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第118話 十四人目にはしない

第118話 十四人目にはしない


「入れていいと思うやつは、手を挙げてくれ」


 俺がそう言っても、誰も挙げなかった。


 朝の一階の長いテーブルに、いつもの十三人が座っている。端に一つ、椅子が足してあった。そこに、十四人目になるかもしれないセイルが座っていた。背中が、椅子の背もたれに一度もついていない。


 北の防衛線から本拠に戻って、一晩明けた朝だった。ゆうべは着いたのが遅くて、みんなに顔を合わせただけで寝た。セイルは、倉庫の棚の、グレンの上の段で寝たらしい。


 外塔に誰かを入れるときは、全員で手を挙げて決める。ひと月ほど前、グレンが来たときも、そうした。あのときは、言い終わる前にボルクの手が挙がった。


 今朝は、まだ挙がらない。


 ボルクは、スープの器を持ったまま止まっている。ラグは、パンをちぎりかけたまま動かない。グレンは、腕を組んでセイルを見ていた。


 ……グレンは、反対するかもしれない。


 学院で、セイルに一度も勝てなかったのは、グレンも同じだ。負けず嫌いのグレンが、黙って手を挙げるとは思えなかった。


「これ、もう決まってるでしょ」


 フィンが、スープをすすりながら言った。


「棚で寝てる人が、もう二人になったんだし」


 それで、手が挙がった。ばらばらに、ほとんど一度に。ボルクは、スープの器を置いてから挙げた。ラグは、ちぎりかけのパンを持ったまま挙げた。俺も、挙げる。器を置くのを忘れて、スープの入った器ごと、手が上がっていた。


 グレンも挙げている。組んだ腕から片手だけ抜いて、肘から先だけ上げていた。リシアは、手を挙げたまま、もう片方の手で、セイルの前に塩の小皿を寄せていた。


「反対の人は」


 誰も挙げなかった。


「……決まりだな」


「よろしくお願いします」


 セイルが、立ち上がって頭を下げた。


「固いな」


 ボルクが言った。


「固いです」


 セイルは、まじめに答えた。ボルクは何か言いかけて、結局スープを飲んだ。


 台所から、母さんが鍋を抱えて出てきた。セイルの前の空になった器に、黙ってスープを足す。


「もう、お客さんじゃないのね」


 母さんはそれだけ言って、次の器へ回っていった。セイルは、足されたスープを見たまま、しばらく匙を持たなかった。


 グレンが、組んでいた腕をほどいた。


「おい。棚の上と下、どっちがいいんだよ」


「上を、使わせてもらった」


「だろうな。……寝返りで、ほこりが落ちてくるんだよ」


「なら、寝返りを打たないようにする」


 セイルは、まじめな顔のまま言った。グレンが、何か言い返そうとして、口を開けたまま止まる。


 それだけだった。反対の話は、最後まで出てこなかった。俺は、グレンが反対するほうに、内心で賭けていた。誰とも賭けていなかったのが、救いだった。


 グレンは、それからセイルのほうを見ないで、パンを二つ取った。一つは、たぶんセイルの分だろう。結局、二つとも、グレンが食べた。


 セイルの椅子の下には、小さな水たまりができていた。セイルは、夜明け前から、裏で薪を割っていたらしい。靴についてきた雪が、部屋の暖かさで溶けたのだ。サラが、黙って雑巾を持ってきた。セイルは「すまない」と言って、足を上げ、サラは何も言わずに、床だけ拭いて戻っていった。そのすきに、フィンが、俺の皿からパンを一切れ持っていく。


 朝飯のあと、店のほうから、親父に呼ばれた。


 店の帳場に、手紙が一通置いてあった。封の蝋に、学院の印が押してある。


「おとといから来てた。お前あてだ。学院からだぞ」


 親父は、帳面から顔を上げずに言った。


 封に書かれた宛名の字で、誰からかは分かった。イザークだ。学院にいたころ、俺たち外棟の特別講師をしていた、偏屈な教師だ。六年前、外塔をギルドとして登録したとき、保証人の欄に名前を書いてくれたのもこの人だった。


