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乙女ゲーの関係ないシスコン(兄)が自分探しの旅に出ようと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子


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第2話 帝国の剣は剣術バカらしい

 船が港へ入ると、潮の匂いに混じって帝都の喧騒が聞こえてきた。


 港には、帝国各地から集まった船が何隻も停泊している。大きな商船の脇では、船員たちが掛け声を合わせて荷を下ろしていた。縄が軋み、木箱が桟橋に置かれるたび、乾いた音が響く。荷を受け取る商人たちは、積み荷の数や傷の有無を確かめながら、忙しそうに指示を飛ばしていた。


 その間を縫うように、小さな漁船や荷船が行き来している。港の一角では魚を積んだ籠が次々と運ばれ、威勢のいい売り声が潮風に乗って広がっていた。荷車が石畳を鳴らし、船員や商人たちが行き交う。帝都の港は、朝から活気に満ちている。


 船が岸へ寄るにつれて、港の先に広がる街並みが見えてきた。


 石造りの建物。赤茶色のレンガ造りの家々。黒い瓦屋根を載せた木造建築に、白い壁と平らな屋根を持つ建物。建物の様式は通りごとに少しずつ違うが、街全体に妙なまとまりがあった。


 帝都を訪れるのは、今回が初めてではない。


 だから、目の前の景色を見て驚くことはなかった。だが、何度来ても、帝都は独特の街だと思う。


 帝国各地から人が集まり、異なる文化や技術が持ち込まれる。建物の様式も、店に並ぶ品も、道を行き交う人々の装いもさまざまだ。それでも、この街は雑然とした印象にならない。石畳の大通りは広く、街路は整えられ、歩行者と馬車がぶつからないように流れが作られている。


 帝都の姿は、五百年前に賢者ハルトが築いたものだ。


 街の中心から放射状に伸びる大通りも、各地の人々が商いをするための広場も、長い年月を経て今の姿へと変わってきた。けれど、その根本には、帝国を一つにまとめようとした英雄の考えが残っている。


 船がゆっくりと桟橋へ横付けされた。


「ヒロト様、到着いたしました」


 船員の声に、俺は外套の襟を整えた。


「ああ。荷物は後でいい。まずは港を出るぞ」


「承知しました」


 従者たちが荷物を運ぶために動き始める。俺は護衛を数人だけ連れ、先に桟橋へ降りた。

 足元に伝わる陸地の感触が、船旅の終わりを告げている。


 帝都に来た目的は一つ。


 レオン・ノルディアについて、情報を集めることだ。

 妹のミコトが生まれて初めて自分から求婚した相手。そして、その求婚を断った男。


 父上から聞いた話だけでも、レオン・ノルディアが並外れた人物であることは分かる。十二歳で辺境伯家を継ぎ、領地を発展させ、帝国の皇族や将軍家の人間とも対等に交渉している。現在は十六歳。まだ若いというのに、帝国との新たな和平条約を結んだ。


 父上も、あの男を「変わった男だ」と評していた。

 能力だけを見れば、会って話を聞いてみたい相手ではある。


 だが、それとこれとは別だ。

 ミコトの求婚を断った。

 それだけで、俺の中では十分敵になる男だった。


 もちろん、本人に何か事情があったのかもしれない。求婚を断る権利は誰にでもある。ミコトも、断られたことを恨んではいないようだった。


 それは分かっている。

 分かってはいるが、兄として一度は顔を見ておきたい。


 どんな男なのか。

 何を考えてミコトの求婚を断ったのか。

 そして、ミコトにふさわしい男なのか。

 そこを確かめずに済ませることはできない。

 ……少なくとも、俺はそう考えていた。


 港から馬車に乗り、帝都の中心部へ向かう。

 車輪が石畳を踏む音が、車内に規則正しく響いた。窓の外を商人や職人、兵士や旅人が流れていく。荷物を積んだ馬車が大通りを進み、露店では帝国各地から運ばれてきた品が並べられていた。


