8.5−5 悪魔になりたいだなんて、滅多な事を言うもんじゃない
ヘラジカを撃退した後は、意外と平和なもんで。途中、小型の魔物を観察したり、珍しげなキノコや植物を記録したりしながら、一際大きな木の下で夜を明かそう……って事になったんだけど。明日も引き続き、森の探索……にはならず。集落の跡らしき場所を見つけたもんだから、朝を迎えてから調査しようって事になった。
(村の跡地か……。もしかして、お宝があるかも知れない⁉︎)
蛇さんパニック的な展開を想像していたんだけど。しっかりと出てきた遺跡調査な雰囲気に、俺は遅まきながらワクワクしている。それはさておき……。
(ウマぁ……! マジでウマぁ……!)
手元の肉は馬肉じゃなく、鹿肉だけどな!
予告通り、晩飯に出てきたのはヘラジカのTボーンステーキ。素材そのまんまと見せかけて……ハーブが効いた骨つき肉は、齧り付くだけで幸せがお口いっぱいに広がる。見た目はワイルドなのに、仄かに香るラベンダーっぽい風味が、ちょいと上品な感じもして。意外とサッパリしているもんだから、いくらでも食えるな、これは。
しかし……これ、魔物肉なんだよな? 瘴気とか、毒とか、大丈夫なんだろうか?
「なぁ、ハーヴェン」
「お? 何かな、イグノ君。もしかして、お口に合わなかったか?」
「いや? そんな事は全然ないし、メチャクチャ美味いんだけど。……これ、瘴気抜き済みなんだよな?」
「もちろん、そこは心配ご無用。ちゃーんと、処理済みだぞ。……実はな、使ったハーブに秘密があって」
「ハーブ?」
焚き火の向かい側で、チビチビと茶を飲んでいるハーヴェンによると。瘴気抜きには、ちょっとしたトリックがあって。俺が何気なく「いい匂いだなー」とか思っていたラベンダーらしきハーブと、ハーヴェン自身に秘密があるらしい。
「イグノ君が心配している通り、魔物肉は瘴気もしっかり含んでいるから……当然、そのままじゃ食えないんだけど。瘴気浄化効果のある調味料と悪魔の特殊能力を使えば、オールクリアになるんだな」
まずはこれ……と、ハーヴェンがゴソゴソと取り出したるは、紫色の蕾がびっしり詰まった大きめの瓶。この紫色は「ミルナエトロラベンダー」と言うそうで、強烈な光属性を持つ魔法植物なんだとか。
「こいつには、瘴気を浄化する性能があってさ。魔力回復効果があるだけじゃなく、瘴気が原因の病気全般に効くんだ。でも……流石にこれだけじゃ、即座に綺麗さっぱり瘴気を払えないもんだから。残りは悪魔の耐性を使って、処置した感じかな」
「そうだったんだ?」
曰く、悪魔は瘴気が全然平気どころか、魔力に変換して消化までできちまうらしい。万が一があっても、対象から瘴気を引き受けるなんてこともできちゃうそうで……瘴気が濃ゆいダンジョン攻略では、特に重宝がられるんだとか。
「なんか、羨ましいかも……俺も悪魔になりたい」
「いやいやいや、そんなに素敵なもんじゃないぞ? 悪魔になりたいだなんて、滅多な事を言うもんじゃない」
「えっ? どうして?」
「……俺はこうして、何気なく暮らせているけど。悪魔になった直後は記憶喪失になってるわ、記憶を思い出したら思い出したで、激しい頭痛に襲われるわ……。そんでもって、記憶を取り戻すには試練を受けないといけなかったりしてさ。……その前に、俺みたいな上級悪魔になるには、生前にそれ相応の苦痛を経験していることが前提だったりして。今の平和な世の中じゃ、まずまず上級悪魔は発生しないかも知れないなぁ」
なんでも、ハーヴェンは300年くらい記憶喪失の状態で、苦労したんだそうな。しかも、彼みたいな上級悪魔になれるかどうかは、死んでからじゃないと分からないそうで……上級悪魔っていうSSR並みのガチャを引ける奴は、1割くらいしかいないらしい。
(300年も苦労するのも嫌だけど……死んで初めてレア度が分かるって、どういう事だよ!)
流石に、そんな命懸けのガチャは引きたくないぞ。もちろん、ソシャゲみたいな「◯連ガチャキャンペーン!」みたいな大盤振る舞いがあるワケでもなく。……1連ガチャで上級悪魔を引けなかったら、取り返しもつかないっぽい。
(ガチャ爆死どころの騒ぎじゃないぞ、これ……)
うん。悪魔に憧れるのは、本当にやめておこう。悪魔になりたいだなんて、滅多な事を言うもんじゃないな。
「さて……そろそろ、デザートはいかが?」
「おっ、待ってました!」
話題を切り替える……というワケではないけれど。ハーヴェンが火にかけていたクッカーを開けると、シナモンの香りがたちまち広がって。……悪魔になりたいどころじゃないと、サッサと気分も切り替える。そうして、蓋の下から現れたのは……フルーツの形を丸々と残した、焼きリンゴだった。
「クリームチーズ入り焼きリンゴだぞ〜。熱いから、火傷に注意してな」
「うん! いただきまーす!」
うめぇ……! これまた、ヤバいくらいにうめぇ……! リンゴの爽やかな風味に、クリームチーズの酸味と濃厚さが絡まって、とにかくエクセレント。あぁ……キャンプ飯、最高。
「……って、ハーヴェン。それ……どうするんだ?」
俺がウマウマと舌鼓を打っていると。ハーヴェンが鹿肉の余りとリンゴを取り分けて、何やら容器に詰めているんだけど。あっ、もしかして……天使ちゃん達へのお土産にするつもりなんだろうか?
「あぁ、ちょっとお裾分けに行こうと思ってな。……まさか、日が落ちてからも付いてきているなんて、思いもしなかったし。様子見がてら、話を聞こうかと……」
……いや、待てよ。本当に待って。勝手について来ている冒険者相手に、お前がそこまでしてやる義理は、本当にないだろ。
「流石に、エルクの群れには手を出さなかったみたいだが……ちょこちょこ魔物狩りはしていたみたいでな。まさかとは思うが、処理なしで食おうとしていないか、気になってさ。それに……魔物肉もそうだが、キノコやら木の実やらにも手を出していたら、かなりマズい。あっちは腹を壊す程度じゃ済まないし……」
冒険者ならば、その辺の心得はあると思うけど……なんて、苦笑いしているハーヴェンだが。いや、そうじゃなくてだな。逆に襲われるとか、強奪されるとか……この場合は、別の心配をした方がいいと思うぞ。
(うん、分かった……分かったぞ。ハーヴェンはお人好しなんかじゃなくて、冗談抜きで間抜けなんだな)
あいつらがハーヴェンの本当の姿を見たかどうかは、知らないけど……ハーヴェンは人間側だと、あまり強そうに見えないからなぁ。ノコノコ出て行って、変な目に遭わなきゃいいんだけど。……大丈夫かな。




