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「……駄目だ」
後ろに向けていた顔を、としょかんさんの方に戻したマヨイは、たぶん今も、表情が抜け落ちてる。
ぼくを見た時は信じられないって感じだったのに。いきなり、だった。
「絶対に駄目だ。マヒルは連れて行かない。戦場なんかに、連れて行けるわけがないだろ!!」
「……えっと。なんの話を、してたの?」
マヨイが怒ってるのが怖くて、声が小さくなっていく。
でも、ちゃんと聞こえたみたい。
「とても大事なことです。マヒルさん。あなたは、このままここにいたいですか? ワタクシの図書館は、喜ばしいことに本がたくさんあります。最後に数えたのは百年前ですが、ざっと六千万冊ほどあります。安全なここで、本だけを頼りに記憶を探るよりも。マヨイさんと一緒に、自分自身を探しに行った方がいいと思うのです」
「おい! 連れて行かないって言ってるだろ!」
「死ぬかもしれないから?」
「……お前、喧嘩売ってんのか?」
こてんと首を傾げたとしょかんさんに、そう言ったマヨイは。今にも彼を殺してしまいそうだった。
「マヨイ。マヒルくんが怯えてる」
ぎゅっと拳を握って、なにかを抑え込むように震えたマヨイの肩から、力が抜けた。怒りに染まってた魔力の威圧感も、空気に溶け込んでいくのが分かる。
マヨイが、ゆっくりとこちらを向いた。
抜け落ちていた表情が戻って、優しいものになってたけど。なんだか、いやな感じがする。
「……悪い。でも、分かってくれ。俺が行く場所は、本当に危ないんだ」
願うように、言葉を口にするマヨイを見つめる。そんな、泣きそうな目をしないでほしい。
彼らが話してた白の王のことを、ぼくは、なにも知らない。
人を植物にするとか、戦争とか。
まったく、想像できない。
でも、そんなもののせいでマヨイが苦しんでるのなら。ぼくは、許したくない。
「…………やだ」
マヨイの手を、両手で握る。
ざわざわした感情が、傷を負ったような心の痛みが、これを離すなとぼくに言ってる。カタカタ震え始めるこの体は、なにを覚えてるの? どうして、思い出せないんだ。
こんなにも、強い感情が出てくるのに。
なにも、分からない。
「マヒル? おい、大丈夫か?」
「……やだ。ひとりは、やだ」
涙がこぼれ落ちるのを感じる。動けないのはやだ。守れないのはやだ。
「マヨイさん。あなた、自分がどういう経験をしたのか、忘れたのですか? 記憶を失ったくらいで、その傷は癒えるものなのですか? あなたの目の前にいるのは、十年前のあなたですよ」
どこかに行ってしまうマヨイを引き止めたくて、掴んだ手を引っ張る。
言葉で、止めなきゃって思うのに。
この気持ちを言葉にするのが難しくて、余計に心が痛くなる。
「……マヒル」
いやだ、聞きたくない。
首を横に振って、続く言葉を拒む。
「一緒が、いい……!」
「ああ、一緒だ。俺と一緒にここを出て、お前の過去を探す旅をしよう。ごめんな、マヒル。お前の兄ちゃんなのに、お前の心を、傷付けた」
ぼくと目を合わせたマヨイが、謝った。それは予想してたものと違ってて、頭の中が混乱する。
「……一緒?」
「ああ。なにが起きても、俺がマヒルを守る。お前も、手を貸してくれるんだろ?」
ぼくから視線を外したマヨイが、としょかんさんを睨む。
「ええ、もちろん」
にこりと笑って頷く彼を見て、ようやく理解できた。マヨイはぼくを、置いていかないってことを。




