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「落ち着いたか?」
その言葉に頷くと、彼は優しい目で「そうか」と言って、立ち上がった。ぼくも、同じように地面に立った。
「痛みは?」
「……大丈夫」
もうどこも、痛くなかった。
不思議なことを起こしたマヨイに顔を向ける。ほんの少し背が高い彼は、ぼくの足を見ていた。
「……酷いのは見た目だけか」
彼の視線を追って、自分の体を見る。乾いた土が、たくさんこびり付いてた。
「そんな格好で寝てたから、緊急かって慌てたんだ」
「ごめん」
どうやらぼくは、彼を驚かせてしまったらしい。ぼくも、これは駄目だろうと思うほどの、土だらけな服を叩いてみた。
……あんまり、落ちないかも。
「ここら辺は、雨が降ってない。だから普通に転んでも、そうならない。土に埋められたか、泥を吹きかけられたか……どっちかだろうな。悪いな、間に合わなくて。俺がもっと早くに来てやれれば、記憶喪失にはならなかったかもしれない」
「……ごめん」
こういう時、どう言えばいいのかが分からなくて、もう一度謝った。
そしたら彼も、ごめんって言ってきた。
「こんな話されても、困るだけだよな。次のことを話そう。まずは着替えだ。俺が野営してるところの近くに川がある。そこで汚れを落とそう」
歩き出したマヨイの後ろを歩いて、小さな川が見える場所に来た。
あそこで、服を洗うのかな?
低くなってる地面に飛び下りたマヨイが、こちらを向いて両手を広げる。
「ほら、来い」
……今のぼく、汚いんだけど。
地面が高くなってる場所で迷ったぼくに、「大丈夫だから」と言ったマヨイは、勘違いしてる。高いから下りれないんじゃない。マヨイの服を、汚したくないだけだ。
「怒らないでよ」
「こんなので怒るような男じゃないぞ、俺は」
やっぱり、勘違いしてる。
両手を広げてるマヨイに抱きつくように、土の段差から下りた。振り返って見たら、ぼくのお腹のところまであった。
「一人でも、下りれたと思う」
「怪我をするかもだから、止めてくれ」
歩き出したマヨイの背中。それを見つめたぼくも、足を動かした。……少しくらい、考えてくれてもいいじゃないか。
「マヒル、そこに座ってくれ」
川の近くにあった、岩。そこにぼくを座らせたマヨイが、手袋を取って川の中に手を入れた。
「水の精霊よ。清き命の君よ。どうか、我が呼び声に応えたまえ」
そう口にしたマヨイに、魔力が集まるのを感じる。川から引かれたその手は、透き通った布を持っていて。ぼくの顔を拭き始めた。
「冷たっ!」
「そりゃあ、水だからな」
プルプルしてる布が茶色に染まっていく。
……分かってたことだけど、本当に汚いんだね。
顔の汚れが落ちてから、マヨイが野営してるところに移動した。彼の服を借りることになって、天幕の中で実際に着てみたら……。身長と筋肉が、足りてなかった。
「……大きい」
「それだけ若いってことさ。旅をしてれば、お前もたくましくなるよ」
膝のところまである服を握って、自分の見た目がどれだけ弱いのかを理解させられていた時だった。
マヨイが口にした旅という言葉に、首を傾げる。
……旅は、村から村に行くこと?
なんとなく想像した光景に、色が浮かぶ。紫色の花が、咲いていた。
「腹は減ってるか?」
「……あんまり」
「なら、スープにするか。昨日のあまりを温めるから、そこに座っててくれ」
天幕の外に出てしまったマヨイの背中が消えてしまう。ひとりになったぼくは、自分の中で冷えていく心を見つめた。
マヨイの服を抱きしめるように、膝を抱えて座っていると。天幕の外で、火が踊る音がした。
きっとあれも、魔法。
精霊の力を借りて、世界を動かしてるんだ。マヨイに望まれて力を使ってる火の喜びが、こちらにも伝わってくる。
それを、いいなって思いながら。マヨイが戻ってくるのを待った。