 砂漠地帯のアメラン家から届いた香辛料や染料。山岳のヴァル家が扱う鉱石や毛織物。ヤマト地方から運ばれてきた漆器や刀剣、乾物や茶葉。

 それぞれの地域の品が、同じ通りに並んでいる。


 帝国には、かつて独立した小国だった三つの勢力がある。砂漠のアメラン家、山岳のヴァル家、そして島国ヤマトを治めるスルガ家だ。


 今ではいずれも帝国の一部だが、土地ごとの文化や気風は簡単には消えない。アメランの民は赤い髪と瞳、褐色の肌を持つ者が多い。ヴァルの一族は銀髪と色白の肌が特徴で、ルーカスもその血を引いている。そして、ヤマト地方の人々は黒髪と黒い瞳、黄色みを帯びた肌を持つ者が多い。


 帝都は、それらが一つの街に集まる場所だった。

 馬車が広場を通り過ぎる。中央には噴水があり、その周囲に買い物客や商人が集まっていた。広場の端では大道芸人が人々を楽しませている。少し離れた場所では、帝国兵が二人一組で巡回していた。


 ここには、帝国の縮図がある。


 帝都に来たことのない者なら、この景色だけで一日を過ごせるかもしれない。俺は見慣れているので、街並みを確認しながら目的地への道順を頭の中で組み立てていた。


 レオン・ノルディアに関する情報を得るなら、まず話を聞く相手は決まっている。


 帝国第二皇子、ルーカス・ヴァルハイト。


 あいつはレオンと親しい。

 父上から聞いた話では、ルーカスがノルディア領を訪れたのは、北の戦神と呼ばれたグラニウス・ノルディアの弔問がきっかけだったという。あの弔問を通じて、ルーカスとレオンは交友を深めたらしい。


 帝国の皇子と王国の辺境伯。


 立場だけを見れば、簡単に親しくなる組み合わせではない。だが、ルーカスは身分や国境を気にして人と付き合う男ではなかった。気に入れば近づく。気に入らなければ、皇族相手だろうと遠慮なく意見を言う。

 そして、剣の話になると途端に話が長くなる。


 俺は馬車の窓から見える帝城の尖塔に視線を向けた。


 あの城の中に、ルーカスはいるはずだ。


 馬車は帝城へ続く門をくぐり、広い敷地へ入った。帝城は石造りの重厚な建物だ。幾度も増改築を繰り返してきたため、古い部分と新しい部分が混在している。正面の塔は高く、壁面には帝国軍の歴史を刻んだ石碑が埋め込まれていた。


 門番に身分を告げると、すぐに案内の者がやってきた。


「ヒロト様、皇子殿下は訓練場におられます」


「訓練場か」


「はい。先ほどから鍛錬を続けておられるとのことです」


 ……やはりか。


 話を聞くために訓練場へ行くのは、間違いだったかもしれない。

 ルーカスが訓練場にいると分かっていて、そこへ行けば、会話が剣の話に流れるのは目に見えている。

 だが、他に都合のいい機会もない。ルーカスが訓練場にいるなら、情報を聞くにはそこへ行くしかない。


「案内を頼む」


 城内を抜け、訓練場へ向かう。


 廊下の窓から中庭が見えた。手入れの行き届いた庭園には、低く刈られた生垣や石灯籠が置かれている。ヤマト地方の庭園様式を取り入れた一角もあったが、帝城では各地の様式が建物や庭に混ざっていた。

