴りを広げた。
誰も、急いでいなかった。スポットを一つずつ確かめてきた、その先にある、落ち着いた作業だった。ばらばらに見ていたものを、ひとつの机の上に、並べてみる。
リオネルの記録は、そのための、いちばんいい地図だった。
ページを追いながら、一つずつ、確かめていく。
まず、ユノが、外殻のいちばん薄い継ぎ目を、読んだ。火喰いの、どこが弱点か。広くは探れないが、触れるほど近づけば、ユノの目は、一点を、外さない。
「でも、見つけても、わたしには、それを割る力は……」
「だから、次が要る」
リオネルが、ページをめくる。次は、リシアの薄膜が、熱の逃げ道を塞いだ記録だ。あいつの体から、熱が外へ散らないように。
「正面で受けたら、わたしの膜は、割れていました」リシアが、静かに言う。「でも、あのときは、受けなかった。逃がさないように、横に張った。割れる前提で」
その上で、俺が、継ぎ目の一点に、周りとの温度差をつくった。熱が、高いほうから低いほうへ動こうとして、継ぎ目を、内側から押し広げる。
「そこを、俺が支えた」ボルクが、ぼそりと言った。「動くと、ずれる。動かないことだけは、できた」
「ボルクさんが踏ん張ってる間、息と血の巡りが、限界を超えないように、見てました」ニアが、続ける。「あのままだと、腕、もっとひどいことに、なってたので」
そして、継ぎ目が、割れた。核そのものには、手は届かない。崩したのは、あくまで、その周りの蓄熱組織だ。それで、あいつは、止まった。
リオネルが、最後のページを、軽く叩いた。
「全部、ここにあります。誰が、何を、どの順でやったか」
並べてみると、はっきりした。
誰か一人の手柄じゃない。ユノが見つけ、リシアが逃げ道を塞ぎ、俺が熱を通し、ボルクが支え、ニアが保たせた。一人でも欠けたら、どこかで、止まっていた。落ちこぼれが六人がかりで、ようやく、一匹を止めたのだ。
情けない、とは、思わなかった。むしろ、逆だ。一人では誰も勝てないものに、六人でなら、手が届いた。それが、はっきり、紙の上に出ている。
部屋の空気が、少し、変わっていた。
さっきまで、めいめいが、自分の欠けたところを抱えて、座っていた。今は、その欠けたところが、誰かの埋めるところと、繋がって見えている。誰も口には出さなかったが、たぶん、全員、同じことを感じていた。――ひとりじゃ、ない。
「次は、もっと、うまく組めると思いますよ」
ずっと黙って聞いていたフィンが、綴りを覗き込みながら、言った。いつもの軽い調子だが、目だけは、真剣だった。
「今回は、行き当たりばったりでした。継ぎ目を見つけてから、慌てて、みんなで何とかした。でも、順番が分かってるなら――先に、組んでおける」
指で、机の上に、見えない線を引く。
「ユノさんが、弱いところを読む。そこへ、僕が、糸で道を作っておく。来た力を、リシアさんの膜が、逸らす。逃げ場をなくして、レンさんが、熱で割る。ボルクさんが支えて、ニアさんが保たせる。――こうなると、もう、まぐれじゃない」
俺は、その絵を、頭の中で、組み立ててみた。
確かに、噛み合う。一人ひとりは、欠けたところだらけだ。広く探れない。割れる結界。遅い盾。広く治せない。糸は細い。戦えない記録係。火種ひとつ。だが、その欠けたところを、互いの誰かが、ちょうど、埋めている。
ばらばらの落ちこぼれが、つなげると、一つの、流れになる。
ちょうど、いい頃合いだった。学院の掲示には、もう、星位ランキング戦の文字が出ている。序列を、測り直す場だ。
そこへ、これを、持っていく。一人ずつなら笑われる落ちこぼれが、つなげれば、一つの流れになる――それを、皆の前で、もう一度、やってみせる。紙の上の記録が認められなくても、目の前で二度、三度と同じ手が決まれば、まぐれだと言うほうが、苦しくなる。
