8.5−7 廃れ具合とおニューな空気がミスマッチ
(うーん、やっぱり……なーんか、引っかかるんだよなぁ)
他でもない、ハーヴェンの態度が。
朝食を終えて、昨日見つけた「集落の跡地」へ足を踏み入れたのはいいものの。俺はハーヴェンの珍しいまでの塩対応に首を捻っていた。
……いや、ハーヴェンはいつも通り、底抜けに優しいよ? 冒険者達にもしっかりと朝飯を分け与え、「遠慮なくしっかり食えよな」なんてお代わりまで提供しちゃっているのだから……これは優しいを通り越して、「お前のサービス精神はエンドレスなのか?」と小一時間問い質したい気分にもなる。ただ……ムサい冒険者達相手はいいとして。ハーヴェン……妙に嫌がっているんだよ、キリアさんのことを。
「ハーヴェン様ぁ、ここが例の村ですかぁ? 本当に調査対象で、間違いないのですぅ?」
「あぁ、そうだな。その前に、キリアさん。そんなにくっつかないでくれるか。仕事の邪魔だ」
「えぇぇ〜? 折角、癒してあげようと思ったのに〜!」
「そんな癒しは必要ない」
仕事の邪魔だの、必要ないだの……こんなにハッキリ言うなんて。ハーヴェン、本格的に嫌がっているな、これは。
一方でキリアさんはハーヴェンを気に入ったのか、俺じゃなくてハーヴェンにやたらとくっつこうとするし、ボディタッチが必要以上に多い気がする。
(なんか、妙にビッチっぽい。本当にこの人、聖女なのかなぁ……)
朝食後に改めて、(強引に)自己紹介されたところによると。キリアさんはこの秘境に程近い、ヴァラハ公国公認の聖女で、冒険者達の雇い主でもあるらしい。浄化遺跡を正式に領土にするために、ヴァラハのお偉いさんからきっちり浄化してこいと命令されたそうで……彼女のボディガードとして、冒険者達を雇っていたんだとか。
(しかし、さぁ。これは聖女と言うよりは……)
性女の間違いなんじゃ? 寝袋の下から出てきたのは、下着かよってくらいに透け透けなローブ姿で、露出もかなり多いし……ビッチ臭がプンプンする。ま、まぁ? 確かに、スタイルはとってもいいと思うけど……。
(……何と言いますか。アレイル先生やリッテルさんと比べると、かなり見劣りするんだよな……)
……比較対象が悪いのも、もの凄く失礼なのも、認める。そもそも彼女達は極上の美女枠だし、人間のおにゃにゃの子が敵う相手じゃない。
だけど、彼女のビッチさが気に入らないのか……「悪魔じゃなくて、実は聖人なんだよな、お前?」と言いたくなる程にお人好しのハーヴェンが顔を顰めているんだよ。冗談抜きで、本当に迷惑そうに……聖人疑いのあるハーヴェンが、キリアさん相手には露骨に嫌な顔をしている。
(ハーヴェンのこんな顔、初めて見たかも……)
昨日の晩、本当に何があったんだろう?
「それにしても……ハーヴェン。この辺、なんか……空気がちょっと綺麗な気がするけど。気のせいか?」
とりあえず、分からない事はさておいて。集落の跡地に現地入りした途端、違和感が濃くなった事に、天才的な勘を持つ俺はしっかりと気づいていた。何と言うか……森の中より随分と呼吸がしやすいんだよ、この辺。空気が柔らかくて、澄んでいる気がする。
「それはそうだろうな。ここは何故か、異常なまでに瘴気が薄くてな。まぁ、浄化遺跡なんて言ったところで、瘴気に覆われているのは一部だけってこともよくあるし、瘴気濃度にムラがあるのは普通のことだ。だから、これだけなら不自然でもないんだが……」
「……ハーヴェンがそう言うって事は、不自然な部分があるんだな?」
俺のナイスな反応に、ハーヴェンが重々しく頷く。腕にぶら下がっているキリアさんを睥睨しつつ、ハーヴェンが「あれを見て」と示す方をどれどれと見てみると。あれは……どうやら畑っぽい? しかし、荒れ放題な周りの家とは対照的に、妙に真新しくて。まるで最近まで整備されていましたと言わんばかりに、等間隔に綺麗な穴が開いている。
(何の畑だったんだろうな? えーと、大根……じゃないか)
興味本位で、穴を覗き込んでみれば。この大きさは大根どころの騒ぎじゃないな、コレ。まるで何かでくり抜かれたように、綺麗な円形の穴。意外と深く、俺も難なく埋まりそうだし……いっその事、ハーヴェンみたいな大の男もすっぽり入りそう。
(いや、ここで問題なのは大根……じゃなくてな。見つかったばかりの浄化遺跡で、どうしてこんなにも綺麗な畑があるんだって事だよな)
……俺ってば、メッチャ冴えてない? ハーヴェンの言いたい「不自然」の中身は、廃れ具合とおニューな空気がミスマッチってコトだろうな。
「なんか、この畑……妙に手入れが行き届いてない? 最近まで使われてましたって、匂いがプンプンするけど。でも、さ。この秘境、一昨日に見つかったばかりなんだろ? だったら、おかしくない?」
そうして、俺が華麗な推理を展開すれば。ハーヴェンがニッコリと笑って、これまたバッチリと褒めちぎってくる。そうだろう、そうだろう! 俺の名探偵っぷり、もっと褒めてくれてもいいぞ?
