第22話
第22話 未分類の教室
外棟特別講義、というものが始まった。
名ばかりの講義だ。生徒は、外棟生だけ。教室は、本棟の隅の、ふだん使われていない一室。机の上には、外棟生全員の能力記録が広げてある。テオ・マクレインが、種類ごとに並べ直したものだ。
教壇に立ったイザーク・ヴェルトは、出席も取らず、教科書も開かず、いきなり言った。
「欠陥品で結構」
俺たちを、ぐるりと見回す。
「完成品ほど、研究していてつまらんものはない。答えが、もう出てしまっているからな。その点、お前たちは、いい。何が入っているか、開けてみるまで分からん」
褒められている気は、まるでしなかった。
「ひとつ、訊く」
イザークは、机の上の記録を一枚、つまみ上げた。火喰い蜥蜴の、あの記録だ。
「F等級の《火種》と、割れると評された《薄膜》。鑑定が“戦力にならない”と判を押した連中が、低層に出るはずのない変異種を止めた。鑑定が正しいなら、これは、何だ?」
誰も、答えない。
「偶然、と本棟の連中は言うらしい。結構。だが、偶然が起きるにも、起きるだけの仕掛けがいる。お前たちは、その仕掛けを持っていた。鑑定が、見落としていただけだ」
記録を、机に戻す。
「いいか。鑑定盤は、お前たちの“本質”を読んでいるわけじゃない。発動したときの魔力の形と、表に出た現象を、決まった分類表に照らし合わせているだけだ」
俺のほうを、見た。
「レン・ハルヴェルが、鑑定式で小さな火を点けた。だから《火種》。生活補助の、最下級。――だが、火喰い蜥蜴を止めたとき、お前がやったのは、火を撃つことじゃなかったな。熱を、動かした。だとすれば、最初に点けたあの火も、火そのものより、熱を動かした結果だったんじゃないか。鑑定は、表に出た火だけを見て、その奥を見なかった。嘘はついていない。だが、真実も、言っていない」
俺は、答えなかった。
答える必要も、なかった。この男は、もう、見えている。
次に、イザークは別の記録を引いた。
「《薄膜》も同じだ。割れる結界。盾の出来損ない、と鑑定は言った。だが、あの戦いで、リシア・アルヴェインの薄膜は、何をした。突進を防いだか? いや、逸らした。割れることを承知で、角度だけを変えた。――結界が割れたんじゃない。境目を、ずらしたんだ」
隣で、リシアの指が、わずかに動いた。
彼女はずっと、自分の薄膜を“割れる結界”だと思ってきた。割れない結界を張れない、出来損ないだと。だが、もしそれが、最初から“割るためのもの”ではなく、“境目をずらすためのもの”だったとしたら。
リシアの横顔は、何も言っていない。けれど、その指は、机の上に、見えない線を一本、引いていた。
「等級というのは」
イザークは、教壇に軽く腰をもたれさせた。
「お前たちの力が、どれだけ強いかを測る物差しじゃない。“どれだけ社会にとって使いやすいか・御しやすいか”を測る物差しだ。軍に組み込みやすいか。家格を示しやすいか。命令で、御しやすいか。――そういう、使い勝手の話だ」
「強い力でも、御せなければ、軍は怖がる。弱い力でも、命令どおりに動けば、軍は安心する。鑑定が高く買うのは、後者だ。お前たちのように、枠からはみ出して、何をするか読めない力は、それだけで、低く見積もられる。弱いからじゃない。扱いにくいからだ」
「お前たちは、無能なんじゃない。ただ、“使いにくい”と判を押されただけだ。それは、まったく、別の話だ」
声の消えた教室で、誰かが、小さく息を吐いた。
信じた顔は、ひとつもなかった。
無理もない。ここにいる全員が、何年も、自分は出来損ないだと思って生きてきた。今さら、物差しのほうが間違っていた、と言われても、簡単には飲み込めない。飲み込んだ瞬間に、これまで諦めてきたものの分だけ、痛むからだ。
ボルクが、ぼそりと言った。
「……だったら、なんで誰も、そう言わなかったんですか。今まで」
イザークは、肩をすくめた。
「言う理由が、誰にもなかったからだ。使いやすい連中を上に置いておくほうが、世の中は、回しやすい。お前たちが本当はどうかなんて、わざわざ確かめても、誰も得をしない」
残酷なほど、平らな答えだった。
この男が、なぜ外棟の担当なのか、少し分かった気がした。
イザーク・ヴェルトの顕現名は、《誤差》だという。測り間違い、という意味の名だ。学院が“分類しきれない”と持て余したのは、生徒だけじゃない。この講師も、たぶん、同じ枠に放り込まれた側の人間だ。
物差しから外れた者のことを、物差しから外れた者が、語っている。だから、それは、説教には聞こえなかった。
俺は、黙って聞いていた。
この男が言っていることを、俺は、半分、自分で見つけていた。あの鉱窟で、火を撃てない手詰まりの中で――火を点ける力は、裏返せば、熱を動かす力なんだと、気づいたとき。
あのとき俺がひとりで掴んだものに、イザークは今、当たり前のことのように、理屈を与えている。
ひとりで掴むしかなかったものが、こうして言葉になって並ぶと、ずいぶん据わりがいい。
イザークは、机の上の記録を、ひとまとめに揃えた。
「もっとも、俺がここで何を言おうと、ただの講釈だ。学院も、世間も、物差しを変える気はない。理屈で、人の序列は動かん」
一枚を、指で弾く。
「変えさせたいなら、物差しのほうが間違っていたと、向こうに認めさせるしかない。……ちょうど、いい機会があるな。星位ランキング戦」
その名前が、また出てきた。今朝、貼り紙で見たばかりの。
「あれは、序列を測る場だ。裏を返せば、物差しが試される場でもある。“使いにくい”と判を押された連中が、その場で結果を出してみせれば――さて、どうなるかな」
面白がっている、とも、焚きつけている、とも取れる言い方だった。
たぶん、その両方だ。
講義が終わって、教室を出ようとしたとき。
戸口の脇で、ひとりの生徒が、しゃがみ込んで何かをいじっていた。
外れかけた棚の留め具を、細い糸で結び直している。器用な手つきだった。糸は何本も枝分かれして、棚の重みを、別の場所へ逃がすように張られていた。
外棟生の一人だ。顔は知っていたが、話したことはない。フィン・ロゼル。記録には、顕現名《糸結び》とあった。
俺の視線に気づいて、へらりと笑う。
「ああ、これ? 糸を結ぶだけですよ。たいしたことない。……偉い人には、分からないでしょうけど」
最後のひと言だけ、少し、棘があった。
俺は、棚を見た。正確には、糸の張り方を見ていた。
あの糸は、ただ棚を留めているんじゃない。重みの“通り道”を、作り変えている。一本では支えきれない重さを、何本かに分けて、別の経路へ流している。
……これも、そうだ。
鑑定が「糸を結ぶだけ」と判を押したものの奥に、別のものがある。ついさっき教室で聞いたばかりのことが、もう、目の前にあった。
フィンは、俺がまだ糸を見ているのに気づくと、笑いの形のまま、少しだけ、目の奥が動いた。茶化して終わらせるつもりが、終わらなかった、という顔だった。
俺は、何も言わなかった。言葉にする前に、もう一度、その糸の通り道を、目で追っていた。




