夢
「じゃあ何でも分かるんだね。イリスって凄いなぁ」
夢中になっているパメラは、もうイリスから目が離せない。
「ねー。エルディオンにはさ、劇場っていうのがいくつもあるんでしょ? それについて聞いてもらえる?」
「ああ、劇場ね。分かった」
サンドイッチの恩もあり、劇場のことについて質問してみたところ、こんな返事が秒で返ってくる。
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エルディオンには劇場が15軒あり、今年の冬にはもう1軒作られる予定です。
最も大きな劇場は、富裕層地区にあるキャラウェイ劇場で、王族や貴族がこぞって通うほど栄えています。
数年に一度、歴史に残る大女優が登場する舞台として有名で、演者志望者、歌手志望者にとって夢の舞台とされています。
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「キャラウェイ劇場!? 素敵!」
回答を読み聞かせてやると、パメラはすっかり興奮していた。
「エルディオンってさ、夜も街中がキラキラしてるらしいよ。それでね、街の中心に行くほど宮殿みたいなお家が沢山あって、みんなが劇場に遊びに行くの。劇場はいつも夜中まで開いてて、そこに出演する女優はお姫さまみたいなんだって」
「へえー、詳しいんだな」
パメラは俺よりも王都のことを知っていた。旅行帰りの村人に、よく話を聞いていたらしい。
「うん。あの、実はね……あたしにも秘密があるんだ。リザンの秘密を知っちゃったし、あたしも教えるね」
「どんな秘密?」
俺は乗り気になって質問した。すると、珍しく男勝りな友達は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「実はさ、あたし女優になりたいんだ。エルディオンの劇場で」
「……ふーん」
「え? なんか反応薄くなーい?」
「いや、そんなことないけど」
「薄いよー。もっと驚いてよぉ」
その後は、どうしてパメラがエルディオンの劇に憧れたか。きっかけを聞かせてもらった。
「二年くらい前なの。ファーガソンに遠方から劇団員の人達が来てくれたことがあったんだよ。そこで劇を観せてもらったんだ。とっても素敵で、感動的で、あたし将来は絶対女優になるって決めたの」
ここまで熱く語っているパメラの姿を見たのは初めてだった。俺は彼女の夢が叶えばいいなとは思っていたが、現実は厳しいことも知っている。
だってああいう場所って、競争率がきっと高いだろうし、才能も必要だと思ったから。
俺から見て、パメラは普通の村娘だった。今は少年みたいな感じだけど、成長すると普通の女性になっていくはずだ。
きっと、そんな夢を持っていたなー……なんて思う日が来るのだろう。
前世の若かった俺みたいに、現実を知って変わっていくのだろうと思っていた。
そういえば、パメラの話に熱が入ってきたところで、不意に背後から声がしたことも覚えている。
あまり気分の良い思い出ではない。
「パメラ! こんな所にいたのかい。さっさとこっちに来なさい!」
キツイ声を浴びせてきたのは、パメラのお母さんだ。美人だがどこか怒りっぽい人で、正直俺のほうがビクッとなった。
「あ、リザン。ごめんね、今日は帰るね」
「ああ。凄く助かったよ、ありがとう」
「うん。じゃあ、またね……あ、それから」
すっと耳元に顔を寄せて、パメラは囁いた。
「さっきの話、内緒だからね?」
「大丈夫だって。俺のほうも秘密な」
「うん」
「パメラ! さっさとおし!」
おばさんの声に鋭さが増して、パメラは慌てて走っていった。
途中、振り向きざまに手を振ったので、俺も同じように返すと、彼女は笑っていた。
でも帰り際、おばさんが「あんな子とは遊ぶなと、いつも言ってるでしょ」という声が聞こえてきて、ちょっと落ち込んでしまう。
やはり俺は、関わってはいけない人という判定をされている。
不服に思いつつも、環境的にどうしようもない。ポールが真人間になってくれたら少しは変わるのだろうか。
それとも、俺自身がいろいろと村の中で働くことで評判が上がっていくのだろうか。
しかし人からの評判というのは、往々にして当てにならないし変わらない。嘆息しつつ木陰から立ち上がった俺は、残った時間をどう過ごそうか迷っていた。
家に帰ってポールがいれば、まず気分の良いことにはならない。あそこは俺にとって居場所とは言えない。
それに余った時間に、もう少しAIイリスに触れていたい。誰にも邪魔されずに。
「研究できる場所、ないかな」
そう考え、これまで行ったことのない所へ向かうことにした。
魔法や世界の勉強に没頭したい俺にとって、集中できる環境が必要だ。だから多少は危ないかもしれないが、村の外れ辺りに良い場所がないか探してみる。
格好良く言えば、居場所を探していた。子供っぽく言うならば、秘密基地を作れないかなぁ、なんて考えである。
いいなぁ、秘密基地。その名前だけで妙にワクワクしてくる。
前世ではおっさん直前だったが、転生したことで、やはり今の年齢に魂が引っ張られているような気がした。
俺は前世では、大人になるにつれて心が冷めていき、徐々に無感動になっていった。
それはきっと、生きていく上で必要な成長だったかもしれないが、恐らくは社会人生活でストレスと傷心が続き、心がゆっくりと死に向かっていたのではないかと思う。
前世では虚しい終わりとなったが、今世ならあるいは……もっと幸せになれるかもしれない。
その為には今のうちから努力をするべきだ。そう考えるようになってから、徐々にだが冷えた心に熱い火が灯っていった。
気がつけば早足になり、目的の場所にはすぐに到着していた。ファーガソンの北に広がる小さな森だ。
この森をずっと突き進んだ先に山がいくつもあり、その向こうには魔物がひしめいているという噂だった。
ただここ数年、遠くにいるはずの魔物が人里にやってきて襲いかかってくる、という事件が後を絶たないらしい。
五年ほど前、王都からやってきたドワーフ達がファーガソンの周囲を柵でぐるりと囲み、安全性を高めるよう対策を行なった。
俺がやってきた小さな森は、もちろん柵の内側に位置している。木で作られた柵は大人でも超えられない高さだ。
村人達がここに、ちょっとした公園を作ろうと計画していた時期があった。でも作業はずっと止まっている。木で作られたテーブルと椅子があるだけ。
そこは距離的にも近く、俺の家からは十分程度だ。途中誰にも会うこともなく、あっさりと森の中に入ることができた。
村の外が近いせいか、特に人が寄りつかない場所だ。なので秘密の場所としては適任である。
木々に包まれた場所を進むと、やがて開けた場所に出た。そこは柵の目の前であり、近くに大きな岩がある以外には何もありはしなかった。
この岩は大きくて、周囲には草や木が生えていない。魔法の練習にはちょうど良い気がする。
木々をナイフとかで切って、練習用の道具を作ることもできそうだ。
近くには民家もなく、この辺で遊んでいる子供達もいない。俺にとっては実にちょうど良い秘密基地になってくれそう。
それからというもの、俺はこの柵の側にある小さな森に幾度となく通い詰めることになる。
俺がそれなりに魔法を使えるようになったのは、勿論AIイリスの手伝いがあってこそだった。
それがなければ無知なまま、魔法を覚えることさえなかったろう。
でも、この秘密基地での地道な魔法練習も大きな要因だったことは間違いない。