 訓練場が近づくと、木剣のぶつかり合う音が聞こえてきた。


 カンッ、カンッ、と乾いた音が響く。


 掛け声と足音が重なり、時折、見物人から感嘆の声が上がる。訓練場の入口には数人の騎士が立ち、内側では兵士たちが組手や剣の稽古をしていた。


 中央では、陽光を受けて輝く銀色の髪に、翡翠色の瞳をした青年が木剣を振るっていた。

 その眼差しには、鋭さと澄んだ光が宿っている。帝国軍の制服を身にまとった、第二皇子ルーカスだった。


 相手をしている騎士が一歩踏み込む。ルーカスはその攻撃を木剣で受け、押し返すと、相手の足元を払った。騎士は体勢を崩し、背中から地面へ倒れる。


「そこまで!」


 審判役の声が響いた。

 ルーカスは木剣を下ろし、倒れた騎士へ手を差し出す。


「今のは踏み込みが浅かったな。だが、最後まで間合いを詰めたのはよかった」


「ありがとうございます、殿下」


「次はもっと強く打ち込んでこい。俺が受ける」


 ルーカスは汗を拭いながら、周囲を見回した。


 そして、俺を見つける。


「珍しいな、ハルト」


 ルーカスの顔が、ぱっと明るくなった。


 ……嫌な予感がする。


「久しぶりだな、ルーカス」


「帝都に来ていたなら、早く顔を出せばよかっただろう」


「先程、着いたばかりだ」


「そうか。今日の船で来たのか?」


「ああ。港に着いて、そのままここへ来た」


「まずは挨拶に来てくれたわけか。歓迎する」


 ルーカスは手にしていた木剣を騎士へ預けた。鍛錬の途中だったはずだが、俺が来たことで完全に気を取られている。


「ところで、今日はどうしたんだ?」


「ああ。少し聞きたいことがあってな」


「俺にか?」


「ああ。お前にだ」


 ルーカスは、一瞬だけ目を見開いた。

 次の瞬間、口元がにやりと吊り上がる。


「そうか。ついに俺と試合をする気になったか、ハルト」


「違う」


「遠慮するな。お前が俺に用事を持ち込むなんて、剣の話以外にないだろう」


「いくら何でも話を飛躍させすぎだ」


「いや、分かる。お前の目を見ればな」


 全然、分かっていない。

 俺は内心でため息をついた。


「レオン・ノルディアのことを聞きたい」


 そう言うと、ルーカスの笑顔が少しだけ落ち着いた。


「レオンのことか」


「ああ。父上から、お前がノルディアを訪れた際に知り合ったと聞いた」


「グラニウス殿の弔問に行った時だな」


「そうだ」


「そうか。あの時の話を聞きたいのか」


「レオンという男がどういう人間なのか、知っておきたい」


 ルーカスは俺の顔をじっと見た。

 先ほどまでの軽い笑みが消え、何かを見透かすような表情になる。


「そうか……ミコトのことがあったから、聞きに来たのか」


 ルーカスが呆れたように笑った。

 剣術バカのくせに、こういうところだけ妙に鋭い。


「そうだ!! 何が悪い!」


 思わず声が大きくなった。

 ルーカスの眉がぴくりと動く。


「……お前、今なんと言った?」


「え?」


「俺をバカと言ったな」


 しまった。


 心の中で呼んでいたはずのあだ名が、うっかり口から出ていたらしい。


「やべっ、ルーカス殿下」


「今さら名前を呼んでも遅いぞ、ハルト」


 ルーカスは、待ってましたと言わんばかりに木剣を手に取った。


「情報が欲しいんだろう? なら条件だ。俺と一戦やれ」


「いや、俺は情報を聞きに来ただけで――」


「俺をバカ呼ばわりした罰も込みだ」


 剣術バカのくせに、こういう時だけ話が早い。


「……分かった。一本だけだぞ」


「よし。そうこなくてはな!」


 ルーカスの顔が、ぱっと明るくなる。


 しまった。情報を聞きに来たはずなのに、いつの間にか試合をすることになっていた。

 まあいい。

 一戦だけ、軽く相手をしてやれば済む話だ。


 俺はため息をつき、訓練場の隅に置かれていた木剣を手に取った。


「さっさと構えて打ってこい、剣カス殿下」


「俺の名はルーカスだ!!」


 訓練場に、ルーカスの声が響き渡った。

 周囲の兵士たちが一斉にこちらを見る。


「殿下とスルガ家のヒロト様が試合をするぞ」


「本当か?」


「まさか、今まで一度も立ち合ったことがなかったあの二人が?」


 ざわめきが広がる。

 その反応に、俺は少しだけ眉を寄せた。


 ルーカスとは幼い頃から何度も顔を合わせている。帝都で会えば、いつも試合を申し込まれていた。だが、俺たちは一度も試合をしたことがない。


 理由は簡単だ。

 俺が断り続けていたからだ。


 ルーカスは、昔から剣を振るうことが好きだった。相手が強ければ強いほど喜び、勝っても負けても、次の試合を求めてくる。

 何度も試合を申し込まれたが、そのたびに断ってきた。

 だから、これまで一度も試合をしていない。

 それなのに今、こうして木剣を手にしている。

 ……情報を聞くためだったはずなのだが。


「ルールはどうする?」


 ルーカスが尋ねる。


「帝国式でいい。木剣を使って、魔術もあり。先に有効打を入れた方が勝ちだ」


「分かった。お前も魔術を使えよ」


「必要ならな」


「ふっ。言ったな」


 ルーカスの翡翠色の瞳が、鋭く輝いた。

 俺たちは訓練場の中央へ進んだ。


 周囲の兵士たちは稽古を止め、見物に集まってくる。皇子の試合というだけでも珍しいのに、相手が「建国の英雄ハルトの再来」と呼ばれるスルガ家の嫡男なら、注目されないはずがない。


