↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
112/140

第112話 爆炎の使い道

第112話 爆炎の使い道


「入れていいと思うやつは、手を挙げてくれ」


 言い終わる前に、ボルクの手が挙がっていた。


 朝、一階の長いテーブルに、十二人がパンとスープを前に座っている。グレンは、テーブルの端に立ったまま、腕を組んでいた。座れと言っても座らなかった。ゆうべは、倉庫の奥の床に、袋を枕にして寝たらしい。右の頬に、袋の中の鉄の道具の形が、四角く赤く残っていた。誰もそれには触れなかった。


 手は、ばらばらに挙がった。誰かが合図したわけでもない。すぐに挙げたやつ、隣を見てから挙げたやつ、スープを飲み終わってから挙げたやつ。ラグは、布を巻いた右手ではなく、左手を挙げた。リシアは、スープの器から目を上げないまま、手だけを挙げていた。フィンは最後だった。パンを口にくわえたまま、片手を挙げた。


「反対の人は」


 誰も挙げなかった。


「……決まりだな」


「礼なんか言わねえぞ」


 グレンが言った。


「スープ、冷めるぞ」


 ボルクが言った。グレンに言ったのか、俺に言ったのかは分からなかった。


 リオネルが、帳面の名簿の頁を開いた。いちばん下の空いた行に、「十三」と書いて、その横にグレンの名前を書く。書き終わってから、少しだけ字を見直していた。


「寝るところは、倉庫の奥の棚を片づけました。下の二段です」


「棚で寝ろってのか」


「棚の上は、広いです」


 サラが、棚から下ろした鍋を三つ抱えて、台所へ運んでいった。そのうち一つは、取っ手がぐらぐらしていた。


 グレンは、組んでいた腕をほどいた。右の拳を、一度だけ開く。舌打ちは、出なかった。


 朝飯のあと、裏の広場に出た。


 広場では、ロイが若いのを四人並べて、木剣を振らせていた。ロイは、俺より四つ上の冒険者で、脚を悪くしてからは、ここで稽古をつけている。俺たちが出ていくと、木剣の先を少しだけ上げた。


「今度は、何をやるんだ」


「試したいことがある。端を借りる」


 ロイは、倉庫の軒下に転がっていた丸太をあごで指した。大人が二人で抱えるくらい太い。薪にするには太すぎて、割るのも面倒で、何年も軒下に放ってあったものだ。表面はからからに乾いて、ひび割れている。


「あれなら、燃やしても、誰も困らんだろう」


 若いのを二人呼んで、丸太を広場の真ん中まで転がしてもらった。二人とも、途中で一回ずつ手を離した。俺は、丸太から十歩離れて立った。グレンは、俺の左に並んだ。足を開いて、右手を前に出す。学院で見た構えと、ほとんど変わっていなかった。


「腰が引けてる」


 ロイが、こっちも見ずに言った。


「引けてねえよ」


「引けてる。若いのと同じだ」


 グレンは、何か言い返しかけて、黙って足の幅を少しだけ狭めた。


 半月以上前、あの集落の夜に、魔獣の背中で白い光が弾けた。俺の熱と、グレンの火が、たまたま同じところに入ったときだ。あのときは、ほとんど同時だった。だから、同時に撃てばいい。


