帰ろう……
5人は誰は黙々と国境へ向かって歩いていたが、昼近くにミーシャがようやく口を開いた。
「ミリー……手が痛いニャ」
気付かない間にミリーはミーシャとハインリヒの手を強く握っていた。頼りない声に慌てて手を緩めて手を見ると血まみれになっている。
「ど、どうしたの!? ミーシャ……ハインリヒも手が血まみれだよ!?」
「にー、にー」
「くーん、くーん」
ミーシャもハインリヒも鳴きながらミリーに抱き着いてきた。二人のいつもと違う様子に心配になったミリーは立ち止まって二人のことを撫でた。
「大丈夫? 休憩しながら手当してあげるからね……」
「そろそろ一休みしても大丈夫じゃない?」
「あ、うん。そうでござるね」
夜明けから昼近くまで歩き通しで全員疲れている。とにかく水辺を探して休憩をすることにした。
キュッと結んだミリーの口はへの字になって、眉根を寄せて難しい顔をしている。
ミーシャもハインリヒも師匠二人もナーガが樹になったことは分かった。四人はそのことを、どのタイミングでミリーに言うべきか迷っていたのだが、おそらくミリーにも分かったのだろう。
歩き始めてからミリーはナーガのことを一切口に出していない。
「大丈夫だよ、もう血は止まってるから。綺麗にしようね、二人とも」
手にこびり付いた血を洗い流す間二人は大人しくしていたが、ときどき鼻を鳴らしたり小さな声で鳴いたりしてしょんぼりしている。
「綺麗にしたら皆でパン食べようね……美味しいパンなんだよ!」
「……ミリー、抱っこ」
元気のない二人を元気づけるようにミリーが言うと二人はミリーにぺったりくっついて甘えてきた。ミリーは川べりに座ると二人を膝に乗せた。二人一緒に乗ると重たいが構わない。
「ミリー……あのね」
「うん」
「じじい、先に行けって」
「うん……そうだね」
「それでね、じじいは……後で、来るって」
「うん、あのね……ごめんね、二人とも。あたし、ちゃんと分かってるから。だから……だから……う、うえええええぇぇぇぇ!」
「にーにー、にーにー」
「きゅーん、きゅーん」
ミリーがとうとう泣き出すと、それにつられて二人も泣き始めた。
*
「今日はここで野宿だね」
「そうでござるね」
師匠たちは火を熾して野宿の準備をはじめた。泣き疲れてそのまま眠ってしまった三人のことは起こさないよう、そっと抱き上げて火の傍で寝かせた。
それから魚を捕ったり食べられる木の実を集めて、ミリーたちが起きるまで見守っていた。
「さかな」
「……お腹空いた」
魚の焼ける匂いに先にミーシャがむっくりと起きて、次にハインリヒが目を擦りながら起き上がった。もう、日が傾き始めている。
「さ、二人とも。食べなよ」
コリンが串に刺して焼いていた魚を渡すと、余程お腹が空いていたのか、あっという間に平らげてしまった。持ってきたパンも食べ終える頃に、ようやくミリーが起き上がった。
「目が覚めたでござるか、ミリー」
「ミリーちゃんも食べなよ」
師匠が声を掛けるとミリーもモソモソと魚を食べ始めた。
「パン美味しいニャ」
ミーシャがそう言いながらパンを渡すとミリーをそれをじっと見て首を振った。最後の一つだ。
「もう……お腹いっぱい」
「うん。あとで食べなよ……そうだ、これからのことなんだけど。この川をあと10kmくらい下ってからバフォメットのスパイたちと合流することになってるんだ」
コリンが言うとミリーは立ち上がろうとした。
「今日はもう寝るでござる。明日の早朝出発するでござるよ」
ヒューバートが三人の寝床を整えるとミリーは黙って横になった。ミーシャもいつものようにミリーの上になり、ハインリヒは足元で丸くなる。
***
「――きなさい」
「うーん……もう少し寝るニャ」
「――火の番の交代の時間――」
「はい、分かりました……」
むにゃむにゃと目を擦りながらミリーたちは起き上がった。まだ真っ暗な空に星が輝いている。
「お顔、洗ってくる……」
ミリーはヨロヨロと立ち上がって川べりまで行くと、冷たい水で顔を洗った。頭がすっきりしてきた。火の番も冒険者の大事な仕事だ。ミリーはもう一度冷たい水でパシャパシャと顔を洗った。
「あれ? ……?」
頭がシャッキリすると、自分を起こした声が師匠の声ではなかったことに気付いた。そのとき火の傍でミーシャとハインリヒが騒ぎ出した。バッと立ち上がり急いで火の傍に戻るミリー。
「これ。そんなに急ぐと転ぶじゃろうミリー」
ミリーは口と目を大きく開いて驚いたあと、満面の笑顔で走り寄って黒いヘビを持ち上げた。
「ナーガさん!」
「紛らわしいことするニャ! クソじじい!」
「てっきり樹になったと思ったじゃないか!」
師匠たちも頷いている。
*
「パン、食べて! ナーガさん!」
「おお、ありがとうなミリー」
ミリーは取って置いたパンをナーガに上げると、ナーガは一口で丸呑みしてしまった。
「で、どういうことなんですか? ナーガさん?」
コリンが焼いた魚を出すとそれもペロリと丸呑みしてからナーガは話し出した。
「樹にエネルギー全てを注いだのじゃよ。そうすれば樹の成長が早まるじゃろう?」
皆は頷いた。見る間に大きくなった樹――おかげで全員無事に脱出できた。やはりナーガの力のおかげだったのだ。
「じゃから、てっきりワシもそのまま消滅するかと思ったのじゃ……じゃがな……」
そこで魚をもう一匹丸呑みするために言葉を切った。大きな魚はあっという間にナーガのお腹に収まってしまった。
「良く考えたら、ワシ、人間の欲望から発生しておるからの、人間がいる限り消滅せんのじゃよ」
師匠たちとミーシャ、ハインリヒは言葉もなく黒い蛇を見つめた。ミリーだけが嬉しそうにニコニコしている。
あの後すぐに五人を追ったのだが、自分が死んだと思われていることに気付いて、気まずいと言うか、出てくるタイミングを逸してしまっていた。
「ほっほっほ、すまんのぅ」
「ふ、ふざけんニャ、じじい! あんな思わせぶりな別れ方しておいて!」
「ぐるるるるるる……!」
「二人とも落ち着いて、良いじゃないか。結果オーライ!」
「そうでござる。ミリーも喜んでいるし、一人も欠けることなく任務達成! 素晴らしいでござる!」
ミーシャとハインリヒは呻っているが、全員で帰れることを実は喜んでいることがミリーにはちゃんと分かった。




