王都への道
誘拐未遂事件が起きた翌日のこと。
早朝からゴルゾー達は村人に見送られ、エルディオンへ幌馬車で向かうことになった。
馬車には逮捕者を除いて五名が乗り込んでいる。
全員が万が一に備えて武器を携帯していた。ファーガソンの村では、ゴルゾー以外は村長が許した場合のみ、武器を借りることが可能であった。
草原を乗り越えて、長い長い森の中へ進む。周囲は霧に包まれ、視界が良好とはいえない。
ゴルゾーは馬の手綱や周囲の警戒は他の者に任せ、拘束された三人をまじまじと見つめていた。
「お主らがどこの誰で、一体何を企んでいたか。エルディオンに到着する前には、一切合切語り尽くすことになるであろう。今から覚悟しておくことよの」
傭兵として長く世を生き抜いてきた男は、人には歓迎されない過去もある。
拷問をして情報を抜き出すなどということは、彼にとって初めてではなかった。
ゴルゾーはファーガソンに落ち着く以前は、傭兵として各地を転々としていた。大抵は魔物との戦いであり、冒険者とそれほどの違いはない。
ただ一つ違う点と言えば、黒い素性を持つ者からの依頼であっても、彼は積極的に請け負っていたことだ。
仕事の中には、拷問や人殺しも含まれる。ゴルゾーの五十年あまりの人生には、人に言えない過去が無数に眠っていた。
もしエルディオンに辿り着く前に、犯人から今回の動機や一部始終を聞き出すことができれば、憲兵達の手間すら省くこととなり、自身が有能であると一層の主張ができるはず。
そういった狙いから、ゴルゾーはこの道中において、過剰なまでに捕縛した三人への拷問を行うことになる。
殴る蹴るを繰り返し、時にはナイフで耳を削ぎ、縛ったまま川に落とすといったことも、平然と行い続けた。
拷問は決まって馬車を止め、休憩となった際に始まる。ゴルゾーの手伝いは二名ずつ交代で行われ、彼らにしてみれば休みとは言えなかった。
普段暴力的なポールですら吐き気を催すほど、苛烈な拷問は続けられ、とうとう黒装束の男達は我慢の限界を迎えた。
ファーガソンを出て一週間が過ぎた頃、彼らは洗いざらいを吐き切ってしまう。実は黒装束の男達は、盗賊ギルドと呼ばれる裏社会からの回し者であった。
ギルドはエルディオンのスラム地区に存在し、依頼主の素性は不明だ。
ギルド自体も、実際にエルディオンに連れていかなくては分からない。
結局は謎のままだったが、情報を抜き出せただけで、ゴルゾーは大いに満足していた。勝ち誇った顔で、絶望に顔を歪めた三名にこう言い放っている。
「軟弱者よのう。まだまだ長い道のり、これからというところだったのにな」
ゴルゾーは高笑いしながら、子分同然の村人達から注がれた酒を飲み干していた。
そして出発から二週間が経過した。森を抜け山を越え、もう一度草原が見えてきた頃である。
二頭の馬はまだまだ元気で、ゴルゾーを含む五人にも疲れは見えていない。
森では何度か魔物と出会したが、村唯一の傭兵が中心となり、あっという間に切り伏せていた。
黒装束の男達三人は、徹底的な監視下に置かれている。縄を解くのは用を足す時だけ。
一度に二名以上縄を解かれることはなく、もう一度縄で縛る時にはゴルゾーが必ず確認していた。
この調子でいけば、辛く長い旅を乗り越えることができるはず。
誰もが気にしていたのは、旅を乗り越えエルディオンにたどり着いた後、どんな褒美が待っているかであった。
道中でゴルゾーに最も忠実だったポールは、彼の機嫌を伺いながらこう尋ねている。
夜に酒を飲み交わしている時のことだ。
「ゴルゾー様、俺達は実際のところ……どのくらいの褒美にあやかれるんでしょうねえ。俺としちゃあ現金が一番嬉しいんだけども」
エルディオンの表彰という文化については、実のところ誰もが噂で聞いている程度でしかない。
村では詳しいとされるのは村長かゴルゾーくらいという話だったが、この旅路でも具体的な説明はなかった。
そろそろしっかりと、どのような報酬が貰える見込みかを聞いておきたかったのだ。
これまでゴルゾーはのらりくらりと明確な回答を避けていた。なぜかというと、理由は二つある。
一つは、彼自身もあまり詳しくないという単純な理由である。
実際、確実にもらえる報酬の額については、エルディオンの広場に紙が掲載されている。
ただ、あくまでざっくりとした報酬額についてであり、細かく定めるのは国だった。
金貨何枚、銀貨何枚といった細かい報酬額は、実際のところ報告しなくては分からない。
もう一つの理由についても、実は簡単だ。
できれば自身の懐に、多くの金を入れたいという下心から、大体の金額すら伝えたくなかったのである。
ゴルゾーはポールに内心苛立ちつつ、困惑した顔でこう返した。
「それがのお、奴らの出自を知るなり、いっそうお上の判断をややこしくさせる気がしてな。何しろ末端も末端であろう。しかし犯そうとした罪は大概なものじゃ。こうなるとほれ、振れ幅というものが随分大きくてな」
その後もポールは理解を示しつつ、どうにか食い下がるように褒美について尋ね続けた。
しかしゴルゾーは明言を避けて適当な話を続けるのみ。
子供相手にはいくらでも強気になれた男は、村の権力者にはまるで子犬のようであった。
他の村人達もまた、ポールと同じように、ゴルゾーに従う以外に選択肢がない。
彼らはみな、いつの間にか村に住み着いた王様気取りの男に、傀儡の如く操られている。
しかし村人達はまだ良かった。黒装束の男達に至っては、廃人一歩手前まで追い詰められている。
ゴルゾーはせっかく捕まえた犯人達を、生かさず殺さず王都まで送り届けるつもりでいる。
三人ともに目が虚になっており、恐らくこの旅が終われば長くは持たないのではないか。
村人達は誰しもそう思っていたし、ゴルゾーのことをより恐れるようになっていた。
だから、少しでも機嫌を損ねることを何よりも恐れた。結局ポールを含め、村人達ははっきりとした情報を持たないまま馬車に揺られていく。
王都まで、あと二週間程度の辛抱となるはずであった。
だが不幸はいつでも突然訪れるもの。彼らの人生を激変させる存在は、何食わぬ顔ですぐ近くまで迫っていた。
一夜明けて、フィーの森と呼ばれる広大な森を抜けた時のこと。空は鮮やかに晴れ渡っていた。
朝方の美しい景色も後押しとなり、一行の心には余裕が生まれていた。彼らの前に招かれざる客が現れたのも、まさにその時である。
切り立った崖の上から一人の男が見下ろしている。魔道具により速足に磨きがかかる馬でさえ、彼にとっては問題にならない。
黒い衣装に身を包み、顔は奇妙な道化師の面で隠している。
一目で怪しい見なりであった。一部の肌や腕は露出しており、逞しい筋肉は褐色に染まっている。
彼は風呂にでも入るかのように、弛緩しきった様子でその身を投げ出した。まるで吸い寄せられるかのように、幌馬車へと落ちてゆく。
一行の旅路が、嵐の如く乱れたのは間もなくのことであった。




