↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境観測士、鑑定AIで魔術を最適化する~今日もデータ片手に、幼馴染とまったり研究生活~  作者: hiyoko


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/57

055

 朝食の皿を片づけ終えると、ノエルは籠をひとつ提げて、先に裏口を出ていった。籠の縁からは、色の抜けた古いエプロンの紐が垂れている。

 小屋の裏手は、ゆるい上りになって雑木へ続いていた。幹の細い木ばかりで、枝先の葉はまだ薄く、朝の日がその間から斜めに地面へ落ちている。下草には夜の露が残っていて、アインの編み上げ靴の爪先が、歩くたびに濃い茶色へ変わっていった。斜面の途中に、ほかより一回り太い木が一本立っている。幹はまっすぐで、胸の高さまで枝がなく、樹皮には目立つ傷もない。

 リオルはその幹の裏へ回って、奥を確かめた。斜面はそのまま雑木の中へ上っていき、外れた針が飛んでいく先に、小屋も道もない。幹に掌を当てて軽く押すと、硬い手応えが返ってきた。

 三十歩ほど下がって、掌を幹へ向ける。


リオル「大地の欠片よ、穿て」


 足元の乾いた土から、目に見えないほど細かなものが吸い上げられて、掌の前へ寄り集まる。粒はひとつの点へ向かって詰まっていき、指の長さほどの灰色の針になった。放った針は、幹の胸の高さへ、乾いた音を立てて埋まった。

 近づいて見ると、針は半分ほどまで幹に沈んでいる。


アイン「半年前の記録にも、幹へ半分くらい入った針がある。木も距離も、同じかどうかは分からないけど」

リオル「じゃあ、今日はこの一本を基準にしよう」


 リオルは針を幹から引き抜いた。灰色の先端は、まだ朝の冷たさを持っている。

 振り返ると、ノエルが斜面の下で、物干しに使っていた古い竿を地面へ突き立てていた。竿の先へエプロンを掛け、紐を二度回して結ぶ。リオルが立っていた場所から、十歩ほど前。三十歩先の幹へ引いた線から、右へ半歩ずれた所だった。


ノエル「わたしは、だいたいこの辺りに立ちます。刀は右へ振り抜きますから、リオくんが通すなら、わたしの左脇ですね」

リオル「そのエプロン、昨日の夜から用意してくれてた?」

ノエル「雑巾にしようと思っていたんです。その前に、もうひと働きしてもらおうかと」


 ノエルは籠から細く裂いた布を出して、幹に巻きつけていった。一本目は、リオルがさっき撃った太い木。二本目と三本目は、その奥の左右に、両腕を広げたより少し遠く離れた木を選んだ。


ノエル「今日は、先頭をわたしが受けて、そのすぐ後ろに間を空けて三頭、ということにしましょう。この前のフィルウルフも、二頭目は一頭目の外側から跳んできましたから」

リオル「うん。覚えてる。あの時は、二頭目がノエルの刀の外だったから撃てたんだ」


 リオルは抜いた針を手に、さっき撃った位置まで引き返した。ノエルが戻ってくるのを待って、掌をもう一度前へ出した。今度は一本ではない。針を手元から扇に散らす、拡散ストーンニードル。土の術としては、ありふれたものだった。

 短い詠唱が終わると、さっきより細い針が五、六本、掌から一斉に飛び出した。手を離れたばかりの所では拳ひとつ分の幅しかないそれが、十歩先では両腕を広げたほどに開き、竿のエプロンをまともに叩いた。布が大きくはためく。残りの針は布の向こうへ抜け、三本の幹へばらばらに刺さった。

 ノエルが竿まで歩いていって、エプロンの裾を持ち上げた。小指が通るほどの穴が、二つ開いている。


ノエル「……わたし、穴だらけになりましたね」

リオル「ごめん。でも、向こうの三本にもちゃんと当たってる。ぶつかる前なら、これで十分強いんだけどね」


 リオルは掌から竿までの間を、指でなぞるように示した。散る針は手元から広がるから、前に立つノエルまで巻き込んでしまう。変えたいのは、その開き始める場所だった。


リオル「竿の所までは、いつもの針一本のまま、ノエルの左脇を抜けて。その先で、散る針に変わればいいんだ」

ノエル「撃ってから、術を変えるんですか?」

リオル「似たようなことなら、一度だけやったことがあるよ」

アイン「地下の部屋で、ゴーレムを倒した弾。飛んでいる間に、風、水、火、土と、順に中身を変えていった。変える時刻は、わたしが数えてた」

リオル「うん。でもあれは、いくつもの属性を使うから、魔力の消費が大きすぎるんだ。一発撃っただけで、膝をついたくらいだし。だから今度は、土だけにする。変えるのも、一回だけ」


