ぺとぺと さん
〈ぺとぺとさん〉
べとべとさんとも呼ばれるこの怪異は、暗い道に現れる、と伝わる。
と言っても、姿形が見えるわけではなく、音。足音。として現れるそうだ。
想像してみてほしい。
暗い道、一人。
照明、ちかり。
そんな中、ついてくるのが人、だとしても少々身構えるのに、それとなく確かめた先は無人。
だれもいない。
足音は。ペタリ、だ。到底、靴を履いた足ではしないはずの音が、足音が、
ぺたり、ぺたり、ぺたぺたぺたっ! と。
いや、怖いって! 思わず走って逃げてもついてくるのだろう。
どこまでも、どこまでも、いつまでも。
それでもこの───絵巻物では卵型のボディに大きな口と両足で表現されている(足音、なのだから両足はわかるが、卵型ボディに大きな口はどこから? 見えないンだよね?)───妖怪は人畜無害とされている。
なぜなら、対処法が確立されているからだ。
ぺたぺたと迫る足音が背後、すぐそこまできた瞬間、「先においき」と声をかけると、足音はそのまま追い越し、先に行って聞こえなくなるそうな。
そこまで引き付ける。すごい度胸である。
そんなに勇気があるのならば、声をかけなかったらどうなるか試してほしいが、無理は言うまい。
そうしたらどうなるかは。
伝わっていないのだ から。
まあ、音だけと言えど、妖怪は、妖怪。怪異は怪異。よけいなことはしないが吉、である。
・・・よけいなことをせず、正確に対応しても救われる、とは限らないが。
εー εー εー
εー εー εー
どこでボタンをかけ違えたのか。
最初からなのか、何かしらの想定外の事態の発生のせいなのか、それらが合わさってなのか。
一部はまだ営業している巨大アウトレットの駐車場に止めた車を降り、自分は店内へと足を踏み入れた。
・・・。
これ程のカプセルトイの筐体が並んでいるのを見たのは初めてだ。
とはいえ、お客様は少ない、というかほぼいないのはいただけない上、自分を見た子供さんは引き返す始末。使用不可の紙が貼ってあるのも目立つし、もっと気になる部分もある。
「暗いんだよね・・・」
潰れそうな店は概してそうだ。
経費節減の為、そうしているのか、点かなくなった照明を取り替える人員が不足しているのか。前者なら大した額にもならない節約で失う客の多さを考えるべきであり、後者ならもうどうにもならない。
店が物理的に暗いというのはそういうことなのだ。
「メインのスーパーはまる。ドラックストアと商品の重なりはあるが値段は一緒、と」
ぽちぽちぽちっとスマホに打ち込む。
以前は手帳だったがそれだと一目で何か調査しているとバレてしまう。
スマホは今どきといえばそうだが、だれも彼もそうしている=イコール目立たないという点では非常に便利だ。
「開いているフロアは一階、二階。三階から先は閉鎖中」
バチバチバチとエレベーターのボタンを押しても「その階には止まりません」と繰り返されるばかり。エスカレーターは止まり、階段には黒と黄ビニールのテープが手すりを渡っている。
「これも、・・・ダメだな」
通行を禁止するにも格がある。
ホテルで使われるようなきちんとした太い縄状の物に立て看板。
システマチックに支柱に収納されたベルトが伸びる物。
使い捨てのテープを恒久使用する、または剥がれた物をそのままに|手書きの紙で間に合わせ《印刷すらしなでい》るのは論外だ。
「おっと。時間か」
スマホの振動。腕時計も良いがやはり機能では電子機器が勝る。
「ちょっと押したな」
そのせいで確認できなかったところがあったのを後悔するのは・・・。
εー εー εー
εー εー εー
「それでは、持ち帰りまして検討させていただきます」
「お願い致します!」
そう言われて両手を握られたが、多目に見積もってもうちの会社はここに出店したりはしないだろう。
案内された部分は明るく、整頓され、掃除も行き届いていたが、それだけだ。
居抜きは初期費用こそ押さえられるが、裏を返せば同じ業務形態の店がもたなかった証拠でもある。
うちの会社ならばと持ち上げられても、特段他に比べて優れているわけでもない。
自信満々、やったるでーという社風なら一か八かやるかも知れないが、今の社長は石橋を叩いて、他の人に渡らせるタイプだ。俺の会社でかっての賑わいをーとはならないだろう。
εー εー εー
εー εー εー
う。
結果のほぼ決まっていた下見と提案ではあったが、それなりに緊張はしていたようで、腹にギュルッときた。
「そういえばトイレはまだ見ていなかったな・・・」
バックヤードから店内へ。
使われていないテナント群には閉店順なのか、入り口に壁、網、何もない等々あるが共通するのは、暗い、という点だ。中が見える店がなんだったのか、残された棚やポスターから推理するのも楽しそうではあるが今はそれどころではない。
ギュルルルる。
油汗が額に浮く。
今は一刻もはやく。
よけいなことをせず、正確に一歩、一歩。
ん?
目は暗い中、万が一にもトイレを見落とさないよう集中していたが、耳は別のモノを、音を捉えていた。
ペタッペタッ。ペタペタペタッ!
「・・・スリッパ?」
ビジネスホテルで聞くなら何でもない音だが、アウトレットモールでは。
いや、ビーチサンダルとか、いなくもないか。
それよりも不思議なのは───
足音と歩幅? スピードが
───合っていないことだった。
明らかに想定、予想より早い!
ペタッ ペタッ ペタペタッ。
追い付かれるような音の間隔ではないのに。
ペタッペタッペタペタペタッ!
もう、背後すぐそこにナニカがいる感覚がある!
「お、お、お。お先にどうぞ!」
小さい頃に聞いたか見たかした記憶を思い出せたのは奇跡か、昔話が得意だった祖母の加護か。(いや、母方も父方のおばーちゃんもピンピンしているのだが)。
パタッパタッ。パタパタパタッ!
はたして。
若干嬉しそうな響きを帯びた足音が自分を追い越していく。
が、やはり姿はどこにも無い。
「パタパタさん、ってやつか・・・」
ぺとぺとさんである。
不正解であるが許して頂きたい。
こちらは現在切羽詰まっているので。
? なぜだ?
本来なら追い越し、先に行き、消えるはずの足音がまだ聞こえる。
パタッ、パタッ。 パタッ、 パタパタ。
何歩か進んでは何かに耐えるように止まり、また進む。
それはまるで今の自分の・・・。
「あっ! ちょ! あー」
こんな時に限って。
よく当たるのだ。悪い予感というやつは。
バタン!
やっとたどり着いたトイレの入り口から見える個室の扉が、だれもいないのに開き、勢いよく閉まった。
振り返り見た多目的トイレは使用不可。
男子トイレにある他に二つの個室にも貼り紙あり、だ。
ガチャン!
無情にも、目の前で。
個室の鍵の表示が青から赤に変わった。
「お先にどうぞ、なんて言うんじゃなかった」
そう言わなかった場合どうなるのかは伝わっていない。
だが。
今の状況より悪い状況がそうそうあるとも思えない。
自分は伝承通りに対処した。
それなのに・・・。
点いていても暗い蛍光灯の下。
唯一稼動中のトイレのドアにすがりつき。
やがて自分は・・・。




