自由な鳥のように
鳥のように青空へ飛んで行く、そんな姿を想像していたのだけれど。
「……飛ばないな」
今のところ、ただ空を見上げているだけ。
どこまでも体が浮かび上がる……理想の姿は現実には起こらない。
さてどうしたものかと困惑していたが、全身が軽くなっているような感覚はたしかにあった。
もうちょっとでいけるか?
俺は悩みつつ、できる限りのことをしてみた。
同じ工程を繰り返してみる。ジャンプしてみる。両手を空に突き出して、いかにも飛びそうなポーズをしてみるなど。
それでも何も起こらない。あれー、おかしいぞ。
実は魔法でも、空を飛ぶことはできなかった……というオチではないかと悲しみすら浮かんだ頃だった。
イリスに聞こうかと腕輪に目をやった瞬間。
突然体が飛び上がった。一体何によって上手く行ったのかは全然分からなかったが、あまりにも勢いよく空へと駆け出したのだ。
「う、うわーーーー!?」
ひどく情けない声を上げたことを覚えている。はじめてジェットコースターに乗ったことを思い出した。
ただジェットコースターと違うのは、このままじっとしていると大変なことになるという危機感まで味わえること。
何処までも上に上に進む体を、どうにかして止めなくてはいけない。そう思い、体を無理やりに戻そうとするが、どうも上手くいかない。
そんななか、さっきイリスから受けた助言を思い出し、必死に顔をしたに向ける。
若干だが体の流れが変化したことが分かる。
さらに、身体中にガチガチに力が入っていることに気づいた。
もしかしてこのせいだろうか。それともロケットのようなイメージが災いしたか。
どちらが原因か考える余裕などなく、とにかく必死に力を抜き、顔が真下になるようイメージする。
すると、あっという間に体が投げ出されたかのように、上下が正反対になった。
ほんの数秒だけ止まったような気がした。全身を打つ風の流れが変わる。
地面へと体が進んでいる。さっきよりも勢いづくのが速い。
俺は今度は上でも下でもなく、前に顔を向けて直進を試みた。必死だったからこそ、あっという間に体で理解できている。
要するにバランス感覚だ。はじめて補助輪を外して自転車に乗るような感じ。あのバランスを覚えていく過程を、魔法でもできれば良い。
自転車とは次元がまるで違うが、根っこでは同じことのような気がする。ようやく思い通りに空の旅ができるようになって、俺はそんなことを考えていた。
心にゆとりができてくると、空の景色の素晴らしさに気がついてくる。
前世ではこんな風に大地を眺めることなど、一度としてなかった。
自分が鳥になれたようで心地良い。この贅沢な喜びを味わえただけでも、転生して本当に良かったと思える。
これが飛行魔法か。俺は湧き上がる感動で胸が満たされていた。
しばらくはいろんな場所を行ったりきたり。上がったり下がったり、急に曲がってみたりと好きに遊ぶ。
世界中で最も自由になれたような、格別で贅沢な錯覚。全身に注がれる風が気持ちよくて、ずっとこうしていたいと思った。
でも、どうやら終わりが近いらしい。
飛行する力が弱まってきているのが分かる。徐々に減速していたので、逆らうことなく大地へと向かう。
少しして、見慣れた秘密基地の草を、静かに噛み締めるように踏んだ。
なんだか疲れてしまったので、今日はもう帰ることにした。飛行魔法をどうにか覚えた喜びで、真っ暗な帰り道すら楽しい気分になれた。
家にこっそり帰ってベッドに潜り込んだが、興奮してなかなか寝付かなかった。
◇
それから一週間が経過した。
ローディア大陸には四季があり、少しだが気温が高くなってきた。
春が過ぎ、夏に向かおうとしている季節。村人たちは夏の訪れを楽しみにしているようだった。
夏は川遊びやお祭りが盛んになり、他にも楽しいことが沢山あるらしい。
でも俺は村の行事よりも、魔法を覚えるほうがずっと大切で、いつも夢中になっていた。
ただ一点、悩まされていたのは地属性の壁を生み出す魔法、アースウォールの使い道だ。これは確かに壁を作ることはできるが、あまり効果的な使い道が思い浮かばなかった。
イリスに聞いたところ、実は改良版があることを知った俺は、しばらくはこの地属性魔法も研究し、ある程度使える形にすることができた。
我ながら、魔法については執念深い。前世では随分飽きっぽい性分だったけれど、まるで興味がなくなる気配がない。