 俺は木剣の重さを確かめるように、手の中で軽く回した。

 手に馴染む。問題はない。


 ルーカスは正面に立ち、肩を回してから木剣を構えた。

 その姿勢を見て、俺は少しだけ目を細めた。


 遊び半分で構えているわけではない。目の前の相手を見据え、足を置く位置を定め、いつでも踏み込めるように身体を整えている。構えに無駄がなく、木剣の切っ先は俺の動きを正確に捉えていた。


 さすがは帝国の剣と呼ばれる男だ。

 剣に関してだけなら、確かに優れた才能を持っている。


「どうした、ハルト。まだ構えないのか?」


「少し見ていただけだ」


「見ているだけで勝てると思うなよ」


「そんなことは思っていない」


 俺も木剣を構える。


 ヤマト地方で学んだ剣術には、抜刀を基本とする型が多い。俺は刀を腰に差しているが、今は木剣による打ち合いだ。構えも間合いも、いつもの刀とは違う。

 それでも、剣の扱いに変わりはない。


 帝国式の試合では魔術を使う。それは知っている。相手が魔術を使うなら、こちらも使う。剣と魔術を組み合わせて戦うのが、この国の剣士たちの流儀だ。


 だが、俺は魔術を使うつもりはなかった。

 まずは剣だけで十分だ。


 互いに正面を向き、距離を測る。

 訓練場のざわめきが少しずつ遠のいていった。


「始め!」


 審判役の声が響いた。

 その瞬間、ルーカスの身体を淡い緑色の魔力が包み込んだ。


 風属性の身体強化。


 風の魔力が脚へ集まり、筋力と瞬発力を大きく引き上げる。ルーカスは地面を蹴った。


 速い。


 木剣が右上段から振り下ろされる。

 俺は半歩だけ横へずれた。木剣が肩口をかすめ、空を切る。


 そのままルーカスは身体を捻り、左から薙ぎ払った。

 俺は木剣を添えるようにして軌道を逸らす。激しく打ち合う必要はない。受け止めず、流す。それだけでルーカスの木剣は俺の脇を通り過ぎた。


「避けるだけか、ハルト!」


「まだ始まったばかりだろう」


 ルーカスは笑い、さらに風の魔力を強めた。

 踏み込みが速くなる。上段、横薙ぎ、突き。休みなく繰り出される連撃が、次々と俺へ迫った。

 木剣同士が打ち合う音が、訓練場に響き渡る。


 ガキィンッ。ガキィンッ。


 俺は攻撃を見極め、必要な分だけ剣を合わせる。すべてを受け止めようとすれば、ルーカスの勢いに押し切られる。だから、剣先をずらし、身体をかわし、相手の力を流していく。


