転生
全てが黄金に包まれていた。
俺は動くことができず、ただその場に存在している。
『ようこそ、魂が集う場所へ』
女の声がした。小さい時に聞いた母親の声に似ている。
でも母とは明確に違う、只者ではない威厳がこもっている。
『わたくしの名はアリアナ。死者に新たな生を与えし、慈愛と規律の女神』
女は自らを女神と名乗っている。
普段ならばとても信じられないが、この時はなぜかすぐに納得していた。
『志半ばにして息絶えた、哀れな魂よ。貴方は今肉体という枷から解放され、心だけがここにあるのです』
俺は死んだのか。そう喋ろうとしたが口が動かない。
『貴方は新たな生を得る。しかし次に生まれる世界は、これまで貴方が経験した以上の困難に満ちたものとなりましょう。どのような生を受け、どのような結末を迎えるのか……それはまだ分かりません』
新たな生……確かに女神はそう告げた。
つまり俺は、転生というものができるらしい。しかしながら、その先にある運命は分からないということ。
この後、一体どんなことが始まっていくのか。恐らくは肉体をなくしているであろう俺は、それでも生前と同じように、心臓が高鳴るような錯覚を覚えていた。
『このままではあまりに不憫。そこでわたくしは、貴方に転生特典を授けることにいたしました。いつしか貴方の身に、その恩恵は姿を見せるでしょう。さあ、そろそろ時間です。貴方の新しい人生が、愛と自由に満ちたものでありますように』
女神アリアナの話はそれが最後だった。
転生特典だって? 一体何が与えられるのか。そのくらいは教えてくれてもいいだろうに。
言いたいことはあったが、一つの愚痴を言うこともできずに、転生は開始されてしまった。
視界が猛烈に動き出す。黄金の光は消え失せ、いつの間にか緑豊かな大地と家々が見えてきた。
俺はゆっくりと、空の上から落下しているのか?
でも落ちる速度は滑らかだ。心の中が混乱に支配され、何をするべきか、何を考えるべきかが分からない。
ゆっくりと実体のないこの身は落下を続け、一つの家へと落ちていく。多分あれが、転生した俺が生まれた家だったのだろう。
それからしばらく、俺はただ健やかに生きていた。
この不思議な記憶を思い出したのはずっと後だ。
俺、リザン・ローグが前世の記憶を取り戻した時、生まれ変わる直前であるこの記憶も蘇ったというわけである。
◇
この世界はまるでファンタジーそのものだ。
人だけじゃなく、エルフにドワーフといったいろんな種族がいる。
ただ、俺が最初に暮らした村は、人間以外には犬や猫、鶏に牛しかいなかった。
取り立てて特徴のない普通の村で、俺は普通の両親に育てられた。そしてただの村人として、のんびりと生きていくだろうなと思っていた。
しかしこの身がまだ幼かった六歳の頃、一つの事件が起こり人生は変わった。
父は突如として村を襲撃してきた魔物と応戦して死亡し、一年後に母は病にかかって息絶えてしまう。
俺はあまりの悲しみに身が引き裂かれそうだったが、すぐに新たな日常に慣れていかなくてはならなかった。
その後は凄く簡単にいうと、親戚中をたらい回しにされたのである。
三年のあいだに六つほど引っ越しをすることになって、俺は自分が相当なお荷物扱いされていることが悲しかった。
なるべく人に好かれようと必死だったことを覚えている。
怒らせないように、大人に認められるように、そればかりを考えるようになった。
当然、そんな日常が楽しいわけはない。そして案の定、俺は捨てられ続けていた。
最後に預けられたのは、ポールという親戚の末端であり、酒と女癖が酷い男だった。
ファーガソンという田舎の村で、ようやく定住することはできたけれど、村のみんなからは冷ややかな目で距離を置かれて苦しんでいた。
なぜなら、ポールは乱暴者で有名だったことと、ファーガソンは取り分け閉鎖的な環境で、子供であろうと余所者を嫌がっていたのだ。
小さい頃は、何かあればポールに殴られていた。家でも外でも、奴の機嫌次第で顔にアザができるなんてしょっちゅうだ。
ファーガソンの村人達は、ほとんどの場合暴力の現場を見ても助けてくれない。あの頃俺は、人の優しさに飢えていた。
でもそんな当時でも、一人だが友達はできた。
