第112話 爆炎の使い道
第112話 爆炎の使い道
「入れていいと思うやつは、手を挙げてくれ」
言い終わる前に、ボルクの手が挙がっていた。
朝、一階の長いテーブルに、十二人がパンとスープを前に座っている。グレンは、テーブルの端に立ったまま、腕を組んでいた。座れと言っても座らなかった。ゆうべは、倉庫の奥の床に、袋を枕にして寝たらしい。右の頬に、袋の中の鉄の道具の形が、四角く赤く残っていた。誰もそれには触れなかった。
手は、ばらばらに挙がった。誰かが合図したわけでもない。すぐに挙げたやつ、隣を見てから挙げたやつ、スープを飲み終わってから挙げたやつ。ラグは、布を巻いた右手ではなく、左手を挙げた。リシアは、スープの器から目を上げないまま、手だけを挙げていた。フィンは最後だった。パンを口にくわえたまま、片手を挙げた。
「反対の人は」
誰も挙げなかった。
「……決まりだな」
「礼なんか言わねえぞ」
グレンが言った。
「スープ、冷めるぞ」
ボルクが言った。グレンに言ったのか、俺に言ったのかは分からなかった。
リオネルが、帳面の名簿の頁を開いた。いちばん下の空いた行に、「十三」と書いて、その横にグレンの名前を書く。書き終わってから、少しだけ字を見直していた。
「寝るところは、倉庫の奥の棚を片づけました。下の二段です」
「棚で寝ろってのか」
「棚の上は、広いです」
サラが、棚から下ろした鍋を三つ抱えて、台所へ運んでいった。そのうち一つは、取っ手がぐらぐらしていた。
グレンは、組んでいた腕をほどいた。右の拳を、一度だけ開く。舌打ちは、出なかった。
朝飯のあと、裏の広場に出た。
広場では、ロイが若いのを四人並べて、木剣を振らせていた。ロイは、俺より四つ上の冒険者で、脚を悪くしてからは、ここで稽古をつけている。俺たちが出ていくと、木剣の先を少しだけ上げた。
「今度は、何をやるんだ」
「試したいことがある。端を借りる」
ロイは、倉庫の軒下に転がっていた丸太をあごで指した。大人が二人で抱えるくらい太い。薪にするには太すぎて、割るのも面倒で、何年も軒下に放ってあったものだ。表面はからからに乾いて、ひび割れている。
「あれなら、燃やしても、誰も困らんだろう」
若いのを二人呼んで、丸太を広場の真ん中まで転がしてもらった。二人とも、途中で一回ずつ手を離した。俺は、丸太から十歩離れて立った。グレンは、俺の左に並んだ。足を開いて、右手を前に出す。学院で見た構えと、ほとんど変わっていなかった。
「腰が引けてる」
ロイが、こっちも見ずに言った。
「引けてねえよ」
「引けてる。若いのと同じだ」
グレンは、何か言い返しかけて、黙って足の幅を少しだけ狭めた。
半月以上前、あの集落の夜に、魔獣の背中で白い光が弾けた。俺の熱と、グレンの火が、たまたま同じところに入ったときだ。あのときは、ほとんど同時だった。だから、同時に撃てばいい。
「同時にやる。三つ数えたら、撃て。……一、二、三」
三で、グレンの火が飛んだ。
太い火の束が、丸太の表面にぶつかって、ばっと広がった。乾いた木の皮が、一気に黒く焦げる。少し遅れて、俺の熱が中へ入った。
焦げたにおいがした。それだけだった。
「……遅えよ、お前」
「お前が早い」
「三で撃てって言ったろうが」
「三で撃ったのは分かってる」
広場の向こうで、若いのが一人、木剣を落とした。ロイが「拾え。腰が引けてる」と言った。落としたのと腰は、たぶん関係ない。
二回目は、俺が先に熱を入れて、グレンが少し待ってから撃った。火は、丸太の手前の面いっぱいに広がって、皮をまた黒くした。白い光は、出ない。
グレンが、足もとの雪を蹴った。蹴った雪が、自分の新しい靴にかかる。グレンは、それを払いもしなかった。
