第2話 アストギア王国の事情
何が何だか分からないまま、立っている礼二。
(恵美は無事か)気になるのはそれだけ。はっと思って横を見ると、恵美が手をしっかり握っている。
(よかった。恵美は無事だった)ほっとする。
彼女も何が起こったか分からず、戸惑っているようだ。
ただ、びっくりしているだけでなく、目の前に起きていることを、その目で確認しているようだ。何が起きているか、見極めようとして、泣き声も怖がることも何も口から発しない。
(恵美、偉いぞ。パパがいるから心配しなくていい)手に力を入れた。
礼二が記憶しているのは地震の激しい揺れに、エミを庇って覆いかぶさっていると、頭上に重い天井が落ちて激しい痛みを感じたまでだ。意識を失って、それ以降のことは全く覚えていない。
気が付いたら全くに知らぬ場所にいる。
蝋燭の光が揺らめき、天井は暗く、そして高く何があるかまるで見えない。壁も床も、石かレンガでできていて、壁には窓一つない。
床には円と星型の線が複雑に交差し、そこに文字とも記号とも分からないものが散り描かれ、うすぼんやりと光っている。
(これは魔法陣か?)若い頃、夢中になったラノベを連想する。
(魔法陣!?だとしたら俺と恵美は転生したのか?それにしてもここは何処なのか?どこに転生したのか?)礼二の胸にさまざまな思い、戸惑いがよぎる。
何より周囲に佇む者達が異様の雰囲気だ。
黒衣を纏い何やら真剣な面持ちでこっちを見つめている。誰もが何もしゃべらす、じっとこちらを見ている。ただ、彼らは何か成し遂げたような、満足感、達成感に浸っているようにも思える。
その顔立ちはギリシャ彫刻を思わせる、鼻立ち典型的なモンゴロイドの礼二とは違っている。ただ、肌の色は薄黒く白人系とは思えない。服装も頭から黒いフードを被りそれが足先まで続いていて、目立つようなものはない。こんな衣装を着るものなどケンジは見たこともない。
(こんな人種がいたのか?なんでこの人たちは黙っている?)
礼二の頭には?マークばかり浮かんでくる。ただ黒衣の者達の表情に敵意が見られないのは少し安心だった。
そんな沈黙を破るように黒衣の中から一人が進み出る。
「勇者様、私どもの要請に応えていただき、真に光栄です。私はアストギア国王家の主祭師のアンドリアンと申す者。」中肉中背、外形はごく普通の男性。服装も他の者と同じだが、ただ、明らかに位が上の人物のようだ。
アンドリアンと言う男が恭しく口上を言い始める。
「わが、アストギア王国は長い歴史と高い文化を誇る国です。それを近年、魔物の跋扈する腐臭の森が拡大してきて、この栄光ある王都サクスロリーにまで押し寄せるばかりの趨勢です。この危機を何卒勇者様に取り除いていただくため、我ら祭司は祈りを込めてきたのです。」
そしてようやく、気が付いたかのように聞いてくる。
「失礼ですが、お名前を窺ってよろしいですか?」
「えーと。三村礼二です。この子は娘の恵美です」
「おお、そうですか。レイン殿にエミリ嬢ですな。お二人とも強い力をお持ちのようです。必ずや勇者として我が国の苦境を救ってくれます。我が祭司一同、長い年月研究努力し、勇者招請の儀式を執り行ったかいがあります。
ようこそ、いらっしゃいました。
国王陛下もお待ちかねです。どうぞ私どもと一緒に来てください。ご案内します」
やはり礼二父娘は黒衣の者達の勇者招聘の儀式によって、ここに呼び寄せられたのだ。
(これが、勇者の招聘か。ということは、俺はやはり死んでこの世界に転生したのか?)そんな考えが浮んだ。
転生の話はネットでよく出ており、礼二も面白く楽しんでいた。
(でも、俺はアラサーのしがないサラリーマンだよ。しかも子持ちだ。そんな男に勇者として呼び寄せたのか?全く意味が分からん。)慌てて断ろうとした。
だが、その時には礼二親子は、黒衣の男たちにしっかりと囲まれ、逃げられなくなる。
「わがアストギア王国は魔物の侵入によって、今まさに存続の危機を迎えています。この危機を救えるのはあなた様しかいないのです。どうかお願いします」
もう、両脇を抱えられるような形で国王の待つ広間に行くことになった。
その間、恵美は固く口を結び、一言も発しなかった。




