銀の猛獣
「え? 壁? 壁に何かあるの?」
パメラがゴーレムから降りて、こちらに注目している。
しばらく探し続けた末、俺は一つの壁に気になるもの見つけていた。
というのも、なんとこの壁付近を撮影してイリスに見せたところ、奥の方にメタルビーストの微細胞がうっすら表示されたからだ。
さっきまで探索した時は、この奥に通路は見つからなかった。
もしかしたら隠し通路がある?
そう予想し壁を触っていた時のこと。
「……あれ」
壁に触れながら歩いてみると、少しのあいだ何もない空間があった。だが見たところは壁が続いている。
俺は不審に思い、手応えのない壁に手を伸ばしてみる。
やはり何の感触もなく、二の腕まで壁にめり込んでいた。
「お、おいおい! どうなってんだ!?」
「坊や、大丈夫!?」
大人達は目前の光景が理解できず驚愕している。
俺が何かの罠にハマったのかと、心配しているようだった。
「リザン! その壁って、もしかして壁じゃないの?」
パメラの質問に頷きつつ、今度は体そのものを入れていく。
視界は真っ暗だが、歩みを進めると僅かながらに明るくなった。
どうやら隠し通路だったらしい。みんなの所に顔だけ出して説明してみると、エッジとモニカは呆然としていた。
そんな筈がないと感じていたのかもしれない。
「えー! 楽しそう!」
大人と違い、先入観のない子供はすんなりと受け入れやすい。
パメラはすぐに壁の中へと飛び込んで来る。通り抜けたあと、新たな発見を喜んでニコニコしていた。
「ホントにある! この壁、魔法みたい!」
ゴーレムを含むみんなが後に続き、エッジとモニカはおっかなびっくりしながら通路を抜けてきた。怖いと思うのも頷ける。
「まさかこんな通路があったなんて……どうして分かったの? その魔道具のおかげ?」
モニカがイリスをじっと見つめていた。
「奇妙な文字が書いてあるな。魔道具にしたってありえねえだろ」
得体の知れない奇妙な板の存在が、二人の大人には不気味に思えたのかもしれない。
「不思議だよね。最近見つけたんだけどさ、この魔道具は謎だらけなんだ。俺もビックリだよ」
俺はこの時、ざっくりとしか答えなかった。詳細に語れる話でもない。
「見つけた? どこでそんなやべえものを手に入れたんだ?」
「秘密ー! だよね!」
パメラは自分のことみたいに嬉しそうだ。俺は頷き先を促した。
「この奥に奴がいるかもしれない。行ってみようよ」
恐らくメタルビーストの目撃例がありつつ、結局見つけられなかったのは、こうした見えない通路に隠れてしまったからではないだろうか。
それともう一つ、どうしてこんな通路があるんだろう。
イリスに質問しようと思ったが、突き当たりの大部屋にたどり着いた時、そんな余裕はなくなっていた。
とうとう奴を見つけたからだ。
「松明を消して」
モニカに囁かれ、パメラは言われたとおりにする。
視界に闇が広がったが、それでも奥にいる存在はしっかりと視認できた。
前世の世界でいえば、体育館くらいの広さがある大部屋。
そこでたった一匹、銀の輝きを放ちながら徘徊している魔物がいる。
RPGでこういう魔物が出てくると、大抵は美味しい相手だと相場が決まっている。
ただしこの世界においては、安牌に見えない風貌をしていた。銀色の体は四足歩行であり、顔には立髪がある。
要するにライオンだ。銀の輝きを放つライオン。
「本当にいやがった。しかもライオンの格好かよ。昔ちらっと見たことあったけどよ、ありゃ相当やべえぞ」
エッジはかつて、ライオン版のメタルビースを見たことがあったらしい。口調からするに、倒したことはなかったと思われる。
確かにヤバそうだ。俺は予想より手強そうな見た目に警戒心を高めつつ、杖を構えた。
ここでエッジがすぐに作戦を決める。
「よし。まずは俺が先行する。モニカと少年は援護してくれ。それとお嬢ちゃんもな! なんか袋の中から、適当にぶん投げたりしていいからよ」
「うん! 頑張る!」
パメラが小さな拳を握り、やる気を露わにしている。
「アイツは見た目とは違ってよ。意外と臆病で逃げやがるんだ。そっと近づいてやるぞ」
俺とモニカが頷き、不意打ち作戦は開始された……という頃合いだったんだが。
「待った。その前に少しだけ、作戦を練らないか?」
俺は可能な限り小声で囁く。
敵はあまりに素早く厄介とのこと。それなりの作戦を練る必要があった。
◇
作戦会議が終わり、俺たちはそれぞれの役割と目指す流れを明確に決めた。
一番前でこっそりと敵に迫るエッジを見守り、次の動きに備えている。
メタルビーストはのんびりと座っており、足で頭を掻いていた。
まだ気づかれていない。でも、この大部屋には隠れる場所がない。
迫っていけばいずれ気づかれる。だから不意打ちは上手くいくまい。
それでも少しでも、有利な状況で戦いを始めたい。こういう時、みんな考えることは一緒だと思う。
緊張で杖を持つ手が汗ばんだ時、奴は何かに気がついたように、鼻をひくつかせて立ち上がった。
誰の匂いに反応したのか。考える間も無く、銀色の野獣は咆哮を上げ、勢いよく駆け出した!