中でもやはり一番こだわったのは飛行魔法だった。
ゴーレムを活用し、レベルを上げながら飛行魔法に磨きをかけていく。
やがてバフ魔法と併用できるようになり、空を飛ぶスピードは格段に上がった。
さらにはイリスから飛び方のコツを教えてもらい、飛行魔法自体の持久力が増していく。
AIがいうには、もう三時間は余裕で飛べるようになっているらしい。
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リザン様の飛行魔法の速度を計測してみましたが、初めの時とは比べ物にならないほど成長しています。
バフ魔法との重ねがけもできているので、三時間もあればサランやコリアンダーに到達できるでしょう。
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どうやら、とうとう手が届いてきたらしい。
ただ、これはあくまで片道だ。もうちょっと鍛えないと往復は難しい。
でも、ずっとゴーレムに魔物退治をさせてもレベルが上がらなくなってきたので、そろそろ経験値を稼ぐ場所を変えないと。
往復分の魔力をどう賄うか。それが問題だった。
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イリス。今の俺の魔力で、サランかコリアンダーを往復するには、どうしたらいいだろう。
日帰りで行ってみたいんだけど、色々と考えてみたが思いつかない。
まる一日家に戻らないのは、流石にやばいし。
何か方法があったら教えて欲しい。
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サラン、コリアンダーへ日帰りで旅行したい、ということですね!
その場合には、途中で魔力を補給することで解決できます。
マジックポーションがあれば、今のリザン様の魔力は恐らく全回復できるでしょう。
一本につきエルディオン銀貨一枚と高価ではありますが、ご検討くださいませ!
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そのマジックポーションが、村で売られていないのが問題だ。
それとエルディオン銀貨一枚は、俺にはどんなに頑張っても手が届かない夢みたいな金額だ。
ローディア大陸では、エルディオンで発行される通貨を主に使用している。
前世の日本円で換算すると、銅貨は一枚百円くらい。銀貨は一枚二万円くらい。金貨になると一枚十万円を超えてくる。
実はさらに上の通貨も存在するが、気が遠くなるので説明はやめておく。
どうしたものかと朝から悩んでいると、玄関ドアをノックする音が聞こえた。
さらに「リーザーン! あーそーぼ!」という声が耳に入ってきて、誰であるかはもう明白だった。
最近パメラとは遊ぶ機会がめっきり減っていた。両親の仕事や習い事で忙しいことと、俺と遊ぶことを周りから止められていたからだ。
そういえばこの日、ポールは外出していて夕方くらいまで帰ってこなかった。後で知ったが、最近仲良くなった村の女と遊びに行っていたようだ。
あいつは多くの場合、自分の予定は教えてくれないし答えないので、察するしかない。
だらしない男の話は後にしておこう。この日は俺の少年時代で、恐らくは最も印象的なことがあった。
「久しぶり! ねーねー、今日は何して遊ぶ?」
「そうだなー。ゴーレムで何かするか」
「んー、違うのがいい! 最近新しい魔法覚えた?」
ここで俺は回答に詰まる。
なんだか危ない予感がしたからである。でも、勘の良いパメラはすぐに察知した。
「え、え! なに? なんか覚えたっぽいじゃん! どんな魔法」
「飛行魔法」
「ひこーまほう? なにそれ?」
「空を飛ぶ」
「……空を?」
「ああ」
「飛ぶの?」
「うん」
「リザンが!?」
「そう」
パメラはゆるキャラのような顔で質問してきたので、淡々と答えていた。
だが理解が進むうちに、これまでにない興奮した表情を浮かべた。
「やばーい! 見たい! っていうかあたしも飛びたい!」
まあ、そうなっちゃうか。
さすがに一緒に飛ぶのは無理だと伝えつつ、ちょっとだけ見せてあげることにする。
そんなわけで、俺たちは秘密基地へと向かったわけだが。
ちょっとだけ見せて終わり……というわけにはいかなかったのである。