 いつもの針も、さっきの散る針も、手を離れた時に決まった形のまま最後まで飛んでいく。今度は、手を離れる時はいつもの針として撃ち、決めた所まで飛んだら、その術を散る針の形へ組み替える。撃つ前に用意しておくのは、組み替えた先の形と、どこで、どの向きへ開くか、その条件だけだ。

 けれど、飛んでいる術の中で何が起きているかは、撃っている本人にも見えない。組み替えに失敗しても、どこで崩れたのかが分からない。


アイン「今度も、時刻はわたしが数える?」

リオル「今度は一回だけだから、切り替える場所は撃つ前に決めておくよ。アインには、針が切り替わる時を《鑑定》で見ててほしいんだ。魔力と術式が、切り替わる前と後でどう変わったか。僕は、撃つまで術を組むので手一杯になるから」

アイン「分かった。切り替わる前と後、両方を見る」

リオル「ノエル、開くのはどこがいい?」

ノエル「わたしより、三歩は先にしてください。肩のすぐ横で開いたら、端の針がこちらへ来ますから」

リオル「じゃあ、十三歩」


 詠唱は、いつもの針と同じ言葉にした。手を離れる針も、いつもとまったく同じものだ。その術の後ろへ、十三歩飛んだら散る針の形へ組み替えろ、という一節だけを足しておく。組み替えた先で開く針は三本。向きは、真ん中が太い木、左右がノエルの布を巻いた奥の二本。


リオル「大地の欠片よ、穿て」


 針はエプロンの左脇を抜けた。抜けて三歩、ちょうど狙った辺りで、灰色の線がふっと煙になった。

 さあっ、と砂が葉を擦る音がする。針がほどけたその場所で、灰色の砂が薄く広がり、そのまま下草へ降りていった。小さな欠片がひとつだけ、奥の木の幹でかつんと鳴って、根元へ落ちた。


ノエル「……砂、ですね」

リオル「砂だね」


 リオルは笑いながら頭を掻いた。針は、狙った辺りまでは飛んでいた。


リオル「アイン。切り替わった時、何が起きてた?」

アイン「切り替わる前は、いつもの針と同じ。形を支える魔力が、先から根元まで一本に通ってた。切り替わった時、術式は散る針の形になったけど、その魔力が新しい形のほうへ移らなかった。土は三本へ組み直されかけて、支えがないまま、その場で砂に戻った」

リオル「全部?」

アイン「先のほうに、前の魔力が少しだけ残ってた。そこだけ石のまま飛んだけど、針の形は保てなくて、回りながら当たってた。あの木の根元」


 根元の草を分けると、親指の先ほどの石が落ちていた。先はちゃんと尖っているのに、片側の腹に、幹へ横から当たった擦り傷がある。

 リオルは石を掌で転がしてから、腹の擦り傷を親指でなぞった。


リオル「切り替える時に、形だけ書き換えてたんだ。魔力の受け渡しを、何も書いてなかった」

ノエル「重い荷を渡す時と同じですね。受け取る手がしっかり掴むまでは、渡す手を離しません」

リオル「そう、それ。土を三本の形へ組み直すのと一緒に、支えてる魔力も三本へ配り直す。新しい形が受け取るまで、前の形は離さない。アイン、次も切り替わる前と後を見てて。三本に、魔力がちゃんと渡ってたか」

アイン「うん。渡ってたかどうかは、見れば分かる」


 石を足もとに置いて、リオルは試射の位置まで下りた。

 一つの術の中で、切り替えの一節を書き直すのは、思ったより手間がかかった。土を三本の形へ組み直していくのに合わせて、針を支えている魔力も三本へ移していく。その歩調を、撃つ前に一節の中へ書き込んでおかなければならない。魔力の移りが組み直しに遅れれば、さっきと同じ砂に戻る。額の生え際に汗が浮いてくるのが分かった。