俺が十歳の誕生日を迎えた時のことだ。
パメラという赤毛の女の子が、家に遊びにきた。俺と同い年で、赤い髪を後ろにまとめている元気な子だ。
たった一人でクワを使ってひいひい農作業をしていた時だったので、特に嬉しい頃合いだった。
「リーザーンー! あーそーぼ!」
親戚の男は、パメラの両親に対しては機嫌を取っていたので、俺が遊びに行くことを禁じたりはしなかった。
「なんかいっつも畑仕事してない?」
「いつもだよ。やらないと怒られるんだ」
「えー! 勉強は?」
「全然してない」
大抵の村人は俺のことを避けていた。でもパメラだけは、時が流れても変わらず同じように接してくれたのでありがたかった。
「っていうか、また殴られたりしてない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫」
心配をかけたくなくて、嘘をついた。それとこの時期の俺には、正直言ってよく分からないことでもあった。
俺はそんなに悪い人間なんだろうか。この頃は、怒られているのは自分が悪いことをしているからだと、そう思っていた。
でも、頭の中はすぐに楽しい遊びのことでいっぱいになっていく。
俺よりちょっと背の高いパメラを時々見上げながら、村の丘にある大木まで向かう。
十分ほど歩き、到着してから遊ぼうとしたけれど、何を遊ぶかで迷ってしまう。
簡単にいえばネタ切れになっていたのだ。
かけっこや隠れんぼ、こっそり遠くに探検に行ったり、チャンバラごっこをしてみたり。
それらはしょっしゅうしていたし、この日はそんな気分じゃなかった。
今にして思うと、パメラはだいぶ男子っぽい。普通の女子が好きそうな遊びはまずやらない。
協議の末、村で一番高い大木をどっちが早く一番上まで登れるか、という競争をすることに決まる。
大木の名前は、たしかファーガソンの神木と名付けられていた。
新緑に包まれたその大木は、登っていくと天まで届くのではないかと錯覚してしまう。
ここを登るのかよ。朝からずっとクワを使って畑を耕していたのに、そんなの無理だわ。
なんて思っていたが、なぜかもう疲れが取れてきていた。
「じゃあ行くよ! よーい、どん!」
「あ、ずるいぞ!」
勝手にスタートの合図を切ったパメラを、俺は必死になって追いかけた。
村のほぼ中心に位置するこの大木は、他よりもずっと高くて、登り続けるのはちょっと怖い。
でも競争心に火がついて、足は止まるどころか加速していく。
「よぉっし! 一番!」
途中パメラが何処にいるか分からなくなったが、最短距離を最速で進めたに違いない。勝利したという過信があった。
「あはは! ざーんねん。あたしの勝ちー」
でも、実はすでにパメラは一番上にいた。近くの枝に隠れて待っていたようだ。
「げー! もう着いてたのか」
「約束通り、お菓子奢りね」
「は? ちょっと待てよ。いつそんな約束した?」
「よーい、どんの後」
「ずりぃ! 聞いてねえよそんなの!」
その後、俺はパメラに揶揄われつつも、必死に抗議した。子供にとって、というかあの時の俺にとって、お菓子なんか用意できない。
まあ、あいつも流石に冗談だったみたい。こういう小競り合いが楽しいらしく、ゲラゲラ笑っていた。
ふざけて取っ組み合ったりしたけれど、逆に負かされてしまう。
ここまでなら、小さい頃の微笑ましい思い出話で終わる。
だが、幸か不幸か、俺たちはきっと特別じゃなかったんだと思う。悔しいなと思い、息を荒くして枝に座った時のことだ。
枝が不吉な音を立てて、一部が欠けてしまったのである。
何かに吸い寄せられた気がした。
「うわぁっ?」
「わわ! だ、大丈夫!?」
落下寸前のところでパメラに腕を掴まれ、俺は中釣り状態。このままで行くと二人とも落ちてしまうことは明らかだった。
「お、落ちるー」
「ちょっと、頑張って! リザン!」
友達の根性論は通じない。
俺はそのまま落下するしかないと、そう覚悟していた。骨の一本や二本折れるかも。
というより、パメラも一緒に落ちてしまう現状をどうにかしたい。
そう考え子供ながらに叫んだり足掻いたものの、時すでに遅し。
俺たちは結局のところ、二人とも大木から落下してしまった。




