8.5−10 絶対に萌えない。それだけは断言できる
「邪魔するな、邪魔するな……邪魔なのよ、あんたは!」
感情の浮き沈みが激しいのか、情緒不安定なのかは知らないけど。俺の華麗な炎魔法を受けて、キリアさんが野太い声を上げ始めた。……なるほど。モンスター度が増すと、萌え声率は減っていくのか。今の彼女は、キュンの欠片もないダミ声で。……これじゃどんなに物好きな男でも、誘惑に引っかかることはあるまい。
「清廉の流れを従え、我が手に集え。その身を封じん! アクアバインド……トリプルキャストッ!」
「って、うっわ! あっぶなー……!」
しかしながら、相手はモノホンのクリーチャーなもので。見た目や醜い声はさておき、完成度の高いデザイナーズという事もあって、それなりに強い魔物らしい。俺のファイアボールでダメージを与えられこそしたものの、まだまだ元気で余裕綽々。大量の足をもぞもぞと動かしながら、あり得ない速度で突進してくる。そんな彼女の攻撃を、ハーヴェンが拘束魔法で防いでくれるけど。うっ……ハーヴェンがいなかったら、頭からガブリンチョされてたかも知れない。
「ぐっ……! か弱い女の子相手に2体1だなんて、卑怯じゃない……!」
いや、そのナリでか弱い女の子を自称されてもなぁ。ここぞとばかりに、可愛い声を出されても、さっきのダミ声もしっかり耳に残っているし。……今更、そんな嘘は通用せんのだよ。
「大体ッ! そっちの坊やはともかく、なんであんたは引っかからないのよ! 夜通しで魅了をかけてたのに!」
がんじがらめに拘束されて、とうとう破れかぶれになったらしい。長い舌から粘液を飛ばしながら、キリアさんがハーヴェンを詰り始めるけど。えっ、そうだったの? だって、キリアさん……しっかり、寝袋に収まってたじゃん。ガッツリ寝てた感じじゃん。……もしかして、眠りながらでも魅了ってかけられるもんなのか……?
「あぁ、そのこと? 言われれば、確かに……随分と頑張った格好をしていたものな。肌の露出が多ければ、香りも強くなるのだろうけれど……料理人ってのは、何かと香りにも敏感なもので。発酵やら、追熟やらの匂いもそれとなく分かるんだ。香りの種類さえ分かっていれば、引っかからないように気を張るくらいは、大した事ないさ」
いや、気を張るくらいで防げないだろ、魅了は。ハーヴェンは普通の人間ができないこともサラッとやりやがるから、なんだかんだで頭が上がらない気がする。
(見た目は頼りなくても、中身はガッツリ人外だからなぁ)
それに、匂いが分かるのは料理人だからと言うよりは……犬っぽい悪魔だからだろ。ハーヴェンの鼻の良さは、ちょっとやそっとのものじゃないだろ。料理人のクダリは関係ないと思う。
(いや、そうじゃなくて。もしかして、あの透け透け衣装は……)
肌の露出を増やすため……延いては、ハーヴェンを落とすために頑張った結果らしい。ハニトラにしても、随分と分かりやすいなと思っていたけれど。どうやら、キリアさんの露出狂はそれなりに意味があった……でいいのかな、これ。
「余程に俺を落としてくれようと、必死になってくれたみたいだが……しかし、何が良くて、俺なのかなぁ。お陰で、甘ったるい香りに混じった刺激臭も強かったもんだから……鼻がもげるかと思ったぞ」
「何ですって⁉︎ それじゃ、まるで私が臭いみたいじゃない! ご主人様にもいい香りって、褒められたのに⁉︎」
「……ご主人様?」
「あっ……」
勢い余って、なんとやら。キリアさんがポロッと妙な事を言い出すもんだから、ハーヴェンの眉がピクリと跳ね上がる。どうやら、キリアさんには「ご主人様」がいる様子。それって、つまり……あれかな? キリアさんをクリーチャーに仕立てちゃった奴だったりするんだろうか?
(しかし、このモンスターに「ご主人様」って呼ばれても、なぁ……)
キュンキュンしたメイド服を着ていたとしても、絶対に萌えない。それだけは断言できる。
「それで? 君のご主人様はどちらにいるのかな?」
「べっ、別に、あなたには関係ないでしょ!」
「いいや、大いに関係あるな。……デザイナーズの出どころ調査も、特殊祓魔師の大切なお仕事だ。縄張りが浄化遺跡認定されちまったのが、運の尽きだったな」
「くっ……!」
魔法でガッチリ拘束しているのをいい事に、「拷問は嫁さん達にお任せしようかな」なんて、言っているハーヴェンだけど。……何と言いますか。ハーヴェンって、お仕事モードの時は普通に怖い事を言い出すんだよな。そりゃ情報を引き出すのに、拷問が有効手段なのは分かるけど。当然のように、大天使ちゃん達に拷問を頼もうとするなよ……。
(まぁ、ハーヴェンの事だ。……どうせ、本気じゃないんだろ)
いい子にしている分には、酷い事をするつもりもないようで……キリアさんがボソボソと観念したように、事情を呟けば。拘束魔法を解除しないにしても、ピリピリした雰囲気だけは器用に引っ込めやがった。
「……プリカント? いや、知らない名前だな……」
「でしょうね。プリカント様はこっちで尻尾を出す程、間抜けじゃないもの」
「そか。それで? そのプリカント様はどこに住んでいらっしゃるのかな?」
「……それを知ってたら、苦労はないわ。クグツマンドラゴラを献上すれば、他は自由にしていいって言われてたけど。……収穫の時も下僕を寄越すだけで、本人のお姿はここ100年くらい拝んでないの」
きっと、話している内に戦う気力もなくなっちまったのか……キリアさんが最初のビッチ聖女の姿に戻っている。うん、俺もモンスターな見た目よりは断然、こっちの方がいいと思うな。……透け透け感は相変わらずだけど。
「とは言え、どうしようかなぁ。流石に、このまま解放する訳にはいかないし……」
「だよなぁ。ここで野放しにしたら、またマンドラゴラを量産されちまうよな」
だったらいっその事、亡き者にしちまおう……なんて発想が出ないのも、平和ボケしているハーヴェンらしい。ま、それは俺も同じかぁ。
「だ、だったら、私を保護してよ! お願い!」
「えっ? 保護……? それはどういう意味かな?」
どこぞにご主人様がいるらしい事が分かったところで、キリアさんが意外なお願いをしてくる。それって要するに、匿ってくれって事なんだろうか? キリアさんも随分と必死な感じだし、何かに焦っているようにも見える。キリアさん、誰かに脅されてたりするのか……?




