聖女となる者
ローディア大陸の中心地、王都エルディオンで祭りが開かれていた。
年に一度の建国祭であり、華にあふれた都市がより一層美しく活気づいている。
大通りは人々で溢れかえり、活気と笑顔に包まれていた。
しかし誰もが幸福に浸っていたわけではない。今日という日を悲しみと共に迎えた者もいる。
聖エルディオン教会の裏手、多くの偉人が眠る広大な墓場の中に、小さな集いがあった。
誰もが黒く質素な衣装に身を包んでいる。ほとんどの人は瞳に涙を浮かべて、悲しみを露わにしていた。
二人の男女だったそれは、すでに骨だけとなり小箱に納められている。
エルディオン聖教では、火葬した骨を墓に入れて祈りを捧げることで、死者が安らかに天国へと向かうと教えられている。
二つの墓に小箱が入れられ、そっと閉じられていった。
それらの一部始終をずっと見守っていた少女がいる。
空のように澄みきった青い髪と、黄金の瞳。それらは少女が他の誰とも違う、天から与えられし特別な存在である証拠だった。
彼女はまだ幼い身でありながら、すでに両親と死別した。深い悲しみと共に葬式は進行していく。
「ルーシア、ご両親にお別れをなさい」
年長のシスターが少女に優しく声をかけた。
ルーシアと呼ばれた少女は、ただ茫然としているばかりだったが、シスターに促されて前に出ると、大好きだった両親に祈りを捧げた。
それは九歳の少女にしては洗練された姿である。跪くその姿には偶然にも陽光が注がれ輝きに満ちていた。
だがその小さな肩は、必死に震えを抑えている。じっとしているだけでまぶたから涙がこぼれ落ちる。
それでもルーシアは決められたとおりに、求められた手順を守り、葬式を無事に終わらせた。
これまで、親しい人の死を経験したことのないルーシアにとって、ここ数日の経験は忘れ得ぬ辛いもの。
しかしルーシアに、悲しみに暮れている暇はない。
式が終わり関係者達が大教会へと戻ったところで、教皇が直々にルーシアにこう告げた。
「ルーシアよ。君が今、辛く悲しい胸中にいることは、私達の誰もが分かっている。心から同情しているよ。
でもね、君には明日からすぐに、エルディオン聖教会の聖女候補として、国を周り、世界を周ってもらわねばならぬ。
そしてエルディオンに帰った暁には、聖女となる最後の試練を受けてもらわねばならない。これは今、この時代において君の才能と力が必要だからなのだ。そして、急がねばならない事情がある」
聖女とは、あらゆる魔法に存在する属性の一つ、聖属性魔法を極める素質を持ち、かつ神の教えを従順に従う淑女にのみ与えられる呼び名である。
まだ幼いルーシアには、聖女としての素質が認められていた。そして、彼女の素質を国が求めてやまない現状があった。
教皇は静かに振り向き、テラスを見上げた。
「王都を新たな災いが覆っておる。それは日増しに強く、経験したこともないほどの地獄を人々に与えるやも知れぬ。我らエルディオンの司教達は、この危機が十年……いや、七年以内には訪れると予知している」
エルディオンの聖者達……立場だけではなく強い魔力と信仰心を持つごく一部の存在は、古くから予言の力を有していた。
それらは多くの場合的中する。しかしながら、予言は日が迫らない限り薄ぼんやりとした情報しかもたらさず、備えを得ることが難しい。
そうした予言に対し、批判の声が上がることもある。時代によっては国王自らが軽視した姿勢を見せたこともあった。
だが時代が流れるにつれ、事例と予言の一致が実証されるようになると、人々の多くは彼らを信頼するようになる。
「恐らく、この危機を乗り越えるためには、幾つもの力と協力がいるであろう。だが、最も必要なのはルーシア……君だ。司教達のそれぞれの予言において、君が鍵となることが一致している。まだ目覚めていない聖女としての未知なる力。急がねばならぬ、分かってくれるね」
「はい、司教さま」
ルーシアは精一杯の返事をした。
心の中にある悲しみを、どうにかして抑えようと必死になっている。
彼女はこの後、教皇が命じたとおりに旅をすることになる。多くのエルディオンの騎士、シスターや関係者に連れられて。
長い長い勉学と鍛錬、そして信仰心を磨くために。
ルーシアは教会から出た後、やはり耐えられずに泣いた。親を失った衝撃を乗り越える間もなく、旅は始まってしまう。
◇
エルディオンの建国祭は、国民にとってはただ楽しむ日である。