その流れを眺めているうちに、ふと、引っかかるものがあった。
ユノの感知。リシアの膜。フィンの糸。俺の熱。――やっていることが、どれも、どこか、似ている。
誰も、力で、押していない。
どこに、何が、通るか。どこへ、逃がすか。どこで止めて、どこで、分けるか。みんな、“流れ”を、扱っている。強さの大きさじゃない。向きだ。
そして、向きを扱う力は、鑑定盤には、映らない。
鑑定が測るのは、どれだけ強い火を出せるか、どれだけ硬い壁を張れるか――出力の、大きさだ。けれど、俺たちがやっているのは、その手前のこと。力を、どこへ通すか。だから、全員、低く出た。弱いからじゃない。鑑定が見ている軸に、最初から、乗っていなかっただけだ。イザークの言ったとおりだった。誰も馬鹿じゃない。測っていた軸が、違っただけ。
考えがまとまる前に、口が、動いていた。
「リシア」
「……はい」
「お前の膜、“弱い結界”じゃないだろ」
リシアが、こちらを見た。
「割れる結界、割れない結界、って測るから、お前のは“弱い”ことになる。でも、お前がやってるのは、壁を作ることじゃない。――境目を、作ることだ。ここから先へは通さない、ここへは逃がす、って、線を引いてる。割れるかどうかは、本当は、二の次なんじゃないか」
リシアは、少しのあいだ、黙って、自分の手を見ていた。
それから、顔を上げた。その目に、いつもの、家に削られたような翳りは、なかった。代わりに、何かを初めて正面から見るような、静かな光があった。
「……あなたのも、そうかもしれません」
穏やかな声だった。
「あなたは、熱を、足しているように見えます。でも、本当は、違う。熱に、通る場所と、逃げる場所を、作っている。継ぎ目に通して、外へは、逃がさない。火を大きくするんじゃなくて、どこを通すかを、決めている。――わたしの膜と、向きが、同じです」
今度は、俺が、黙る番だった。
こいつは、俺が、自分でもまだ半分しか言葉にできていなかったものを、先に、言い当てた。教えたわけでも、誘導したわけでもない。同じ机を挟んで、同じものを見て、俺より先に、その芯を、掴んでみせた。
ずっと、俺が、人の本質を見抜く側だった。落ちこぼれの中に隠れた値打ちを、一人ずつ、見つけてきた。
見抜かれる側に回ったのは、初めてだった。
悪く、なかった。
ずっと、ひとりで見ていた。村でも、ここでも。見えているのに、誰にも届かない。それが当たり前だった。隣に、同じものを見て、同じ言葉で返してくる奴がいる。それが、これほど、楽なものだとは、思っていなかった。
ふと、リシアと、目が合った。どちらからともなく、逸らす。気まずさじゃない。むしろ、その逆みたいな、落ち着かなさだった。
その落ち着かなさを振り払うように、リシアが、机の記録に、指を滑らせた。
あの、エリオの一件から、ずっと止まっていた指だ。家の正統に「我流」と切り捨てられて、宙をなぞるのを、やめていた。
その指が、また、動いていた。今度は、迷いがなかった。
「わたし、ずっと、結界が下手なんだと、思っていました」
机の上に、見えない線を、一本、引く。
「割れない壁を、張れないから。家の皆みたいな、立派な結界が、作れないから。だから、出来損ないなんだと」
線を、もう一本。さっきの線と、交わらせる。
「でも、違うのかもしれません。わたしのは、壁を作る力じゃ、ない。――防ぐより、分ける方が、近いのかもしれません」
それは、誰かにそう言われたんじゃなかった。鑑定に貼られた札でも、家に押された判でもない。
初めて、リシアが、自分の力に、自分の言葉で、名前をつけようとした、その最初の一歩だった。