 掌の前にできた針は、さっきとまったく同じ一本だった。太さも灰色の肌も、いつもの針と変わらない。


アイン「見た目も、中の魔力も、いつもの針と同じ。切り替えの一節だけ、さっきより長い」

リオル「よし。これで形を保ってくれれば」


 ノエルが、リオルの斜め後ろへ下がった。エプロンの竿は、十歩先で動かずに立っている。


リオル「大地の欠片よ、穿て」


 一本の針がエプロンの左脇を抜ける。布の裾がわずかに揺れた。

 三歩先で、灰色の線が一瞬だけ滲んだ。ほどけて煙になるのではない。一本だった線が、その場で三本に引き直されたように見えて、三本はそれぞれの向きへ開いていく。

 とととっ。

 ほとんど一つの音に聞こえた。三本の幹に巻いた布が、それぞれ同時に跳ねる。

 葉が一枚、遅れて落ちてきた。

 リオルは掌を下ろすのも忘れて、斜面を駆け上がっていた。太い木の布の真ん中に、細い針が一本刺さっている。右の奥の木にも、左の奥の木にも、一本ずつ。三本とも、最初の一本より細く、先を幹へ向けて、まっすぐに立っていた。


リオル「……刺さった」


 声に出してみると、喉の奥から笑いが込み上げてきた。


リオル「刺さった! 三本とも!」


 振り返ると、ノエルはもう太い木の前まで来ていて、針の根元に指先を添えていた。抜こうとして少し力を入れ、それから手を離す。


ノエル「しっかり刺さっていますね」

リオル「でしょ?」

アイン「切り替わった時、魔力は三本にちゃんと渡ってた。三本とも、そのあと形は崩れてない。飛んだ向きも、リオルが書いたとおり」


 アインは左右の木を順に回ってから、真ん中の木の前で足を止めた。少しだけ顔を近づけて、針の刺さった角度を、自分の目でも確かめている。

 深さは、一本目の針にはまるで届かなかった。最初の針は半分まで沈んだのに、今度の三本は、先から指の節ひとつ分ほどしか入っていない。


リオル「やっぱり浅いね。一本ずつが軽いから」

ノエル「でも、生き物は幹より柔らかいですから。喉か脚に入れば、跳ぶ足は鈍ると思います」


 ノエルは刺さった針の横に掌を当てて、そのまま腰の辺りまで下ろした。


ノエル「本物を狙うなら、このくらいですね。今日の想定なら、わたしが先頭を止めたところへ、後続の三頭が間合いに入ってきます。リオくんは、その三頭を狙ってください」

リオル「ノエルが先頭を止めた瞬間か。撃つ前に、合図は要る?」

ノエル「左を空けた時が、合図です」


 さらりと言って、ノエルは腰の高さに留めていた手を下ろした。

 リオルは自分の掌を握って、開いた。指の先に、針を撃った後の軽い痺れが残っている。いつもの針よりは重い。けれど、地下で弾を撃った後の、膝から崩れるような重さとは比べものにならなかった。


リオル「アイン、今の一発で、魔力はどれくらい使った?」

アイン「いつもの針より多い。地下で使った複合魔術よりは、ずっと少ない。今の残りなら、同じのを続けて何発か撃っても、まだ余裕がある」

リオル「じゃあ、もう少し試せるね」

アイン「撃つたびに、減り方を見て数え直す」


 リオルは太い木の針を一本抜いて、指の間で転がした。細く、先まで尖っている。ノエルの脇を抜けて、その先で三本に開く一発が、この軽さで撃てた。

 一本のまま伸びて、その先で開いた軌跡が、まだ目の奥に残っている。花の開き方に、少し似ていた。《ブルームニードル》と口の中で呼んでみると、思いのほかすんなり馴染んだ。

 ――切り替わった先で出すのは、針でなくてもいいのかな。

 たとえば獣の鼻先で何かが弾けるだけでも、跳ぶ足は一拍止まるかもしれない。そこまで考えて、何を弾けさせるのかが、うまく形にならなかった。リオルは針をもう一度眺めてから、とりあえず胸のポケットへ落とした。


 ノエルが竿まで下りていって、エプロンの裾を持ち上げた。小指の通る穴は、最初の試射で開いた二つのままだった。


ノエル「リオくん。今度は、エプロンには当たりませんでしたね」


 竿をまっすぐに立て直して、ノエルはエプロンの紐を結び直した。その間に、リオルはもう元の場所へ戻って、掌を前へ出していた。

 足元の土から、灰色の粒が、また寄り集まり始めた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

面白い・先が気になると思っていただけたら、ブックマーク・ポイント・リアクション等応援してもらえると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。