だが行商人にとってはひたすらに儲けを追求する勝負の日であり、貴族達にとっては、新たな人脈を得るための重要な機会であった。
祭りが進むとパレードが行われ、王族の馬車が通りを闊歩していく。
人々が声援を上げる中、たった一人だけ不機嫌な顔でパレードを眺めている男がいた。
褐色の肌と長身に程よくついた筋肉。髪は短く、まだ若いが少しだけ髭を蓄えている。
王族の行進が過ぎ去った後、男はため息を漏らしながら裏通りへと消えていった。
慣れた足で裏通りをいくつも抜けていき、幾つもの地区を超えてゆく。
パレードから五日ほど経って、やがて冒険者達がこぞって探索を試みる【天竜の遺跡】へと辿り着いた。
かつて世界には、天竜という巨大な神をも殺す竜が存在したという。しかし、誰もが本当に目にしたわけではない。ローディアに伝わる神話である。
千年もの昔、神々と竜とのあいだで戦争が巻き起こり、神々は瀕死になりつつもどうにか天竜と呼ばれる存在を封印した。
そして空高く浮かぶ大きな島に、竜を封印せしめたという。
だが、百年のうちに封印は解かれ、竜は島の中で暴れ回り、やがて島は空から地上へと落とされてしまった。
竜は大地に叩きつけられ息絶えたが、島は崩壊し住んでいた人々や神もまた亡くなったという。
王都の南地区に存在する巨大な遺跡は、かくも壮大な逸話で彩られていた。
「大袈裟すぎるぜ。お前はよ」
だが、褐色の肌をした短髪の男は、これらの神話など嘘っぱちだと決めてかかっている。
特に嘘だと思っているのは、神話に書かれた下記のくだりである。
遺跡の奥には魔物が無限に湧き、同様に無限の宝が眠るという。それは天の竜が闇に落ちたことで、聖と邪を撒き散らすことにより産まれ続けている。
「たまたま、この奥に魔物の巣があったってだけさ。それもうんざりするほど長い間、必死に蓄えていたんだろう」
男はたった一人そう呟くと、もう興味を失ったとばかりにまた歩き出した。
冒険者達が元気な声をあげて、遺跡に潜っていく姿を横目にしながら。
彼はまたも、休み休み歩き続けた。さらに三日して、ある場所にたどり着く。
とある街中の裏通りに入り、路地裏の隠し階段から地下へと降りた。
薄暗い部屋の中で、小さく笑う影に話しかける。
「遅くなって悪ぃ。次の仕事はなんだ?」
「……アルバレスさん。まずは遅れた理由を伝えていただけますか」
暗い室内に若い男の声が響く。
アルバレスと呼ばれた長身褐色の男は、面倒そうに吐き捨てた。
「半刻の遅れくらい大目にみろ。相応の仕事は済ませたろ。息抜きに祭りを楽しんだだけだ」
「えらく余裕があるのですね」
「まだやらせたい仕事があるんだろ。とっとと言え」
暗がりの中で、男は小さく笑う。それがガーランドを苛立たせる。
「では次の仕事のご相談ですが、日程はしばらく後です。もしかしたら、随分と先になるかもしれません。他の連中がしくじりさえしなければ、貴方の出番は当分ありません」
「どういうことだ?」
「すぐ分かりますよ。それよりこれ、なかなかだと思いません?」
男の説明はアルバレスにとって足りなかったが、それ以上の追求はしない。
「いつ見ても、気味が悪い魔道具だ。反吐が出るぜ」
暗がりに目が慣れてきたところで、地下室の異様な光景が徐々に明らかになってくる。
幾つもの卵形のカプセルが縦横に規則正しく並べられていた。そこには液体がいっぱいに入っており、中に何かが閉じ込められている。
「でも、この研究は必要なものです。最近大陸に現れつつある、魔王の使いに対抗するには、時には倫理に縛られぬ行動が必要なんですよ」
近年、時として異常に大きな魔物の個体が目撃されることが続いていた。
彼らは本来の魔物よりもずっと強力かつ凶悪になり、たった一匹に千を超える人々が殺される場合もある。
それらの大型の魔物は、いつしか魔王の使いと呼ばれ恐れられるようになった。
名前は元々別大陸で流行っていた名称が、ローディア大陸に流れてきたものである。今や世界中で可及的速やかな対応を求められている。
「それに……貴方が一番この研究をご理解されているはずでは?」
「うるせえ。用があったら呼べよ」
男はまた小さく笑った。
アルバレスはその笑いに苛立ちつつも、過度に怒る真似はしなかった。
男は仕事の詳細は後々ちゃんと伝えてきた。今回も同じはずだ。彼には仕事が必要であった。
アルバレスは陰気臭い地下室から出て、その時を待つことにした。自らが殺す対象が決まる、その時を。




