第1話 誕生会と勇者招聘
「さあ恵美、蝋燭の火を吹き消してごらん。」そう言って、私は娘の前にケーキを置いた。
恵美は4本の燃えているろうそくに目を輝かして、小さな頬を膨らませる。
そして「ふー!」小さな息だが、ろうそくの火は全て吹き消す。
「わー、やった。」「恵美、誕生日、おめでとう」「パパ、有難う。」
ボロアパートの小さな一階の1室。
私と娘の二人だけの誕生会だ。それでも少しも寂しくはない。
質素な箪笥の上の写真。妻の幸恵が微笑んでいてくれている。
そう、私はアラサーのシングルファザーだ。幸恵を3年前に亡くしている。私の両親もすでになく、兄弟もない。妻の両親は今も健在で、一緒に孫の誕生会を一緒に祝ってくれるだろうだが、生憎、義実家とは遠く離れている。2年半前から地方の今のアパートに移り、義理の両親は孫の誕生会に駆け付けるのは無理だった。
私が縁も所縁もない身寄りのない現住所に来たのには理由がある。
「わーん」母親が亡くなったのが原因なのか、恵美は夜泣きをよくした。
「ああ、よしよし」私は起き出しておろおろしながら娘を抱き上げるしかない。
当然昼間は生あくびを噛み殺しながら仕事をしたが、集中力が衰えミスも多くなる。同僚たちは、それをカバーしてくれた。
「木村さん、お子さんが待っているだろう、早く帰りなさい」上司も優しく言ってくれた。前の勤め先は本当によくしてくれたものだ。
ただ、私の心は感謝と申し訳なさで、一杯だった。
(いつまでも同僚たちに甘えてばかりではいられない)それが私の思いだった。
たまたま、娘を連れて田舎に行った時、野原や河原を遊び廻るその姿を見て、自然豊かな所に行けば、恵美の夜泣きも無くなるかもしれないと思った。
私はわずかな期待を持って、今の住まいに越してきたのだ。
田舎の町の人は暖かく受け入れてくれた。
「あら、可愛らしいお嬢ちゃんだね。お名前は?」隣のイクおばあちゃんは初対面の恵美を可愛がってくれる。
「恵美よ」恥ずかしがり屋の娘はもじもじしながら挨拶する。イクさんの人柄だろうか、すぐ懐いてくれた。恵美の保育園の送り迎えまでしてくれるようになった。
近所の農家のおじいさんは「あまりものだから持って行け」と言って、キュウリやピーマンなど野菜を分けてくれる。
「今日はマリちゃんとケンちゃんと遊んだの」恵美も新しい環境にすぐ馴染んでくれた。
何より恵美の夜泣きが止んだのだ。この地に引っ越してきてよかったと思っている。
現実的なこととして、収入は3分の2に減った。だが、ここでは驚くほど物価が安い。最も嬉しかったのが過疎に悩む町が、子連れ世帯を優遇して、安いアパートを提供してくれた。元の家賃の10分の1だ。つまり、給料は安くなったが、出費も減り、割と生活には楽だ。
そういうわけで、私と恵美だけのささやかな誕生会を田舎のボロアパートでしている。
ケーキを食べ終わり、食事も終わり、恵美がうとうとしだした8時過ぎの事。
突然、安アパートがきしみだす。
床から突き出すような衝撃の後、窓ガラスがガタガタ鳴り、壁が揺れミシミシ鳴った。
「地震だ!」私の頭に浮かぶ。
「パパ、怖い」恵美が胸に飛び込んでくる。
ここは木造モルタルの古アパート。二階建ての一階、崩れたらひとたまりもない。
そこに「ズスーン」床から突き上げるような振動。
恵美を咄嗟に引き寄せ、畳に伏せ、その上に覆い被る。文字にすると長いが一瞬だった。
上から重い物が落ちて来た。
天井が落ちて来て、頭にぶつかり、そして意識が飛んだ。
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目覚めた時、全く見知らぬ世界にいた。
床には見たこともない文字と記号の魔法陣が明るく浮き上がり、その中に立っていた。
照明は燭台だけ、薄暗く高い天井と窓のない部屋。
傍から「勇者様のご臨場がなったぞ!」黒衣の男たちの歓声が聞こえた。




