転生特典の付与
なんとかしなくちゃ、このままじゃ死ぬ。
頭の中はそればかりだ。
「きゃああーー!」
パメラの悲鳴が村中に響きそうなほどだった。
俺たちは二人して、高い所から落ちて死んでしまうと怖がっていた。あまりの恐怖に目を閉じてしまう。
しかしその時はいつまで経っても訪れない。代わりに、パメラの心底驚愕しているような声が耳元から聞こえた。
「え、ええーーー! リザン、光ってるよ! 浮いてるよぉ!?」
なんだって?
信じられない発言に戸惑いつつ、俺は閉じていた瞼を開いた。
ふわりふわりと落ちゆく二人。俺たちは不思議に包まれている。
「え、え、ええー! すごいすごい。ねえ、これどうなってんの!?」
「分からん!」
「すごーい! リザン、光ってる!」
「うぇ? 俺が?」
この時、パメラと俺の見解はまるで違っていた。
俺は神木が輝いたように見えていた。でも彼女は俺が輝いていたという。
後で思うに、この時はパメラの発言が正しかったようだ。
ゆっくりと大地へ向かいながら、この不思議体験に興奮しきっていた。
しかし次に起こった現象は恐怖そのものだ。俺の頭の中で、目まぐるしく何かが駆け巡る。
映像と声が頭の中を飛び回り、ありとあらゆる記憶に翻弄される。それはかつての自分だった。
前世の記憶がひたすらに頭の中に降り注ぎ、俺はかつて地球という星の、日本という国で暮らしていたことを思い出した。
何より不思議だったのが、流れる映像がかつての人生だったと理解できたこと。
いつの間にか生を受け、幼稚園や小学校、中学校に高校、大学に社会人という流れで話は進む。
それにしても冴えない人生で、おおよそ楽しかったことなど数える程度。
前世の俺は、パッとしない青春を過ごした後、会社員になって死に物狂いで働いて死んだ。
二十代も終わろうかという夏の日、会社帰りに雨の中横断歩道を渡っていたら、視界が真っ暗になった。それが前世最後の記憶だ。
そして、魂だけになってここに降り立ってきた。
そうか、俺は生まれ変わったのか。続いて転生する直前の、女神に声をかけられた記憶が蘇る。
信じられない体験である。
「……ン。リザン!」
「……え」
「あ、やっと返事した。ボーッとしてるから、おかしくなったと思った」
気がつけば俺は、足を伸ばして座っていた。パメラに何度も肩を揺すられていたらしい。
「なあ、さっき見たよな?」
「うん! 見た! ねえ、あれって魔法じゃん?」
「魔法?」
「絶対そうだよ。だって、あんなにゆーっくり降りてこれたんだよ。リザンって魔法使いの才能があるんだよ!」
「へ? 俺が?」
この時、パメラに質問したのは記憶の映像についてだった。確かに光を出しながら降りていくのもビックリだったけど。
その後、なんか映像が見えたとだけ伝えてみたら、パメラはものすごく羨ましがっていた。
彼女には見えず、俺にだけ見えたということか。
信じられないこともあるものだと、興奮してお喋りしながらその日は解散となった。
そういえば、最後にパメラはポッケからビスケットが入った袋を渡してきたっけ。
「十歳のお誕生日、おめでとうっ!」
「え? ビスケットじゃん、いいのか」
「うん!」
「嬉しいな、ありがとう」
「えへへ。あたしもすぐ追いつくからね」
このビスケットの美味しさは、今でも忘れられない。俺もお誕生日プレゼントしなきゃ、なんて考えていた。
それから家に帰ってみると、親戚の男は何処かにいなくなっていて、一人で飯を食って眠りにつくことになった。
後で知ったが、どうやらあいつは女の所に泊まりに行ったらしい。
最後の保護者は、たまに家に女を連れ込む時がある。そういう時は夜中であろうと放り出されたものだった。
前世の記憶を取り戻したので、何をしていたのか分かって不快な気持ちになった。
でも、家にいて酒を飲むと暴れるし叩かれたので、一人のほうが気楽である。
それにこの時は、家の醜悪な事情など考えてられなかった。かつての自分の記憶を思い出すことに夢中だったのだ。
転生というものが本当にあったなんて。この感動は言い表すことが難しい。
前世のサラリーマン時代までの記憶を手に入れた俺は、つい昨日までよりもずっと賢くなった気がした。
知識が大きく養われたことは確かだろう。ただ、思い出したと同時に今まで普通に考えていたことが、不思議に感じるようになる。
何かといえば、この世界だ。
世界中に魔物が溢れ、エルフやドワーフにホビットに妖精、ありとあらゆる種族が共存している。
そして魔法なんてものがある。ここはよくある異世界ということだろうか。
前世で読んだライトノベルにありがちな世界か、はたまたゲームのような世界なのか。
しかし考えてみたところで、答えは出そうにない。
明日もきっと畑仕事をやらされることは間違いなかった。だから俺はさっさと寝ることにする。
ボロボロの寝台の上で、今日のことを思い出しながら瞳を閉じる。眠気が襲ってきた時、ふと思った。