「これじゃ、蜥蜴のときと同じだろうが。外から叩いてるだけじゃねえか」
俺の熱が、足りないのか。
そう思って、丸太に近づいた。
くすぶっていた表面には、ロイの若いのが、桶で雪をかけて消してくれた。焦げた皮は、もう湯気しか出していない。
自分で入れた熱の場所は、手をかざせば分かる。その熱は、皮の一枚下で、手のひらの半分くらいの小さなところに固まっていた。思っていたより、ずっと小さい。
俺は、丸太の手前の面の右の端に回った。そこだけは、まだ焦げていない。こぶのような節が、一つあった。
「グレン。二歩、右に寄れ」
グレンが、黙って二歩ずれた。これで、節がまっすぐ見えるはずだ。俺は、火の通り道から外れて、丸太の横にしゃがんだ。
「この節の、指一本ぶん下だ。俺が先に入れる。お前は、そこにだけ撃て」
「そこにだけ、だと」
「丸太全部じゃない。そこだけだ」
「……的が、小せえんだよ」
グレンの右手が、少し上がって、止まった。指が、開きかけて、また握られる。火の名門の《爆炎》で、指先ほどの的を撃つ。たぶん、そんな撃ち方をしたことはない。
俺は、節の下に熱を入れた。
ゆっくり入れる。乾いた皮の下で、熱が一点にたまっていく。外からは、何も見えない。節のまわりの皮が、ほんの少しだけ湯気を吐いた。からからに見えても、これだけ太いと、芯にはまだ水気が残っていたらしい。
熱をためたまま、待った。グレンの息が、白く、短く、何度も上がるのが見えた。
自分の熱が、他人の火を待っている。手のひらの内側が、むずむずした。熱を使うようになってから、こんな待ち方は、一度もしたことがない。
「今だ。そこだけ」
グレンの右手から、火が出た。
最初は、太くなった。火が、節の上のほうまで広がりかけて、グレンは自分で手を握りこんで止めた。握った指のすきまから、細い煙がもれた。
「……もう一回だ」
俺は、節の下に熱を足した。グレンが、右手の指を一本だけ伸ばした。
今度の火は、指くらいの細さだった。まっすぐ、節の下へ伸びていく。途中で一度、ぶれて太りかけて、すぐに細く戻った。
火の先が、節の下に触れた。
白く光った。
ぱん、と乾いた音がして、丸太が縦に裂けた。はじけた木っ端が一つ、しゃがんでいた俺の頬をかすめて飛んでいった。
裂け目の内側だけが、真っ黒に焼けている。節のまわりの皮には、焦げ跡ひとつ増えていなかった。さっきまでの二回は、表を黒くしただけで、中には何も起きていなかったのに。裂け目から、細い湯気が一本だけ、まっすぐ上がっていた。
気がつくと、若いのの木剣の音が止まっている。四人とも、木剣を下ろして、こっちを見ていた。
ロイは、左手に木剣を提げたまま、裂けた丸太を見ていた。しばらくして、グレンのほうへあごをしゃくった。
「……さっきよりは、ましだ」
グレンは、返事をしなかった。
いつのまにか、リオネルが裏口の石段に座って、帳面を開いていた。ペンのインクは、寒さで固まったらしい。焦げた丸太のかけらを拾って、それで何か書きつけていた。
グレンは、自分の右手を見ていた。指を開いて、閉じて、もう一度開く。
それから、黙って、裂けた丸太の片割れのほうへ向き直った。焦げていない面の節を一つ選んで、さっきと同じ細さの火を撃つ。俺は、何もしなかった。
火は、節の表面を黒く焦がして、消えた。白い光は出なかった。裂けもしない。焦げたにおいだけが、残った。
二階の窓が開いていて、ラグがあくびをしていた。
グレンが、裂けた丸太を見て、それから、俺を見た。
「お前の熱に、俺の火を合わせるのか」
お読みいただき、ありがとうございました。
外塔が十三人になって、裏の広場で丸太が一本割れる回でした。
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