「おっ、流石はイグノ君。頭の回転速度も、頼もしいな!」
「当然よ!」
「そうだな、俺もイグノ君が言う通り……これだけ真新しい畑があるのは、おかしいと思う。少なくとも、外周は瘴気にドップリと浸かっていたはずなんだ。それなのに……こんな所に、誰かが畑仕事をしていた形跡があるともなれば。……普通の浄化遺跡でもなさそうだ」
不意に落ちる、声のトーン。でも、何やら……ハーヴェンには、更に何かの心当たりがあるらしい。畑に注いでいた鋭い視線をそのままキリアさんにスライドさせて、乱雑に彼女の腕を振り解いた。
「……という事で、キリアさん。君はここで何を栽培していた……は愚問か。この穴の大きさといい、綺麗にくり抜いた跡といい。……君はここで、クグツマンドラゴラを作っていたんだな?」
「クグツマンドラゴラ?」
マンドラゴラと言えば! ファンタジーお約束な植物……いや、大概はモンスター扱いか。いずれにしても、足が生えた大根みたいな奴で、大抵のファンタジーでは貴重な薬とか、媚薬とか。そんな感じの薬の材料にされる奴だった気がする。で……引っこ抜く時の絶叫を聞いたら、死んじまう系のモンスターだったっけ。
(それじゃぁ、ハーヴェンが言っているクグツマンドラゴラは、その亜種てことか?)
なんか知らんが、キタコレ! ラノベ的展開キタコレ……じゃなくて、だな! いや、待てよ。どうして、そこでキリアさんを疑うんだよ、お前は。さっきからちょいちょい、キリアさんに失礼過ぎるだろ。それと、モブの冒険者共! お前らもキリアさんの仲間だったら、弁明くらいしてやったらどうなんだ! 飯を恵んでやったせいかは、知らんが。今朝から、随分と大人しいじゃないかよ!
「あらぁ? ハーヴェン様、そんなに怖い顔をしないでくださいよぉ〜。……ったく、どうして効かないのかしら。あなたもだけど……そっちの坊やも、私の魅了が効いてなさそうね?」
「えっ?」
……あれ? もしかして……ハーヴェンの予想、ビンゴだった感じ? キリアさんのビッチ感がますますアップした気がするぞ。
(それはそうと……俺、魅了されてたのか……?)
……あっ、違うな。魅了は仕掛けられたけど、引っ掛からなかったのか。だとすれば、俺が魅了に引っ掛からなかったのは……
「もちろん! それは当然……」
「……今朝のスープを食ったから、だな」
そう、スープを食ったから……って、そうなの? えーと……俺が優秀な魔術師だから、魅了が効かなかったんじゃないの?
「あれにはしっかりと、精神系の状態異常を防ぐコハクシシタケを混ぜてあってさ。……イグノ君は本格的に陥落する前にスープを腹に収めたから、大事に至らずに済んでいるんだ」
あっ、そうだったんだ……。だから、ハーヴェンはスープを早く飲めって急かしてきたのか。そして、ハーヴェンが異常なまでにキリアさんを拒絶していたのは……。
(とっくに気付いていたって事か。……キリアさんが怪しいことに)
いや、そもそも……な? ハーヴェンには、素で魅了は効かないと思うな。だって、大天使ちゃんの尻に敷かれてる恐怖で、それどころじゃないだろうし。浮気もそうだけど……ちょっと魅了に引っかかっただけでも、致命的なミスになりそうだもん。
【補足】
・コハクシシタケ
針状の突起が垂れ下がり、まるでライオンのたてがみを思わせることから、「琥珀の獅子」の名を持つ食用キノコ。
特に鮮やかな黄金色を示し、棘の細さが均一で美しい物は非常な高値で取引されており、コハクシシタケが群生する広葉樹はまさに「金のなる木」である。
まろやかな苦味とシャキシャキとした食感で、汁物や揚げ物で食される他、精神安定に有効とされる抗酸化物質を豊富に含んでおり、精神系のステータス異常の治療薬や抗うつ剤にも活用されている。




