9
「大丈夫か? 眠たくなったら言えよ。俺が背負ってやるからな」
「ありがとう。まだ大丈夫だよ」
なんでこんなにも、マヨイに心配されるんだろ。そう思いながら、どこまでも続きそうな森の道を歩いていく。
図書館を出る時、「本当に大丈夫か? もう少し休んでもいいんだぞ?」とマヨイが言ってきたけど。寝なくても大丈夫そうだったから、予定通り早く出た。
……もしかして、それが原因か?
としょかんさんが笑ってた時のことを思い出していると、隣を歩いてたマヨイの雰囲気が変わった。
ぼくに背を向けて、周りを警戒している彼の邪魔をしないように黙っていると。
張り詰めた空気が、震えた。
「伏せてろ!」
声を聞いて、すぐにしゃがむ。鞘から剣を抜いたマヨイが、走り出す。魔物の姿を見つけられなかったぼくは、手で口をふさいで、マヨイの動きに集中した。
……あれは、人間?
「チッ。こんなところにまで花芽が来てるのか!」
ふと見えたマヨイの顔が、怖かった。カガってのは、よくないんだな。
マヨイに斬られて、地面に転がったそれは、首から上が大きな花のつぼみになっていた。
胴体は、人間。
腕と足は、植物のつるを絡み合わせたもののように見える。
『ミ ツ ケ タ』
カガの魔力が、空気を打つように震えてる。ただそれだけなのに、ぞわっとした感覚が、走り抜けた。
……さ、むい?
立ち上がって自分の腕を手で擦る。でもまったく、体の震えが止まらない。なにかに見られてる気がして、マヨイを呼ぼうとしたけど、彼はまだもう一体と戦ってる。
カガ。花の芽。
つぼみまで成長できるのなら。たぶん最後は、咲く。
花になったら、どうなる?
「……は、離れよう」
目の前にいるこの人が生き返ることを想像して、数歩下がった。嫌になるほどの寒さに耐えつつ、マヨイを見ていると。
彼の剣が、もう一体の花芽を仕留めた。
「マヒル、大丈夫か?」
すぐに駆け寄ってくれたマヨイに、寒いって言ったら。服の上から、腕を確認された。
「足は? なにかが動いてたりするか?」
「……んん。そういうのは、ないよ」
「マヒル」
「本当、だから。嘘じゃない」
心配されてることに気付いて、言葉を重ねる。マヨイの手をぎゅっと握って、ぼくを見下ろしてる彼と視線を合わせた。
マヨイは、ゆっくりと息を吐いてから、どうする? って聞いてきた。
「このまま、前に進むか。それとも戻るか。マヒルは、どっちがいい?」
そんなの、進むに決まってる。
花芽がうろついてる森を走り抜けるのは危険。そう言ってたマヨイに背負われたぼくは、全力疾走してる彼にしがみついた状態で、後ろを見た。
……なんか、走ってる数が増えてる気がする。
「後ろを見るな! しっかり掴まれ!」
荷物が邪魔になってきたのか、首から下げてた袋を投げ捨てようとしたマヨイの横から、花芽が飛びかかってきた。
「クソがっ!」
剣を抜けなかったマヨイは、持ってた荷物を花芽の顔にぶつけた。投げた石みたいに、花芽ごと遠くに飛んでいったのを見て、お兄ちゃんはすごいと思うことにした。
「マヒル、大丈夫だからな? お兄ちゃんを信じろ!!」
「うん!」
自分のせいで、戦えないとは思ってない。だって今のあいつら、三十人くらいいる。この数を相手にするのは、さすがのマヨイも無理だ。
……どうしよう。
たぶん、今なんだろうけど。魔法の使い方が分からない。
「お兄ちゃん」
「っ、大丈夫だ! この先にある崖であいつらを引き離す!」
「……うん」
ぼくが聞きたかったのは、としょかんさんが作った魔法道具の頑丈さ、なんだけど……。崖から崖に飛ぶなら、大丈夫なのかな?
絵本の王子様も、大きなイノシシに追われて、ジャンプしてた。
ぼくたちを追って来てる花芽の足に、目を向ける。マヨイみたいに動かされてるそれは、なぜそうなってるのかな……。足だから、動く。人間と動物は、そういうものだから、なんとも思わない。
けど、植物は違う。
彼らは地面の上を歩けない。
としょかんさんが、最初に見せてくれた魔法。あれも精霊の力を借りてる。
精霊は、あらゆるものに宿っているから。彼らの力は、世界を動かすことができる。
……世界は、この場所。動かすのは。
――落ちるぞ!
「えっ?」
マヨイの叫び声で現実に戻ったぼくは、崖から飛び降りたことに驚いた。
「うわっ」
足場を失って、下へと落ちるぼくたちを追うように、花芽たちも飛び出す。でも彼らは、マヨイみたいに止まらず、崖下に叩き付けられて、動かなくなった。
「魔力を固めて作ったものの上に立ってるから、俺らは大丈夫だ」
「……魔力。障壁?」
「守る時はそう言うな。村の大人たちがよく使ってた」
歩き出したマヨイの足元を見る。固められた魔力が、階段みたいに下へと続いていた。
「マヒル、そっちじゃなくてあれを見ろ。あの街が、イーナコウだ」
顔を上げる。森の中に、大きな円があるのが見えた。
「本当なら崖を避けて、大回りするんだが。ここからなら、昼にはつくと思うぞ」
ぼくたちが近付いても、花芽たちは起き上がらなかった。もう大丈夫なのだと、その時になってやっと安心することができた。