俺は今日魔法を使ったのだろうか。もしできるなら、もっとやってみたい。
ファンタジー世界の定番といえば、やっぱり魔法だ。前世の小さい頃から、人には言わなかったけれどずっと憧れていた。
もしかしたら、ゲームの世界の住人みたいに、カッコいい魔法が使い放題になったりして。
どこか浮かれた気持ちになる一方、もう一つ気になったことがある。
女神は俺に、転生特典を授けてくれると言ったはずだ。
時期がくれば姿を見せるということだが、それはいつなのか。
なんだかドキドキしながら、その日は眠りについた。
◇
次の日は快晴だった。
オンボロ小屋の隅っこで眠っていたら、瞼に陽光が降り注いでくる。
眩しくて目を開いた後、俺は慌てて起き上がった。
太陽の位置が、もうずいぶん高い。こんな時間まで眠っていると、ポールは怒鳴りながら殴ってくるからだ。
俺を道具としか思ってなかったんじゃないかな。
でもそんな暴君は、苦しそうにうめきながら寝台でもがいていた。
側に空になった酒瓶がいくつか落ちている。二日酔いだった。
この時はまだ三十歳くらいだったと思うが、見た目はもっと歳を食っているように映る。
そうっと気づかれないように家を出た。二日酔いの時に話しかけると、何を言おうが殴ってくるからだ。
いい加減こんな奴から離れて暮らしたい。でも俺はまだガキだったし。
農作業をやれと言われるだろうが、今日はサボれないかなぁ。
ちなみにポールは村で、何でも屋という仕事をしていた。
ざっくり説明すると、村で必要な多くの労働を買って出るという仕事である。
農作業や建築、運搬といった大変な仕事が舞い込み、大抵は俺にやらせていた。しかも儲けはほとんど奴の酒代で消える。
パメラは親や親戚の用事で、毎日遊べるわけじゃなかった。
なんとかして、この生活を脱することはできないものか。
そんなことを思いながら空を見上げていると、何か奇妙なことに気づく。
太陽とは違う方向に、同じように輝く何かがある。
「え? え?」
しかも徐々に黄金の光は膨らみ続け、いつの間にか迫ってきた。そしてあろうことか、逃げ出す暇もなくこの身に衝突したのだ。
「う、うわああーーー!」
悶絶していたけど、不思議と痛くも痒くもなかった。むしろ暖かくて気持ちがいい。
前世でいう温泉に浸かったような心地良さが広がり、いつの間にか気持ちまで落ち着いてくる。
『転生特典付与。私の名はAIイリス。この世界において、あなたの魔法生成のお手伝いをさせていただきます』
「と、特典……?」
なぜか人の声がして、俺は身じろぎをした。黄金の光はいつの間にか消え去っている。
転生特典という言葉が、確かに聞こえた。
しかも、AIイリスだって? AIという前世でよく聞いた単語があって、頭の中が混乱した。
さらに続いて、小さな光に包まれた何かが、ゆっくりと空から落ちてくる。
手にしてみると、それは前世でいうスマートフォンのような大きさの黒い板だった。
触った感じもスマートフォンに近い。板の表面がそのまま液晶のようになっていた。
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AIイリスを起動しました。
何でもお好きな質問をどうぞ。
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光の文字が浮かび上がる。しかも日本語で。
「おおお……マジか。AIイリスって……」
誰もいない田舎の野原で、俺は呆然としている。すると数秒もしないうちに、新たなチャットメッセージが出現した
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はい、私は女神様の使徒、AIイリスです。
転生特典として、リザン様にお仕えするよう命令されています。私は貴方だけに贈られたものです。
リザン様がお困りのことについてご質問いただければ、すぐに回答を行います。
ご質問は現在のように音声を拾って行うものと、文字を入れていただくものがあり、画面右下の設定よりどちらかだけにすることも可能です。
私は世界中の情報を常に収集しており、可能な限り迅速に回答いたします。
そして私は、何よりも魔法分野に特化しています。
あらゆる魔法の知識、鍛錬方法、歴史、生成から使用に至るまで、どのようなお悩みにも回答することが可能です。
どのようなことでも、お気軽にご相談ください。
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どうやら本当に、AIのように扱うことができるものらしい。
女神からの転生特典が、まさかAIチャットとは。
俺は混乱しつつも、遠目からチラチラ不審者を見るような村人の視線を感じたので、人気のない所へ移動することにした。