 ルーカスの攻撃には速さだけでなく、重さもあった。風の魔力で加速した身体が、その勢いを木剣へ乗せている。一撃をまともに受ければ、腕ごと押し切られるだろう。


 だが、剣筋は見える。

 俺は最小限の動きで攻撃をかわし、受け流し、足を運ぶ。木剣をぶつけるのは、必要な時だけだった。

 ルーカスが踏み込むたび、俺は半歩ずつ位置を変える。


 右へ。左へ。時には前へ。


 速さで追いつこうとはしない。攻撃の軌道を読み、次の一撃が届く場所から身体を外す。

 見物していた兵士の一人が、思わず呟いた。


「魔法を使わずに、あの速度を見切っているのか……」


 周囲の兵士たちも息を呑んでいる。

 もちろん、俺は魔法を使っていない。

 木剣を握り、相手の動きを見ているだけだ。


 ルーカスの剣が上から迫る。

 俺は木剣を傾けた。刃筋を受け流すと同時に、ルーカスの懐へ一歩踏み込む。

 ルーカスはすぐに反応し、風をまとった木剣を横へ振った。

 俺は身を屈めてかわし、そのまま横へ回る。


「そこか!」


 ルーカスが振り返る。

 だが、俺はすでに間合いの外へ出ていた。

 ルーカスの目に、驚きと興奮が浮かぶ。


「いいぞ、ハルト! もっと来い!」


「俺は攻めているつもりなんだがな」


「なら、もっと強く打ち込んでこい!」


「注文の多い剣カスだな」


「ルーカスだ!!」


 声と同時に、ルーカスが再び踏み込んだ。

 先ほどよりも速い。風の魔力が身体の周囲で渦を巻き、木剣を振るうたびに空気が唸る。


 正面から受ければ、押し切られる。

 俺は木剣を構えたまま、動かなかった。

 ルーカスの木剣が、俺の肩を狙って振り下ろされる。


 その瞬間、俺は一歩だけ前へ出た。

 剣をかわしながら、ルーカスの手元へ木剣を滑らせる。力で弾き返すのではない。振り下ろされる勢いを利用して、握りの近くへ打ち込んだ。


 乾いた音が鳴った。

 ルーカスの手から木剣が弾き飛ばされ、宙を舞う。

 木剣は訓練場の端まで転がっていった。


 俺の木剣は、ルーカスの喉元の手前で止まっていた。


「そこまで!」


 審判役の声が響く。

 訓練場が静まり返った。

 ルーカスは自分の手を見て、それから床に転がった木剣へ目を向ける。


「勝者、ヒロト様!」


 審判役の宣言で、ようやく周囲からどよめきが起きた。

 俺は木剣を下ろす。


「一本だけと言っただろう」


「今のは、まだ一本目だ!」


「試合は終わりだ」


「もう一本だ、ハルト!」


「断る」


「待て! 今のは準備運動だ!」


「剣カス殿下、約束ぐらい守れ」


「俺の名はルーカスだ!!」


 圧勝したはずなのに、試合を終わらせる方が大変だった。

 ルーカスは床に転がった木剣を拾い上げ、悔しそうにしながらも、どこか楽しげに笑っていた。


「まさか、魔術なしであそこまでやるとはな」


「お前が魔術を使うのは分かっていた。避けられないほどではなかっただけだ」


「次は当てる」


「次があるとは言っていない」


「今度こそ勝つぞ、ハルト」


「聞いているのか?」


 ルーカスは聞いていない。

 試合に負けたばかりだというのに、もう次の勝負のことを考えているらしい。まったく、剣術バカという言葉がこれほど似合う男もいない。


 ようやくルーカスが木剣を置くと、俺は改めて尋ねた。


「それで、レオンって奴の話を聞かせてくれ」


「ああ。そうだったな」


 ルーカスは訓練場の端にある水差しを取り、杯へ水を注いだ。俺にも一杯差し出してくる。


「まず、レオンとはグラニウス殿の弔問で知り合った」


「父上から聞いた」


「弔問の席で、あいつは領地のことや北の戦神のことを話してくれた。悲しみを隠しているわけじゃなかった。だが、悲しみに沈んで何もできなくなっているわけでもなかった」


「若くして家を継いだと聞いている」


「ああ。十二歳で家を継いだと聞いた。普通なら、周りに支えられるだけでも精一杯だろう。だが、あいつは自分が何をすべきか考えていた。領地のことをよく見ていたし、必要なものを見極めるのも早かった」


「どんな人間だった?」


「年齢の割に落ち着いている。だが、ただ大人びているだけじゃない。人の話をよく聞くし、自分が知らないことは素直に尋ねる。かと思えば、譲れないところでは一歩も引かない」


 ルーカスは水を飲み、言葉を続けた。


「北の戦神を失った後のノルディア領を、どう立て直すか。あいつはそのことばかり考えていた。領民の暮らしを守るために何をするべきか、兵をどう動かすべきか、金をどこに使うべきか。弔問に行った俺にまで、いくつも質問してきた」


