8.5−4 ヘラジカパワー、恐るべし
「ブフォォォッ!」
荒い鼻息の後に響くのは、耳をつんざくような巨獣の雄叫び。明らかに敵意満々なヘラジカは、完璧に俺達をロックオンしてくれちゃったようで、すぐさま巨体を揺らして突進をしでかしてくる。
「イグノ君、下がって!」
「うぉっ⁉︎」
下がって、って……簡単に言うけどな⁉︎ すんなり避けられたら、苦労はねーわ!
俺が動けないのをいい事に、勢い、ハーヴェンに押し飛ばされた格好になったけど。草むらに着地した背中から、ズキリと痛みが走るもんだから、起き上がるのもちょっと辛い。クッソ……緊急事態だからって、力任せに突き飛ばしやがって……。
「痛てて……! おい、何すんだ……」
これは文句の1つや2つ、言ってやらねばならんな! そう思って、顔を上げると……例の包丁らしき武器でヘラジカの角を受け止め、いつの間にか悪魔姿になっているハーヴェンがギリギリと歯を食いしばっている。
あっ、これは文句を言っている場合じゃなさそうだな……。むしろ、助けないといけない場面な気がする。
「くっ……!」
「ブルル……! ブルルルル……!」
ハーヴェンは2本の尻尾を地面に突き刺して、なんとか魔物の突進に耐えている模様。その尻尾からは強烈な冷気が出ているらしく、奴の足元から緑一色だった草むらが白銀へと様変わりしていた。
だけど、だからと言って……ハーヴェンが優勢にはとても見えなくて。ヘラジカが蹄を鳴らす度に、ハーヴェンはジリジリと後退し、足元からはピシリピシリと氷が砕ける音が聞こえてくる。
……うん、これは力負けしてるな、完璧に。悪魔側のハーヴェンを圧すなんて……ヘラジカパワー、恐るべし。
(かと言って……どうする? 俺が手出ししたところで、あれを仕留められるとは思えないし……)
いや、本当は俺だって……自慢のロムルスで格好良く討伐したいよ? でも、いかにも巨体なヘラジカを一発で貫けるだなんて、過信もしてないワケで。
……悔しいが、この世界はよくあるゲームみたいに、物理的法則を無視してモンスターをズバッと殲滅できる作りにはなっていない。魔法の発動が妙に現実的なら、武器の切れ味も憎い程に現実的。もちろん魔法武器を上手く使いこなせるようになれば、モンスターを一刀両断にもできるみたいだが……少なくとも、俺の腕ではその領域に達していないことも、理解している。ハーヴェンさえも苦戦している魔物をぶった斬るなんて、俺には無理。多分、無理。
(だとすれば、アシストをすればいいんだな。えぇと、この場合は……)
そうだ、足を狙ってみるか。少しでもバランスを崩してやれば、ハーヴェンも楽になるかも……?
「灼熱の矢を放て、振り下ろさん! 虚を清め、薙ぎ払え! フレアアロー!」
ちょっと魔法の練習をした甲斐があったな。発動がかなり面倒な魔法だが……ピンポイントで足を狙って、フレアアローを発動してみれば。俺の華麗な攻撃魔法に、ヘラジカの足元がグラリと崩れる。
「ハーヴェン!」
「よっし! ナイス、イグノ君!」
俺のナイスな気転をしっかりと活用し、ハーヴェンがヘラジカの角を弾く。そうしてすぐさま、野太い悪魔ボイスで唸ると同時に、ヘラジカの角をスパッと横一閃し……続けざまに、包丁の背で強烈な横薙ぎを喰らわせた。
……あっ、やっぱりこのレベルになると、角くらいは一刀両断にはできるんだな。流石に本体まではズバッとできなかったみたいだが……あの角を綺麗に落とせるのは、純粋に凄いと思う。
「ふー……イグノ君のおかげで、なんとかなったな。サンキュー!」
無事にヘラジカをダウンさせて、いつもの姿に戻ったハーヴェンだけど。嬉しそうにニコニコしながら、俺のアシストを大絶賛してくるじゃないか。
「いや、本当に……俺だけじゃ、危なかったなぁ。イグノ君は魔法のセンスもいいし、判断力も抜群だな」
「そうだろう、そうだろう! 俺がいて、よかったな! ハーヴェンだけじゃ心細いんなら、この先も付いて行ってやってもいいぞ?」
「うんうん、そうだな。イグノ君がいてくれると頼もしいし、この先も一緒に来てくれると、嬉しいぞ。それに、この調子なら……特殊祓魔師認定もあっという間かもなぁ」
「おぅよ!」
ふふ……もっと褒めてくれてもいいぞ? なんてったって、俺は女神の愛し子……つまりは、天才だからな! 特殊祓魔師になるのも、時間の問題ってもんよ。
「それはそうと……勢いで、晩飯の食材もゲットできちまったな。今夜はワイルドに、ヘラジカのTボーンステーキにしましょうか」
「えっ? これ……食えるのか?」
「もちろん。魔物肉は通常の畜肉よりも、魔力の含有量が多くてな。きちんと下拵えをして瘴気抜きをすれば、魔力回復ができる上に、高タンパク・低カロリーで旨みも強い。新鮮な食材をガッツリ食えるのも、現地調査の醍醐味だろう」
「ほぉ〜!」
俺、頑張って良かったかも! 成り行きで襲われたとは言え……ワイルドグルメにありつけるなんて、ラッキーじゃん。しかし……今、晩飯って言ったか? えっ? 昼飯じゃなくて? だとすると……。
「……ハーヴェン、もしかしてなんだけど」
「うん?」
「この森の調査、数日かかるのか? 今から晩飯のことを考えるって事は、野宿するんだよな?」
「調査日程は2〜3日で考えているけど……まぁ、ある程度の空気感が確認できれば、1日でもいいかもな。あぁ、心配しなくても、大丈夫。そんなに酷い事にはならないよ」
「そうなの?」
「おぅ。ちゃんとテントも持ってきているし、フカフカの寝袋もあるぞ。それに、最悪の場合はポインテッドポータルで街に戻ることもできるから」
なんだ、それならそうと言えよ。ハーヴェンが一緒なら、魔物に関しても心配いらないだろうし……しかも、これは憧れのキャンプってやつだよな⁉︎
(ワイルドにキャンプできる男、格好いい! ……って、キャンプが流行った時に思ったこともあったけど。結局、準備とか、段取りとかが面倒で諦めたんだよな……)
だけど、今回は面倒なことはもろもろハーヴェンがやってくれるし、ワイルドグルメ付きだし。悪くない……とっても悪くないぞ! 俺、遺跡調査がちょっぴり好きになったかも……。
【魔法説明】
・フレアアロー(炎属性/中級・攻撃魔法)
「灼熱の矢を放て 振り下ろさん 虚を清め 薙ぎ払え フレアアロー」
ファイアボールの派生魔法で、炎の矢を放つ攻撃魔法。
攻撃形態・軌道はファイアボールに近しいが、炎弾の形状が鋭く変化しており、命中率・威力が大幅に向上している。
「炎の矢」のイメージを明確に持ちやすいため、発動難易度はそこまで高くはないが、矢を1本1本形成しなければならない特性上、照準合わせが煩雑になりがち。
そのため、複数の相手を攻撃する手段ではなく、特定のポイントに高威力の攻撃を叩き込む手段として活用されることが多い。