「同時にやる。三つ数えたら、撃て。……一、二、三」


 三で、グレンの火が飛んだ。


 太い火の束が、丸太の表面にぶつかって、ばっと広がった。乾いた木の皮が、一気に黒く焦げる。少し遅れて、俺の熱が中へ入った。


 焦げたにおいがした。それだけだった。


「……遅えよ、お前」


「お前が早い」


「三で撃てって言ったろうが」


「三で撃ったのは分かってる」


 広場の向こうで、若いのが一人、木剣を落とした。ロイが「拾え。腰が引けてる」と言った。落としたのと腰は、たぶん関係ない。


 二回目は、俺が先に熱を入れて、グレンが少し待ってから撃った。火は、丸太の手前の面いっぱいに広がって、皮をまた黒くした。白い光は、出ない。


 グレンが、足もとの雪を蹴った。蹴った雪が、自分の新しい靴にかかる。グレンは、それを払いもしなかった。


「これじゃ、蜥蜴のときと同じだろうが。外から叩いてるだけじゃねえか」


 俺の熱が、足りないのか。


 そう思って、丸太に近づいた。


 くすぶっていた表面には、ロイの若いのが、桶で雪をかけて消してくれた。焦げた皮は、もう湯気しか出していない。


 自分で入れた熱の場所は、手をかざせば分かる。その熱は、皮の一枚下で、手のひらの半分くらいの小さなところに固まっていた。思っていたより、ずっと小さい。


 俺は、丸太の手前の面の右の端に回った。そこだけは、まだ焦げていない。こぶのような節が、一つあった。


「グレン。二歩、右に寄れ」


 グレンが、黙って二歩ずれた。これで、節がまっすぐ見えるはずだ。俺は、火の通り道から外れて、丸太の横にしゃがんだ。


「この節の、指一本ぶん下だ。俺が先に入れる。お前は、そこにだけ撃て」


「そこにだけ、だと」


「丸太全部じゃない。そこだけだ」


「……的が、小せえんだよ」


 グレンの右手が、少し上がって、止まった。指が、開きかけて、また握られる。火の名門の《爆炎》で、指先ほどの的を撃つ。たぶん、そんな撃ち方をしたことはない。


 俺は、節の下に熱を入れた。


 ゆっくり入れる。乾いた皮の下で、熱が一点にたまっていく。外からは、何も見えない。節のまわりの皮が、ほんの少しだけ湯気を吐いた。からからに見えても、これだけ太いと、芯にはまだ水気が残っていたらしい。


 熱をためたまま、待った。グレンの息が、白く、短く、何度も上がるのが見えた。


 自分の熱が、他人の火を待っている。手のひらの内側が、むずむずした。熱を使うようになってから、こんな待ち方は、一度もしたことがない。


「今だ。そこだけ」


 グレンの右手から、火が出た。


 最初は、太くなった。火が、節の上のほうまで広がりかけて、グレンは自分で手を握りこんで止めた。握った指のすきまから、細い煙がもれた。


「……もう一回だ」


 俺は、節の下に熱を足した。グレンが、右手の指を一本だけ伸ばした。


 今度の火は、指くらいの細さだった。まっすぐ、節の下へ伸びていく。途中で一度、ぶれて太りかけて、すぐに細く戻った。


 火の先が、節の下に触れた。


 白く光った。


 ぱん、と乾いた音がして、丸太が縦に裂けた。はじけた木っ端が一つ、しゃがんでいた俺の頬をかすめて飛んでいった。


 裂け目の内側だけが、真っ黒に焼けている。節のまわりの皮には、焦げ跡ひとつ増えていなかった。さっきまでの二回は、表を黒くしただけで、中には何も起きていなかったのに。裂け目から、細い湯気が一本だけ、まっすぐ上がっていた。


 気がつくと、若いのの木剣の音が止まっている。四人とも、木剣を下ろして、こっちを見ていた。


 ロイは、左手に木剣を提げたまま、裂けた丸太を見ていた。しばらくして、グレンのほうへあごをしゃくった。


「……さっきよりは、ましだ」


 グレンは、返事をしなかった。


 いつのまにか、リオネルが裏口の石段に座って、帳面を開いていた。ペンのインクは、寒さで固まったらしい。焦げた丸太のかけらを拾って、それで何か書きつけていた。


 グレンは、自分の右手を見ていた。指を開いて、閉じて、もう一度開く。


 それから、黙って、裂けた丸太の片割れのほうへ向き直った。焦げていない面の節を一つ選んで、さっきと同じ細さの火を撃つ。俺は、何もしなかった。


 火は、節の表面を黒く焦がして、消えた。白い光は出なかった。裂けもしない。焦げたにおいだけが、残った。


 二階の窓が開いていて、ラグがあくびをしていた。


 グレンが、裂けた丸太を見て、それから、俺を見た。


「お前の熱に、俺の火を合わせるのか」

お読みいただき、ありがとうございました。

外塔が十三人になって、裏の広場で丸太が一本割れる回でした。

続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。