 封を切った。中には、紙が一枚だけ入っていた。


『グレン・ヴァルガスの所属を移す紙が、保証人の私のところへ回ってきた。

 勝手に拡張するな。報告くらいしろ。

 それと、そっちの裏の井戸の滑車が鳴る。前に行ったときから鳴っていた。直せ。』


 それだけだった。署名もなかった。あの人が手紙をよこすのは、六年で二度目だ。一度目は、外塔の看板の字が曲がっている、という手紙だった。


 グレン一人の話で、この手紙だ。セイルの紙が回っていったら、次は何と書いてくるのか。


 俺は手紙をたたんで、懐に入れた。裏の井戸の滑車は、たしかに鳴る。ずっと鳴っている。誰も直していなかった。


「直しとけよ」


 親父が、そろばんをはじきながら言った。


「読んだのか」


「封は開けてない。だが、あの先生が来たときも、滑車の話しかしなかった」


 昼すぎ、二階の記録部屋をのぞいた。


 リオネルが、床に座って名簿を開いていた。まわりには、北から持ち帰った紙が広げてある。部屋の隅の棚には、布をかぶせた鉄の鍋が置いてある。中の黒い石のせいで、その棚の板だけ、触ると少し温かい。


 名簿の頁には、上から順に、一、二、三と数字が並んでいる。数字の横に、名前。いちばん下の行は「十三」で、その横にグレンの名前があった。


 リオネルは、その下の空いた行に、ペン先を下ろしていた。


 グレンが来たとき、リオネルはそこに「十三」と書いて、書き終えてから、少しだけ字を見直していた。今日も、同じように書くのだと思った。


 十、まで書いて、止まった。


 ペン先のインクが、紙ににじんで、小さな丸になっていく。リオネルは、その丸を、じっと見ている。


 それから、ペンを置いた。インクのにじんだ丸は、もう消せない大きさになっていた。


 床の札を一枚、手に取る。セイルが北で三回出した報告の、受け取りの札だ。三回とも、関の番小屋で握りつぶされた。リオネルはそれをしばらく見て、札を床に戻した。


 俺は、戸口に立ったまま、声をかけなかった。


 リオネルは、名簿の頁から目を離して、帳面のうしろのほうから、何も書いていない新しい紙を一枚抜いた。


 俺は部屋に入って、リオネルの肩ごしに紙をのぞいた。リオネルは、その紙に名前を書きはじめた。


 最初に書いたのは、セイルの名前だった。次に、グレン。その次に、ボルク。今朝のテーブルで、端から座っていた順番だ。俺の名前は、四番目に来た。ボルクの次だ。


「……数えないのか」


 俺が言うと、リオネルは、ペンを止めずに答えた。


「数えるのは、もういいです」


「イザークに、報告くらいしろって言われてるぞ。数がないと、報告が書きにくいだろ」


「名前を全部書けば、数えたい人は、自分で数えます」


 それ以上は、言わなかった。


 リオネルが、何を考えて番号を振らなかったのかは、分からない。訊いても、たぶん答えない。


 十三人と一人が、一枚の紙に並んでいく。いちばん最後に書かれたのは、リオネル自身の名前だった。自分の名前のところでだけ、リオネルは一度ペンを止めて、どこに書くか迷うように、ペン先を紙の上で少しさまよわせた。それから、いちばん下の空いたところに、ほかの名前より少し小さな字で書いた。書き終えると、ペンを置いて、古い名簿の上に、新しい紙を重ねた。


 下の古い頁の「十」の字が、新しい紙ごしに、うっすら透けて見えた。リオネルは、それに気づいたのか、気づかなかったのか、紙の端をそろえただけだ。


「イザーク先生への報告は、これをそのまま送ります」


「怒られるぞ。数がない、って」


「たぶん」


 リオネルは、そう言って、少しだけ笑った。


 階段の下から、親父の声がした。


「おい。学院から、もう一通来てるぞ」


 リオネルの新しい名簿には、通し番号がなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

外塔に、新しい名前が一つ増えました。

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