「皇子を相手にか」


「相手が誰かは関係ないんだろう。必要なら聞くし、納得できなければ意見も言う。そういう男だ」


 レオン・ノルディア。


 報告書に書かれていた人物像と、ルーカスの話が重なる。

 若いが、頭が切れる。領地のことを考え、必要なものを見抜く。周囲に流されず、自分で判断する。

 確かに、妹が興味を持つのも理解できなくはない。


 ただ、それはそれとして、俺は確認しなければならないことがあった。


「ミコトの求婚を断った理由は知っているか?」


 ルーカスは少し考えた。


「理由までは知らない。この前、兄貴と一緒にノルディアへ行った時に、俺から一度聞いた事がある」


「何を?」


「エミルという教国の聖騎士を娶るつもりなのか、と」


 俺はわずかに眉を動かした。


「それで、レオンは何と?」


「『今はそういうことは考えてないんだ』と言っていた」


 ルーカスは腕を組み、少し考えるように視線を落とした。


「ただ、あの時のあいつは、誰かのことを考えているように見えた。だから、心に決めた相手でもいるんじゃないかと思ったんだ」


「本人から聞いたわけではないんだな」


「ああ。俺の勘だ。レオンが何を考えているのかまでは知らない」


「お前の勘か……当てにならないな」


「なんだと?」


 ルーカスが眉をひそめた。


「本人から聞いていないなら、まだ何も分かっていないのと同じだろう」


「まあ、そう言われればそうだな」


 ルーカスはあっさり認めた。


「だが、レオンが何かを隠しているというより、本人の中でもまだ整理できていないように見えた。あいつは、エミルを娶るかどうかを考えるより、他に優先すべきことがあるんじゃないか」


「それが何かは分からない、と」


「そういうことだ」


 俺は杯の水を飲んだ。

 エミルという教国の聖騎士を娶るつもりはない。けれど、心に決めた相手がいるのかどうかも分からない。

 結局、本人に会って聞くしかないらしい。


 ルーカスの勘が当てにならないのは、今さら確認するまでもなかった。


「それで、俺に何を聞きたかったんだ?」


「レオンがどういう男か、実際に会ったお前の目から聞きたかった」


「俺の目から見ても、先ほど話した通りだ。頭が切れて、責任感が強い。あの若さで領地を任されているのに、周りへ責任を押しつけない」


「剣の腕は?」


「それは本人に聞いた方が早い」


「そうか」


「気になるなら、会いに行けばいい」


「そのつもりだ」


 そう答えると、ルーカスは俺の顔を覗き込んだ。


「本当に、ミコトのためか?」


「当然だ」


「ほかに理由は?」


「ない」


「……そうか」


 ルーカスは、何かを言いたそうに口を開きかけたが、結局何も言わなかった。

 レオンがどんな男なのかは、少し分かった。


 頭の回転が速く、領地を大事にする。エミルを娶るつもりはなく、誰かを思い浮かべているようにも見える。だが、ルーカスの勘だけでは、それがミコトの求婚を断った理由なのかどうかも分からない。

 ならば、あとは実際に会って確かめるだけだ。


「レオンは今、ノルディア領にいるのか?」


「多分いるはずだ。だが、あいつの予定までは分からない」


「十分だ」


「もう行くのか?」


「ああ。船の荷物を受け取って、旅の準備をする」


「レオンに会いに行くんだな」


「そうだ」


「俺も一緒に行こうか?」


「いや、必要ない」


「そうか」


 ルーカスは少し残念そうにした。


「レオンに会ったら言っておいてくれ、いつかまた試合をしよう、と」


「そのレオンが生きていたらな」


「殺すつもりなのか?」


「殺しはしない……多分」


「妹の事になれば、周りが見えなくなるのは悪い癖だぞ?」


「お前に言われたくない。剣カス殿下」


「ルーカスだ!」


「冗談だ」


 ルーカス満足したのか少し笑った。


 俺も訓練場を出る。


 訓練場の外では、帝都の騒がしさが変わらず続いていた。城壁の向こうには、石畳の道と色とりどりの屋根が広がっている。人々はそれぞれの暮らしを送り、商人たちは品を売り、兵士たちは街を巡回していた。


 見慣れた帝都の風景だ。


 だが、今から向かう先には、まだ会ったことのない男がいる。

 ミコトが想いを寄せ、求婚し、断られた相手。


 レオン・ノルディア。


 ルーカスの話を聞く限り、確かに優れた人物なのだろう。だが、妹の兄としては、会ってみなければ判断できない。

 

俺は訓練場を出ると、帝都の乗り合い馬車乗り場へ向かった。


 ノルディア領へ向かう馬車の出発時刻を確かめ、空いている席を一つ買う。


 家の馬車を使えば、父上に行き先を知られるかもしれない。従者も連れていないのだから、乗り合い馬車で十分だ。


 俺は荷物を手に、出発を待つ馬車へ乗り込んだ。

 まずはノルディア領へ向かい、レオン・ノルディア本人に会う。

 ミコトの求婚を断った理由を、この目で確かめるために。

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