「うおりゃあ!」
エッジが即座に切りかかった。だが擦りもせず、奴はこちらに向かってくる。
俺は杖を構え魔法を放とうとするが、奴は視界から消え去っていた。
逃げられた?
振り返った時、銀の怪物は何かにぶつかり、そのまま縦横無人に飛び回っていた。
「きゃあー! すっごい速い!」
ゴーレムの上からパメラが慌てて叫ぶ。
しかし、恐らくこの時本当に慌てていたのは、銀の野獣だったはずだ。
奴は十中八九逃亡を試み、そして失敗したからこうなっている。
奴が逃げられない原因は、逃げ道となる通路をゴーレムが塞いでいたからだ。
しかもこの時、俺はイリスに相談した後ゴーレムを作り直していた。
より大きくより頑丈な、ダンジョンの壁を素材としたゴーレムを作り上げ、壁役として起用することにした。
広い大部屋ではあるが、これで逃亡させることなく勝負に臨むことができる。
続いて、俺は杖を味方に向けて魔法を放った。
これまでに使ったことがないバフ魔法オールアップである。
一定時間全ての能力を上げる魔法であり、強い敵を相手にする場合にかなり有効だ。
エッジとモニカに使った後、自分にも魔法を使う。
その後に今日二回目のマジックポーションを飲み、決戦へと赴く。
初めこそ二人は、バフ魔法による自身の動きに慣れなかったが、次第に順応していった。
俺もやはり最初は戸惑った。全ての動きが今までよりずっと速く、力強い。
だからこそ慣れるまでは大変だが、徐々に爽快さを感じてくる。
動きに慣れたところで、メタルビーストがエッジに飛びかかり、正面からの戦いが始まっていた。
いつだって新柄を務めるエッジは、ここでも気合を入れて真っ向から立ち向かった。
モニカもまた、エッジと連携して剣を振るう。
時おり二人は転がされ、窮地に陥ることがあったが、俺や残りの一人、パメラが物を投げるなりして事なきを得ていた。
メタルビーストは牙と爪を駆使しながら、攻めては逃げるを繰り返す。
途中でデバフ魔法にかかり、動きが鈍りこそしたものの、それでもまだ速い。
だが俺たちは奮闘した。エッジが振り下ろした剣が折れ、モニカが体当たりで吹き飛び、岩の魔法が弾かれても、めげずに攻勢に出る。
よく見れば輝くメタルの体に、多くの傷が生まれている。
傷というよりはヒビなのかもしれなかった。
どちらであろうと、追い詰めているという感覚が俺たちにはあったと思う。
だが終盤にきて、メタルビーストは隠していた奥の手を使った。
口から勢いよく炎のブレスを吐き出したのだ。相手に浴びせるのではなく、端から端へと満遍なく焼こうとしている。
これには意表を突かれてしまい、反対にチャンスが来たことも確信した。
「二人とも! こっちに来て!」
二人の冒険者は子供の叫びに乗ってくれたようで、すぐに集まってくれた。
俺は目前の地面に杖を向ける。すると硬い地面が盛り上がり、縦に長い壁が出来上がった。
地属性の魔法アースウォールだ。
壁は焦げ臭い匂いを発しながらも、野獣の息吹を防ぎきる。ここでエッジとモニカは反撃に移ろうとするが、俺は手で制した。
普通に反撃するよりも、もっと効果的なやり方があるかもしれない。俺には試すべきことがあった。




